風変わりな新入り
※今回は反貴族派の少年ランゲ目線の話になります。
「おかえりなさい、イルファンさん」
「ランゲ、新入りのウラードだ。喧嘩せずに上手くやってくれ」
イルファンさんは、俺に目で合図を送りながら一つ頷いてみせた。
ここは、旧王都から歩いて三日ほどの距離にある廃村だ。
数年前に大きな水害で家も田畑も流されてしまい、街道からも離れた水捌けが悪い土地だったために放棄されたらしい。
旧王都で大公家による取り締まりが強化され、居場所を失った俺達はここへ流れついた。
別の支部から食糧などの援助はあったが、暮らしているのは掘っ建て小屋で隙間風が酷い。
イルファンさんが連れて来たウラードは、角の感じからして水牛人と思われる体格の良い若い男だ。
旧王都での取り締まりで多くの仲間を捕らえられ、弱体化した組織を立て直すために幹部連中が勧誘して回っている。
この水牛人の男も、イルファンさんが目を付けて連れて来たのだろう。
ただ、これまで連れて来られた連中の多くは、食うにも困って痩せた連中ばかりだったが、ウラードは食い物に困っているような感じはしない。
熊人の俺よりも遥かにガッチリした体型をしている。
俺も同年代の仲間の中では、腕っぷしでは負けない自信があるが、こいつは相当手強そうだ。
「ランゲだ、よろしく頼む」
「ウラードだ、よろしく」
ウラードは、掘っ立て小屋の中を物珍しそうに眺めている。
「何か気に入らないのか?」
「いや、俺が育った家みたいだなと思ってただけだ」
薄笑いを浮かべたウラードを見て、一瞬馬鹿にされているのかと思ったが、そうではなく貧しさへの嫌悪のようだ。
たぶん、故郷の貧しさに嫌気がさして都会に出てみたものの、上手くいかずに弾き出されたといったところなのだろう。
「あんた、仕事は何をしてたんだ?」
何気なく聞いたつもりだったのだが、ウラードは眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。
「そんなこと、話さないといけないのか?」
「いや、別に嫌なら話さなくていいぞ」
「じゃあ話さない。俺は頑張っているつもりだったが、クビにされたとだけ言っておく」
「そうか、嫌なことを聞いて悪かった」
「別にいいさ」
どうやら、俺の推測は当たっていたようだ。
話しぶりからすると、王都で仕事にありついて、ようやくまともな暮らしができるようになったところで理不尽に辞めさせられたのだろう。
体付きからして、力仕事の現場で上役か先輩に盾突いて嫌がらせをされたといったところだろうか。
「なぁ、ここで何をやってんだ? イルファンは世直しだとか言ってたが」
「その通り、世直しだぜ。ただ今は、世の中が変わっちまうと困る貴族どもから目を付けられて迫害され、体制を立て直しているところだ」
「ふーん……てか、世直しって具体的に何をやるんだ?」
「民を苦しめる強欲貴族や悪徳商人が溜め込んだ財宝をいただいて、民衆に配るんだ」
「それは泥棒じゃないのか?」
「ふ、不当に民衆から取り上げた財産を本来の持ち主に返してるだけだ」
「そうか、訴訟を手伝っているんだな?」
「えっ? 訴訟……?」
「違うのか?」
「ま、まぁ、そんな感じだ……」
イルファンさんが俺に目配せしていったのは、組織に協力するように教育しろという意味だと思うのだが、何だかウラードは一筋縄ではいかない気がする。
だが、こういう捻くれた奴に限って、一度組織に染まれば、とことんのめり込んでいくものだ。
「ウラードは、腕っぷしに自信はあるか?」
「まぁ、この体格だから弱くはないが、なんでそんな事を聞くんだ?」
「ここには世間から冷遇されてた奴が集まって来るから、中には喧嘩っ早い奴もいるんだよ」
「ふーん……その手の連中が突っ掛かってきたら、どうすりゃいいんだ? 叩きのめしても構わないのか?」
腕っぷしには相当自信があるのか、ウラードは強がっている訳ではなく、当り前のように訊ねてきた。
イルファンさんは、この腕っぷしを見込んで連れて来たのだろう。
「武器や魔法を使って、死んだり大怪我させたりするのは困るが、殴り合い程度なら構わないぞ」
自慢の腕っぷしを振るっても構わないと言ってやったつもりだが、ウラードは予想外の反応をした。
「なんだそりゃ……そんなんで世直しとか出来んのか?」
「べ、別に暴力を肯定している訳じゃないぞ」
「殴り合いを許している時点で肯定してんじゃねぇか」
「そ、それは一方的に殴られたらウラードが困るだろうから、そう、自衛のためなら許可するだけだ」
「自衛ねぇ……それが出来ない弱い奴は黙って従ってろってことか? それが、あんたらの目指す世直しなのか?」
ここに連れて来られる腕自慢の連中は、粋がった挙句に実戦部隊の幹部に叩きのめされて性根を入れ替えるというのがお決まりのパターンなのだが、ウラードは少々毛色が違っているようだ。
