新しい学説
調査を終えた翌日、俺達は旧王都へと戻ることにした。
これ以上の調査は王家が派遣する調査隊の到着を待たなければならないし、その調査隊がいつ来るのか分からないからだ。
タハリからの帰路も、ケスリング教授やマシップ教授と馬車に同乗している。
一人で帰るならば一日どころか数時間で戻れるが、調査で分かったことなどを話し合って整理したいと思ったからだ。
「調査が順調に終わって良かったですね」
「エルメール卿の交渉力のおかげですよ」
ケスリング教授が言っているのは、幽霊船の所有権を主張しているサバリーとのやり取りのことだろう。
冒険者として活動していると、獲物の分配や報酬で揉める場面を目にする。
話を丸く収めるには、相手の求めている物を納得するだけ与えれば良いのだと、学んできた。
まぁ、その折り合いが難しいから揉めるのだが、今回のケースは待った方が利益が大きくなるのは目に見えていたので、話をまとめるのは簡単だった。
「俺の交渉力なんて高が知れてますよ。それよりも行政官は噂通りの切れ者でしたね」
「おっしゃる通りですね。我々が来ていなくても、資料は保存されていましたね」
今回の俺達の調査は、幽霊船に関する貴重な資料の散逸を防ぐことが第一の目的だった。
その意味では、行政官アンジエル・カミウードの手腕は見事の一言だった。
おそらく、発見に関わって幽霊船の権利を主張するサバリーが、早期の払い下げをしつこく陳情していたはずだ。
それに屈して品物を下げ渡してしまっていたら、未知の大陸の文化を知る手掛かりを失うところだったが、資料の保存は万全だった。
それに、サバリーにとっても巨大な儲けをふいにしてしまうところだったのだから、誰にとっても良い結果となった。
「考古学が専門の私にとって専門外の品が多かったですが、マシップ教授は残られたかったのではありませんか?」
「そうですね。ですが、遺体の調査が出来ればの話ですね」
「民族や文化の研究をされている教授ならば、喉から手が出るほど欲しい品物だったんじゃないですか?」
「エルメール卿のおっしゃる通りですね。王都の学院にいる人文学が専門の教授に、何としても調査隊に潜り込むように手紙を書いておきました。まぁ、選考に間に合うかは分かりませんが……」
専門外のケスリング教授やマシップ教授は、それほど興味を惹かれてはいなかったが、人文学の専門家にとって漂流船の積荷は垂涎の品ばかりだろう。
この国の文化のルーツと、遥か南の大陸の文化のルーツは同じなのか、それとも別のものなのか……。
積み荷の調査は間違いなく大規模なものとなって、さぞやサバリーをヤキモキさせるだろう。
「当初の報告通り、魔道具と呼べる品物は見当たりませんでしたね。エルメール卿が発見した立像と小さなプレート以外は」
「立像は直接見てみたかったですが、恐らく可動品ではないでしょうね」
アーティファクトに関しては、ロボらしい物とスマートタグらしい物しか見つからなかったが、先史時代の品を受け継いでいるのは間違いなさそうだ。
ただし、どちらも実用品では無さそうなので、トロフィー的な存在として活用されているのだろう。
現状、幽霊船が所属していた国では魔道具が使われておらず、文化の程度としてはシュレンドル王国と同程度か少し下ぐらいだと思われる。
「それにしても、なんで魔道具が使われていないんだろう」
「それはエルメール卿がおっしゃる通り、現地の人間が魔力の操作が出来ないからではありませんか? もしくは魔道具を作る技術が無いとか」
俺もケスリング教授が言うように考えていたのだが、疑問が残るのだ。
「でも、魔道具は魔法陣の用途が分かっていて、魔道具の素材があれば手作業でも作れますし、自前の魔力を魔道具に注ぐことができなくても、魔物から採った魔石があれば使えますよね?」
「言われてみれば、その通りですね」
「まさか、魔物が居ない……とか?」
「いやいや、エルメール卿、そんなことはあり得ませんよ」
俺の呟きに、生物学が専門のマシップ教授が食いついてきた。
「考えてみて下さい。厄介者のゴブリンやコボルトは、至るところに生息しているじゃありませんか」
「そうですよね。でも、魔石を持たない動物もいますよね?」
「えぇ、普通の馬や牛、鳥など、魔石を持たない生物はいくらでもいます」
「その違いって何なんでしょうね?」
「違い……ですか?」
「ゴブリンとかコボルトって、先史時代からいたんですかね?」
「今と同じゴブリンでは無かったかもしれませんが、祖先はいたはずです」
「その祖先のゴブリンは、魔物だったんでしょうか? それとも獣だったんでしょうか?」
