噂のルーキー前編
アツーカ村からミゲルを送ってイブーロまで行くとなると、当然キダイ村を通ってオリビエを乗せていくことになる。
イブーロで冒険者になると伝えると、オリビエは飛び上がらんばかりに喜んだが、頻繁に会える訳ではないと言うと、しゅーんと落ち込んでしまった。
「ニャンゴさんが護衛して下さるなら、街の色々な場所を見て回れると思ったのに……」
「俺もイブーロに行ったばかりでは、護衛どころか一緒に迷子になるだけだろうし、暫くして落ち着いてからだな」
「本当ですか? 学校を卒業するまでは、まだ四年以上ありますから、必ず連れて行って下さいね」
「はいはい、もうちょっと頼りになるようになったらね」
冒険者と学生では、活動する場所が違うから、顔を合わせる機会は少ないだろうけど、オリビエとしても知り合いがいると心強いだろうし、美味しいお菓子の店でも探して連れて行ってあげるかね。
ミゲルは……うん、置いて行こう。
イブーロに到着したら、直接学校へと向かい、馬車から降ろした荷物を空属性魔法で作ったカートに積んで、寄宿舎まで運んでいった。
まずは、男子寮の前でミゲルの大きなトランクを二つ下ろして、次にオリビエのトランクを運んで女子寮へと向かう。
「おい、ちゃんと部屋の中まで運べ!」
「その程度は自分で出来るようにならないと、オリビエに頼りないと思われるぞ」
「くっ……覚えとけよ」
ミゲルは、トランク一つを両手でようやく持ち上げて、ヨタヨタと寄宿舎へと入って行った。
オリビエのトランクは、部屋まで運んであげようかと思ったが、女子寮の中に男が足を踏み入れられるのは玄関先のホールまでだそうだ。
「じゃあオリビエ、勉強頑張ってね」
「あっ、ニャンゴさん……」
トランクを下ろしてカートを消して、さぁ帰ろうとしたらオリビエにギュッと抱きしめられた。
まぁ、俺の自慢の毛並みをモフりたいのは分かるけど、同級生達がキャイキャイ騒いでいるから、その辺にしようね。
「ニャンゴさん、約束ですからね」
「分かってる……でも、そんなに早くは無理だから、気長に待っててよ」
「でも、約束ですからね……」
「はいはい、分かったよ」
まだモフり足りなそうな表情のオリビエに手を振って、馬車まで戻る。
途中の男子寮の玄関を見たけど、トランクが無くなっていたからミゲルが運んだのだろう。
それとも誰かに頼んで運んでもらったのか……というか、ミゲルはこっちに友達とかいるのかね。
アツーカでは村長の孫として一目置かれていたけど、その程度ではイブーロの学校じゃ優遇されない気がする。
それに、ミゲルは編入ではなく新入生扱いで入学したと聞いている。
日本であれば留年生のような扱いだろうし、虐められたりしていないのだろうか。
前世の自分を思い出して、ちょっとだけ心配になったけど、まぁミゲルだからいいか……。
「お待たせしました、ゼオルさん」
「おぅ、じゃあ宿へ向かうぞ」
今夜は、ゼオルさんとオークの足跡亭に泊まって、ギルドの酒場で送別会をしてくれるそうだ。
チャリオットの拠点には、明日の午前中に顔を出す予定でいる。
宿に馬車を預けて、馬の世話を終え、水浴びをしてサッパリしてからギルドへ向かう。
途中で、黒オークを仕留めたらしいパーティーに出会った。
荷馬車の上の黒オークに足を掛け、狼人や虎人の冒険者が、どうだとばかりに胸を張っている。
通行人の中にも拍手や歓声を上げる者がいて、冒険者達は更に自慢気に胸を反らしていた。
以前ゼオルさんから、黒オーク一頭で大金貨五枚ぐらいになると聞いた。
五人組のパーティーのようなので、一人あたり大金貨一枚が取り分になるのだろう。
前世の金銭感覚だと、大金貨一枚は百万円ぐらいの感じだ。
イブーロの物価が、どの程度かは分からないけど、俺なら一年ぐらいは遊んで暮らせそうな気がする。
冒険者パーティーが、ちょっとマグロ漁師に見えてしまった。
「ゼオルさん、あれ、黒オークですよね」
「あぁ、だが、まだ小さいな。あれじゃ、大金貨三枚がいいところだな」
「やっぱり大物の方が値段が上がるんですか?」
「そりゃ大きい方が高く売れるが、ヨボヨボに年を食った奴は駄目だ」
黒オークを載せた荷馬車は、ギルドの裏手へと入って行った。
いつも思っていることだが、ギルドが近づくほどにゼオルさんの足取りが軽くなっていく。
別に依頼を受ける訳でもないし、達成の報告をしに行く訳でもないのだが、それでもギルドの持つ空気がそうさせるのだろう。
夕方のギルドは、汗と埃の匂いがする。