「だが、世直し実現するためには、実力行使が必要になることだってあるんだよ」
「それと、組織の中で暴力を容認することは別の話だろう。ここは力が強い奴が偉いのか?」
「そうじゃない、力の強さは無関係だし、誰が偉いとかなくて、ここではみんな平等だ」
「平等ねぇ……なんだか胡散臭いな」
「なんだと! 平等のどこが悪いって言うんだ」
「何でもかんでも平等じゃ、頑張った人間がキチンと評価されないじゃねぇの?」
「それは……そういう意味の平等ってことじゃなくて、誰でも同じ権利があるっていうか……」
イルファンさん達に、組織の理念とかを教わった時には物凄く感動したのに、いざ自分が説明しようとすると上手くいかない。
屁理屈を捏ねるウラードにもイライラするし、いっそ殴り合いで分からせてやろうか。
「まぁ、いいさ。あんた説明すんの下手そうだし、自分の目で見て確かめさせてもらうよ」
「そ、そうだな、ここで暮らして幹部の人達と話をすれば、組織の理念の素晴らしさが分かってもらえるはずだ」
「ふーん……組織の理念ねぇ……」
いちいち捻くれた言い方をするウラードに、どうしようもなくイライラさせられる。
だが、組織が危機を迎えている今、腕の立ちそうな人材は貴重だ。
何とかウラードを組織に心酔させたいが、焦って事を運ぶと逆効果になりそうな気がする。
ここで暮らしてみれば、いかに組織が弱者の味方か分かるだろう。
「そうだ……ウラード、念のために注意しておくぞ」
「何を注意するんだ?」
「黒い悪魔には気を付けろ。見つかったら終わりだと思っておけ」
「黒い悪魔? なんだそりゃ?」
「ニャンゴ・エルメールのことだ」
ニャンゴ・エルメールの名前を出すと、初めてウラードが驚いた表情をみせた。
「なんで、ニャンゴ・エルメールが悪魔なんだ?」
「奴は、恵まれた才能を使って王家や多くの貴族に取り入り、莫大な富を独占しただけでなく、俺達の仲間を何人も殺している。奴こそが民衆の敵だ」
「ふーん……民衆の敵ねぇ……」
こちらを小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべるウラードに、また怒りが込み上げてきた。
「なんだ、俺の話が信用できないのか?」
「あんた、ニャンゴ・エルメールの実物を見たことあるか?」
「えっ、実物?」
「そう、実物……というか、本人って言った方が良いのか……とにかく、遠目からでもいいから、本人を見たことあるか?」
「いや、無いけど、それがどうした」
「やっぱりな。本人を見た事がある人間ならば、ニャンゴ・エルメールが才能に恵まれているなんて言うはずがない」
「どういう意味だ!」
「俺はニャンゴ・エルメールを見たことがあるが、背丈は俺の半分程度しか無かったぞ。猫人で、空属性で……どこが恵まれてるんだ?」
言われてみれば、恵まれているとは言い難いが、認める訳にはいかない。
「そ、それは……珍しい魔法を手に入れて……」
「ニャンゴ・エルメールが現れるまで、空属性は空っぽの属性って言われてたのを知ってるよな?」
「それは……確かにそうだが……」
「俺は直接話をしたことは無いけど、相当な努力をしたんだと思うぞ。でなきゃ、猫人で、空属性で、名誉騎士になんかなれないだろう」
「確かにそうだが……奴は仲間を何人も殺したんだぞ」
「どこで? まさか、新王都の巣立ちの儀とか言わないだろうな? 俺は新王都にいたけど、ありゃあ酷かったぞ。罪もない平民が何人も犠牲になった。あの襲撃を行った連中を仲間と呼ぶならば、組織に入るのを考え直さないといけないな」
新王都の『巣立ちの儀』が襲撃された一件は、俺達とは別の組織だと聞いている。
俺が聞いた話は、旧王都で大公家に追われていた仲間が殺されたというものだが、あくまで聞いただけで自分の目で見た訳じゃない。
「なんだ、それも聞いただけか」
「聞いただけって、組織の仲間が信用できないのかよ!」
「無茶言うな。会ったこともない人間の話と俺が自分の目で見た事のどちらを信用するかなんて決まってるだろう。あんたにとっては信用できる人間でも、俺にとっては赤の他人だ」
「くっ……」
確かにウラードの言っている事は間違っていない。
間違っていないはずなのに、認めたら負けな気がする。
「俺はよく考えずに生きて来て失敗した。だから、これからは考えて生きることにした。人の話を丸呑みにするのではなく、噛み砕いて、味わって、考えることにした。あんたは、ちゃんと考えてるか?」
「俺だって……」
ちゃんと考えていると言いたかったが、改めて考えてみると、イルファンさん達に言われるがままに動いている。
俺は、もっと考えた方が良いのだろうか……。





