善良な馬鹿
※今回は反貴族派に潜り込んだウラード目線の話になります。
失敗した。反貴族派の連中だと当たりを付けて潜り込んだのに、ランゲの野郎があまりにも考え無しなので思いっきり反論してしまった。
思い返してみれば、騎士訓練所に入るまでの俺は、今のランゲと同じだった。
一応、村の学校には通っていたけれど、真面目に授業なんて受けていなかったし、教える側も出来の良し悪しなんか気にしていなかった。
おかげで訓練所に入ってからは、座学で随分と苦しめられることになった。
訓練所で耳にタコができるほど言われ続けてきた言葉がある。
善良な馬鹿は、頭の良い悪党に騙される。
騎士を目指す者は善良でなければならず、悪党に騙されないように知識を蓄えなきゃならない。
耳にタコができるほど言われ続けてきたが、今になってやっとその意味が分かった気がする。
反貴族派、一部の幹部がろくに教育を受けていない貧しい者達を扇動している組織だと、騎士訓練所で教えられた。
実際に反貴族派の一員であるランゲと話してみて、訓練所で教わった知識は正しいと実感できた。
ランゲは若手の中では古株らしく、そのおかげで食事にありつけているようだが、他の若い奴らには太っている奴は一人もおらず、中には病気かと思うほど痩せている者もいた。
毎日の食事にも事欠く状況では、学校なんかに通えるはずもなく、世間への恨みや妬み、それに知識の不足を幹部連中に利用されているのだろう。
では、ここで俺がやるべき事は何だ?
ランゲ相手に反論して、やり込めたところで状況が良くなる訳ではない。
これも訓練所での経験だが、正しいと分かっている事であっても、言い方ひとつで反発を招くことになる。
たぶん、今の俺はランゲに反感を持たれているはずだ。
関係を良くするには、反貴族派の理念とやらに賛同するのが一番手っ取り早いのだろうが、それも違うのではないかと感じている。
知識の無さや世の中への不満を利用されて騙されている者達の目を覚まさせるには、こちらが騙すような手段を使うべきじゃない気がする。
たとえ正しい道に引き戻すためであっても、騙されたと感じれば反発され、更に反貴族派の思想に染まってしまうような気がするのだ。
それに、反貴族派のやり方は巧妙だ。
幹部が存在しているのに、ランゲのような若手は自分達は平等なんだと思い込まされている。
なんで、そんな事が可能なのかと観察していると、幹部と呼ばれている連中はしきりに若い連中に声を掛けていた。
俺は幹部だぞ……と偉ぶるのではなく、親戚のおじさんのような気軽さで声を掛けて来るのだ。
それも、おいっとか、お前とかではなく、必ず名前を呼んで話し掛けてくる。
世の中の最底辺で、誰からも見向きされなかった連中にとっては、自分の名前を憶えて話し掛けてくれるだけでも認められていると思うようだ。
幹部の連中からすれば、銅貨一枚も使わずに相手から信頼を得られるのだから安いものだ。
今日も、飯時に俺を連れて来たイルファンが話し掛けてきた。
「飯が少なくて申し訳ないな、ウラードの体格じゃ物足りないだろう」
「いいや、見ているだけで働いてもいないのだから、食わせてもらえるだけでも有難い」
麦粥一杯に、得体の知れない干し肉一枚だから、殆ど食った気がしないが、見物しているだけで働いていないから文句を言うつもりはない。
「王族や貴族の連中なんかは、食い切れないほどの料理を並べて、ちょこっと食べたら残りは捨てさせるらしい。下働きの連中が、残り物に手をつけることすら許さないらしいぞ」
「そうなのか……とんでもねぇな」
確かに、一部の王族や貴族には、そういう連中もいるらしいが、実際に自分の目で見た訳じゃないから本当か嘘か分からない。
ただ、訓練所では腹いっぱいの飯が食えていたけれど、残すとめちゃくちゃ怒られた。
お前らの食事は民の税金で賄われている。
