地下道への懸念
年が明けてからも、旧王都での反貴族派の取り締まりは続いているようだ。
街を巡回している兵士は、にこやかに市民に語りかけながらも、反貴族派らしい者を見かけなかったかと聞いて回っている。
ダンジョンの崩落を引き起こした容疑が掛けられていることに加えて、身元の確認が厳しくなったことで、反貴族派に対する市民感情も悪化しているようだ。
追い詰められた反貴族派が、粉砕の魔道具を使って騒動を起こしているようで、それによって更に市民から反感を買っているらしい。
大公殿下にタハリでの調査報告を行った時にも、反貴族派の取り締まりが話題に上がった。
「街道より東側の地域には、胡乱な輩が潜伏する場所は少ないが、ダンジョンの入口を中心とした地域は道も建物も入り組んでいて、これまでは殆ど手付かずの状態だったが、だいぶ手入れを進められた」
大公アンブロージョの話によれば、最初は崩落現場近くから始めて、身元調査を厳しくしてくと告知を行ったからか、想定していたほどの混乱は起きていないらしい。
「一度調査を行った地域に、また舞い戻ってくる心配は無いのですか?」
「ふむ、その点については、家を貸し出している者や物件を扱っている者に、借主や買主の身元確認を厳重に行うように通達を出している。その上で、契約している以外の者が出入りしている場合には騎士団や官憲に通報するように申し付けている」
「それでは、旧王都の人口が減ったのではありませんか?」
「その通りだ。特に、ギルド以外で発掘品の買い取りなどを行っていた業者が集まる地域では、人通りも疎らになっているらしい」
これまで、旧王都ではダンジョンの発掘に関わる人を増やすために、身元確認を緩くしてきた。
言い方は悪いが、犯罪歴のある人間を使ってでもダンジョン攻略を進めようとしてきたのだが、崩落が起こり地下道の建設が進められることになって事情が変わった。
地下道が整備されれば、これまでよりもダンジョンに立ち入る危険性はぐっと低くなる。
魔物と戦える得体の知れない人材よりも、身元のシッカリした荷運びが出来る人材の方が必要になってくるのだ。
それに、発掘品の権利関係も大きく様変わりする可能性がある。
ダンジョンの旧区画は、元々ある地下空間を探索することで発掘品を見つけていたが、これからは建物自体を掘り出さないと発掘が進められない。
無計画な発掘作業を進めれば、以前のような落盤事故が起こって発掘作業が頓挫しかねない。
当然、どのエリアを掘り進めるかは許可制になるだろうし、許可を出す側が権利を握ることになる。
「エルメール卿が所属するチャリオットが掘り当てた二つの建物については、これまで通り権利を認めるので心配しなくてもよいぞ」
「ありがとうございます。それ以後の建物はどうなるんでしょう?」
「そこはまだ検討中だな。エルメール卿が提供してくれた地図にしたがって、発掘を割り当てられていたパーティーがあるので、そこについては権利を認めることになるだろう。その先に関しては、現在検討している最中だ」
仮に大公殿下やギルドが権利を独占するような事になると、一攫千金を夢見る冒険者たちの足が遠のく心配がある。
かと言って、好き勝手に発掘を進めさせれば落盤事故や貴重な資料の散逸に繋がる可能性が高い。
冒険者に利益を与えつつ、秩序を保って発掘を進めさせる匙加減が難しいようだ。
大公殿下に調査報告を行った後、地下道の工事現場にも足を運んだ。
建設が始められると聞いたが、詳しい内容については知らされていないからだ。
別に俺が工事の責任者ではないのだが、一つだけ懸念を抱いている事があり、それを確認しておきたかった。
建設現場は騎士団の訓練場なので、出入りする門では身元確認が行われていた。
宙に浮きながら歩いてくる俺を見て、衛兵は敬礼をしてきたが、それでも身元確認のためにギルドカードの提示を求められた。
「お手数をお掛けして申し訳ありません、エルメール卿」
「いいえ、地下道の工事は俺のパーティーにも関係することですし、この程度は面倒だとは思いませんよ」
「ありがとうございます。大公殿下からは怪しい者は入れるなと厳しく言われております」
反貴族派が粉砕の魔道具を使ってテロを起こせば、折角作った地下道が崩落する可能性もあるので、身元確認や持ち込み品の検査は厳重に行われているらしい。