「それは……」
マシップ教授は即答せずに右手を顎にあてて考え込み始め、代わってケスリング教授が口を開いた。
「エルメール卿、魔の境界という説を聞いた事がございますか?」
「いいえ、どんな説なんですか?」
「シュレンドル王国の北東の隣国、ホーシュレンに古い地層が剥き出しになっている場所があるんですが、そこで長年発掘調査を行っている学者が昨年発表した学説です」
ホーシュレンは、シュレンドル王国の北の隣国エストーレの東に位置する国だ。
シュレンドル王国とは高い山脈によって遮られていて、往来は船によって行われている。
「その学説では、ある年代を境にして、それよりも前の年代の地層からは魔石を持った生物、つまり魔物の化石が発見されないというものです」
「それって、本当なんですか?」
「まだ新しい学説なので、正しいと証明された訳ではありません」
「それは、我々がいる大陸で何か魔力的な事象が起こって、それを境にして魔物が現れ始めた……ということですか?」
「その可能性があるという段階ですね。仮にそうだとすれば、周囲を海で囲まれた漂流船が船出した大陸には、魔物がいない可能性も出てきますね」
魔物が存在しなければ、当然魔石も存在しない訳で、自前の魔力が使えないなら魔道具を使う術が無くなってしまう。
「どうですか、マシップ教授」
「そうですね。魔の境界の学説を考慮するならば、魔物がいないという可能性もあり得ますね」
「ケスリング教授、その魔の境界は先史時代よりも前なんでしょうか、それとも後なんでしょうか?」
「学説によれば、同時期か少し後ではないかと思われます」
「では、先史時代には魔物がいなかった可能性もあるんですか?」
「学説によれば……ですね」
ダンジョンが地下に埋もれることになった天変地異によって、何かの施設が崩壊し、原子力発電所から放射能が漏れ出すように高い濃度の魔力が溢れ出て、それが周辺環境に影響をもたらしたみたいな感じなのだろうか。
「あれっ、待てよ……アーティファクトに使われている魔道具の素材って何なんだろう?」
「魔道具の素材ですか?」
「えぇ、今の魔道具は魔物の牙や骨などから採れた素材を使っていますよね。先史時代に魔物が居なかったら、何で作っていたんでしょう?」
「それは……魔力を通す鉱石とかでしょうか」
「魔力を通すといえば、先史時代には大量の魔道具の可動を支えるために、魔力を配給する魔導線が張り巡らされていたはずですよね。そんな大量の魔導線が作れるほど、素材になる魔物が大量にいたんでしょうか?」
「いや、それはさすがに無理じゃないですか?」
だとすれば、魔道具や魔導線の材料となる素材は、工業生産されていたのだろう。
当然、魔力を蓄積していた電池のような物も工業生産品だろう。
「エルメール卿、その辺りは発見された百科事典などの解析が進めば明らかになるのではありませんか?」
「そうですね。魔力を通したり溜めておける物質を人の手で作れるようになれば、魔道具の文化は更に発展するでしょうね」
「それに、未知の南の大陸には、先史時代から今の文明の間の空白を埋める伝承が残されているかもしれませんよ」
「なるほど、確かにそうですね」
とは言っても、今すぐ未知の大陸に行ける訳でもないし、行ったとしても言葉が通じない可能性が高い。
乗組員の遺留品には、船長の航海日誌と思われる物が残されていたが、文字も言葉も異なっていて内容は不明だ。
シュレンドル王国で使われている文字よりも、アーティファクトに残されていた文字の方が形が似ているが、それでも英語のアルファベットとロシアのアルファベットぐらいの違いがある。
航海日誌の一部を撮影したのだが、文字列として認識してテキストデータ化できた。
勿論読めないし、赤いアンダーラインがいくつもの単語の下に表示されていた。
おそらく、先史時代に使われていた単語ではない、または意味不明、文字不明ということなのだろう。
「うーん……何か新しい発見がありそうで、ハッキリとした形にならなくてモヤモヤしますね」
「ははっ、エルメール卿、考古学とはそういう物です。新しい発見を基に、いくつもの仮説を積み上げて正解を導き出すのですが、それが正解だとなかなか証明できない。本当に、もどかしい学問なんです」
さすがに長年考古学に関わってきているとあって、ケスリング教授からはもどかしさを楽しむ余裕のようなものが感じられる。
どうしても目に見える結果を求めてしまう俺が楽しめるようになるには、まだまだ時間が掛かりそうな気がする。