体を作るために満足するまで食わせているが、食材を無駄にすることは絶対に許さん。
食い切れないほど余分に盛り付けたり、余分なお替りをした者には、厳しい懲罰訓練が課されることになっていた。
訓練所に入った早々に、毎年何人かが懲罰訓練の洗礼を受けるそうで、その厳しさを目の当たりにした者たちは、たとえパンの一欠けらでさえも残さないようになる。
幸い、俺は食らわずに済んだが、懲罰を課せられた同室の一人は比喩ではなく泣いて許しを請うたそうだ。
王城で開かれる晩餐会などには豪華な料理が並べられるそうだが、そこでも食材を残すのはマナー違反とされていると聞いた。
イルファンとすれば分かりやすい一例を上げたのだろうが、実際の王族や貴族の食事は豪華ではあるが、それほど食材は無駄になっていないと聞いている。
というか、普通の王族や貴族の食事で、俺のように体の大きい若造が満足できるはずがない。
「まぁ、我々の世直しが成功すれば、ウラードにも満足するまで食わせてやるよ」
「ほぅ、期待してるよ」
幹部連中が話し掛ける内容は、食事には食事、生活には生活、恋愛には恋愛という感じで、全てを貴族と比べて若手の不満を煽るものばかりだった。
食事を終えた若手は、口々に王族や貴族への不満を口にしていた。
俺の世話役のランゲも当然のように感化されている。
「はぁ……食った気しねぇな。いつか悪徳貴族を倒して、腹一杯飯を食ってやる」
「腹いっぱい飯が食いたいなら、新王都か旧王都に行って真面目に働いた方が早いぞ」
「そ、そうかもしれないけど、悪い貴族を倒すことに意味があるんだよ」
「そうか、で……どうやって貴族を倒すんだ?」
「それは……俺みたいな馬鹿じゃなく、幹部の皆さんが作戦を考えている」
まったく、善良な馬鹿が騙されている典型じゃないか。
「幹部の皆さんねぇ……」
「なんだよ、何が不満なんだよ」
「ランゲは、幹部に頼り切りで良いと思ってるのか?」
「うぇ? お、俺っ……?」
「作戦は幹部に任せて、自分は楽をして申し訳ないと思わないのか?」
「それは、申し訳ないと思うけど、俺は物を知らないし……」
「物を知らないじゃなくて、知ろうとしてないだけじゃないのか?」
「そ、そんなことを言われても……」
ランゲは痛いところを突かれたと思っているようだが、表情には俺への反発が見てとれる。
「例えば、幹部が出払っている時に、突発的な事態が起こったとする。その時に、誰も判断が下せなかったら困るだろう」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それに、作戦の内容を深く理解してもらえた方が、幹部もやりやすいんじゃないのか? ただ言われたことをやってるだけじゃなくて、どうしてそうなるのか、なんでそうしなきゃいけないのか考えれば、今よりももっと認めてもらえるぞ」
「そうなの?」
「そりゃあ、見どころの無い奴よりも、やる気のある奴の方が認められるのは当然だろう」
「そうか……そうだよな」
反貴族派のやり方を逆手に取って、認められるために考えろと言ったのは正解だったようだ。
ランゲも誰かから認められることに飢えているみたいで、俺の言葉に耳を傾け始めたように感じる。
「でも、何から考えて良いのか分からない」
「だったらそうだな……まず食料がどこから来ているのか聞いてみたらどうだ?」
「食料?」
「俺達が食いつなぐのに一番大事な物は、どこから来てるのか? 誰に感謝すれば良いのか聞いてみろよ」
「そうか……そうだな。感謝しないといけないもんな」
新入りの世話を任せられているランゲがこの状態なのだから、ここは善良な馬鹿の集まりで、それを幹部連中が操っているのは間違いない。
俺が状況を変えるには、善良な馬鹿を善良な考える者に変える必要がありそうだ。