「工事の責任者さんにお会いしたいのですが、どこに行けば良いですかね?」
「それでしたら、あちらの奥の建物が事務所になっております。そちらに声を掛けていただけますか」
「分かりました、どうもありがとう」
敷地からは、既に掘り出した土の運び出しが始まっていた。
掘り出した土は、ダンジョンの崩落部分の埋め戻しに使われるらしい。
崩落部分に土を入れることで、更なる崩落を招かないのか心配だが、そうした事は当然考えられているのだろう。
建設事務所の受付で名乗り、責任者との面談を申し込むと、すぐに応接室へと案内された。
まぁ、応接室といっても現場の事務所なので、簡素な机と椅子が置かれているだけの部屋だった。
事務員の女性が淹れてくれたお茶を飲んでいると、さほど待たされることもなく責任者の男性が現れた。
「お待たせして申し訳ございません、エルメール卿」
「いいえ、こちらこそ突然押し掛けて申し訳ございません」
「あっ、初めまして、自分はこちらの工事の統括を任されているハントリーと申します」
「ニャンゴ・エルメールです。よろしくお願いします」
地下道工事の責任者ハントリーは三十代半ばぐらいのウマ人で、工事関係者とあって体格が良く日に焼けていた。
「エルメール卿、今日はどういったご用件でしょうか?」
「はい、地下道のルートについて教えていただきたいと思って伺いました」
スマホのストリートビューの機能を発見して、先史時代の街並みを眺めている時に、ふと思いついたことがあった。
それは建物の高さだ。
地下道が、どのルートを通って建設されるのか分からないが、現代の建物の高さを想定して街の上を通るルートで建設した場合、建物にぶつかる恐れがあると思ったのだ。
旧王都の建物の多くは、せいぜい三階建て程度で、見上げるような高さの建物は無い。
それに比べて、ストリートビューで見た景色には、ダンジョン旧区画を構成する超高層ビルを筆頭に、十階建て以上の建物がいくつも見受けられた。
建物にぶつかって地下道のルート変更を余儀なくされたら、当然工期は大幅に遅れるだろう。
建設が始まったばかりの今ならば、まだ設計変更が間に合うと思ったのだ。
俺が懸念を伝えると、ハントリーは頷きながら聞き終えた後でニカっと笑みを浮かべてみせた。
「なるほど、先史時代にはそんなに高い建物がいくつも建っていたんですね」
「地下道のルートは大丈夫ですか?」
「ご心配いただきありがとうございます。地下道につきましては、エルメール卿から提供していただいた地図を基に、当時の海と道路の上を通るように設計いたしましたので、建物にぶつかる心配はございません」
ハントリーの話によると、地下道はダンジョン旧区画との間の海と新区画の周囲を回る道路の上を通るように建設されるそうだ。
確かに海と道路の上ならば、障害物は存在していないだろう。
「それを聞いて安心しました」
「こうした設計が行えるのも、エルメール卿が提供してくれた地図のおかげです。ありがとうございます」
「工事はどういった形で進められるのですか?」
「この地下道は、今後長きに渡って国を支える重要な施設になると思われますので、崩落などが起こらないように頑丈な造りにします」
ハントリーの話によると、地下道はカマボコ型に掘り出した後、外側に向かって圧縮しながら硬化させるそうだ。
その後更に、鉄筋を入れた部材を組んで補強するらしい。
鉄筋入りの部材は、ダンジョンの構造物を参考にして学院で研究が進められていたそうだ。
「これまでは掘って固めるだけでしたから、何倍もの強度がある地下道になるはずです」
「それは楽しみですね。工期はどの程度を見込んでいるのですか?」
「作業に関わる人員の数や、地下水脈の有無によっても変わってくると思いますが、早くても一年ぐらいは掛かると思います」
「そうですか、それまでダンジョンの探索はお預けですかねぇ……」
「いいえ、ギルドでは崩落現場付近の補強を行う者を募集するそうですよ。そちらの補強が終われば立ち入り出来るようになると思います」
「そうなんですか、それは朗報です」
地下道の工事も着々と進められているようだし、ダンジョン発掘も再開出来るかもしれない。
あとは、反貴族派とか余計な事をする連中がいない事を祈るしかないかな。