ゼオルさんは、ギルドに入ると軽く内部を見まわした後で、真っ直ぐに依頼が張られた掲示板へと歩み寄る。
この時間に張られている依頼は、受け手が無かったものなので、いわゆる美味しくない内容のものが多い。
俺が見ただけでは分からないけれど、ゼオルさんが見れば、残っている依頼の内容や量で、今のイブーロの状況が見えてくるらしい。
割の悪い仕事まで残っていない場合には、景気が悪かったりするそうだ。
「どうですか、ゼオルさん」
「ふふん、そうだな……駆け出し連中が、割の良い仕事を求めて、ちょいと背伸びをし始めている時期って感じだな」
「それじゃ、割の悪い仕事が多めに残っているんですね?」
「そんな所だ」
掲示板を眺めてみると、天井裏の掃除とか、倉庫の荷運び、古い家のネズミ退治など、これって冒険者の仕事なのかと思うような依頼が貼られています。
まぁ、だからこそ依頼を受ける人がいなくて、貼られたままになっているんでしょうけどね。
「どうだ、ニャンゴ。ネズミ捕りとか得意じゃないのか?」
「うーん……どうでしょう。俺が捕まえているのはモリネズミだから、イエネズミとは違いますからね」
「なんだ、もう仕事を選ぼうってか、さすがだな」
「もう、ちゃかさないで下さいよ」
「がはははは……」
別に古い家のネズミ退治が嫌なのではなくて、ちゃんと依頼を達成できるかどうかが心配なのだ。
冒険者のランクを上げるには、活動実績が必要だ。
活動実績の中には、依頼の達成率も関係していると聞く。
達成出来ない依頼を引き受けてしまえば、自分だけでなく依頼主に迷惑が掛かる。
まぁ、依頼の種類によっては失敗しても実績には加味されないものもあるそうなので、最初はそうした依頼から始めてみたいと思っているだけだ。
ただ、冒険者ギルドに出される依頼なので、基本的には体格の良い人向けの仕事が多い。
俺のように身体の小さい猫人は、どうしても依頼を選ばざるを得ないのも事実なのだ。
「いずれにしても、明日拠点に顔を出してからですね」
「そうだな……」
掲示板の見物を切り上げて、ゼオルさんと一緒に酒場に足を踏み入れた。
まだ少し時間が早いので、酒場の席は三割ほどしか埋まっていない。
これから素材の買い取りや、依頼達成の報告を済ませた冒険者達が、ゾロゾロと入って来るはずだ。
俺とゼオルさんは、テーブル席ではなくカウンターに腰を落ち着ける。
ここで二、三杯酒を飲みながら噂話に耳を傾け、酒場が混沌としてきた所で次の店へ移動するというのがゼオルさんのパターンだ。
「親父、酒だ……」
ゼオルさんが一杯目の酒を頼むと、店のマスターは頼んでもいないミルクを出してくれた。
「えっ……まだ頼んでないですけど」
「そいつは、私からの奢りですよ、ニャンゴさん」
「どうして俺の名前を……」
「あら、あなた有名よ」
「うひぃ……」
奢りのミルクとか、名前を知られている事に驚いていたら、またしても獅子人のお姉さんの接近に気付かなかった。
てか、いくら左目の死角から接近しているとは言え、気配が無さすぎでしょ。
獅子人のお姉さんは胸元が大きく開いた赤いドレスで、さりげなく俺の左腕を抱えこんで身体を密着させてきた。
「ふーん……これは、なかなかね」
俺の左腕を摩りながら、耳元で囁くように話すので、背中の毛がゾゾって逆立ってくる。
てか、むにゅって当たってるんだけど、むにゅぅぅぅって……。
「ねぇ、ニャンゴ……ブロンズウルフを倒した時のこと、聞かせてくれない?」
「え、えっと……」
「レイラよ。私は強い人が大好き……」
前世の記憶があるといっても、キモオタぼっちの高校生までしか経験してないし、恋愛経験も皆無だから対処法が分からない。
喉が一瞬でカラカラになってしまったので、ミルクを口に運んでみても、全く味が分からなかった。
「ブ、ブロンズウルフは……チャリオットとかボードメンの皆さんが……その、頑張っていただいたおかげでございまして……その、俺はたまたまと言うか……何と言うか……」
口元を手で押さえて肩をプルプル震わせて笑いを堪えているぐらいなら、助けて下さいゼオルさん。
さっきから、レイラさんが俺の左手の毛を逆立てて、撫でつけて、逆立てて、撫でつけて……って繰り返していて、ゾゾっ、ゾゾって腰砕けになりそうなんですよ。
まだ酒場が暇な時間だからって、完全に俺をオモチャにして遊んでるよね。
でも、嫌なのかと聞かれれば、柔らかいし、暖かいし、いい匂いだし、フニャりそうで、嫌なはずがないんだよね。