漂流船の内部
明るい時間に改めて眺めてみると、漂流船は大きなヨットのように見える。
船の上部は木を組み合わせた滑らかな屋根で覆われていて、波を被っても浸水しないように作られているようだ。
帆柱は一本だけだが、複数の帆を張って航行していたらしい。
俺は前世でもヨットなどに乗った経験は無いのだが、確かヨットの場合はジグザグに航行することで風上も進めると聞いたことがある。
たぶん、この船もそうした作りになっているのだろう。
「ドブネルさん、この船尾の箱のようなものは舵ですか?」
漂流船の船尾には、上から下まで細長い箱のようなものが左右に一つずつ付いている。
「いいえ、舵は中央についている柱で、そいつは良く分からない仕組みなんでさ」
「良く分からない仕組み……といいますと?」
「はぁ、何やら分からない鉄の棒やら歯車やら……とりあえず見てくだせぇ」
ドブネルの案内で船内に足を踏み入れると、甲板のすぐ下にその仕組みがあった。
「これは!」
「エルメール卿、こいつを知ってるんですかい?」
そこにあったのは、二人乗りの自転車のフレーム部分のようなものだった。
サドルとペダルの組み合わせが前後に二つ付いていて、クランクを回した力はチェーンで伝達されるようになっている。
シャフトは一度上向きに上がり、箱の内部で向きを変えられて船尾の下部へと伝えられているようだ。
その仕組みが左右に二つ、合計四人の人間が漕ぐように作られていた。
「たぶん、水中の羽を回して進む仕組みだと思います」
「こいつが、ですか?」
「ここに跨って、足で回す感じですね。その力が、ずーっと船の外部まで伝わっているようです」
こちらの世界には、まだ自転車が無い。
なので、この仕組みを見ても目的が分からなかったのだろう。
ダンジョンのショッピングモールで自転車を発見したが、まだ一般的には知られていないのだろう。
ケスリング教授は、同じ構造だと気付いたようだ。
「エルメール卿、これはダンジョンで発見された乗り物に使われていたのと同じものですね?」
「はい、あちらは車輪を回して地面の上を走るもの。こちらは、水中で羽を回して水上を進むためのものですね」
船の推進装置だと聞いて、ドブネルが改めてペダルやチェーンを眺めている。
「こんなんで、船が進むもんなんですかい?」
「外洋は帆で進んでいたんでしょう。これは港の中とかの補助用でしょう」
「なるほど、道理で艀を積んでいねぇ訳だ」
「はしけ……というのは?」
「小舟の事でさ。港に着ける時には、小舟を降ろして渡るか、綱を渡して引っ張って係留するんでさ」
「あぁ、自走が出来れば、小舟を積む必要が無いんですね?」
「ただ、艀を積んでいないと、船が座礁した時などは海を漂うしかなくなりやす」
二対の二人乗り自転車風動力の間には、舵輪が設けられていて、ここで舵を取っていたようだ。
舵輪の近くには、三本のパイプが通っていて、それぞれには蓋が付けられていた。
どうやら、これは伝声管らしい。
舵を取る場所からは、全く外の様子が見えないので、外からの指示を受けて舵輪を操作していたのだろう。
甲板のすぐ下は船倉になっているが、幾つにも区切られていて、それぞれが水密構造になっているようだ。
荷物の出し入れは、屋根に当たる甲板を開け閉めして行っていたようだ。
船の中央部分が船室になっていて、船室の上部は雨水を貯めておくタンクになっていたようだが、帆柱が破損した時に煽りを受けて、こちらも壊れてしまったらしい。
「タンクは壊れても、水は船内に洩れるだけでしょうから、船員が干からびていたのは謎ですね?」
「いいえエルメール卿、この船は良く考えられて作られてやして、船室に溢れた水は外部に排水されるような水路が作られているんでさ。しかも、外からは逆流しないような仕組みまで付いてやした」
「それじゃあ、破損した貯水槽の水は、殆どが外部に排水されてしまったんですね?」
「そうだと思いやす。浸水防止の仕組みが悪い方に働いた感じでさぁね」
船の中央、船室部分を通り抜けた一番奥、船の舳先の部分に船長の部屋があった。
他の船室は、換気用の配管はあるものの窓が無かったが、船長の部屋には四つの水密窓が取付けられていた。
そこから覗くと外の様子が確認できるし、窓の近くには伝声管が通っていた。
どうやら、船長はここから指示を出して船を動かしていたようだ。
なんだか、ヨットと潜水艦を足して二で割ったような感じに見える。
「ドブネルさん、この船の造りは異質ですか?」
「そりゃあもう、異質なんてもんじゃねぇですよ。よほど荒れる海で使われてたんじゃないっすかね」
ドブネルの話によれば、この辺りで使われている船は、もっとシンプルな造りだし、ここまで浸水に対して神経質ではないらしい。
「それは、艀を積んでいなかった事とも関係してるんですかね?」
「あぁ、それはあるかもしねぇっすね。というか沈まない自信があるから艀を積まないのか、艀を積まないから沈まないようにしてるのか、どっちか分からないでやすが」
「他に、何か変わった点とかはありましたか?」
「さっきお見せした貯水槽ですが、こっちの船には積んでません。あんな大きな水槽を積んでれば重たくなりやすし、水なんか魔導具があれば困らないんでさ」
「あっ、なるほど……」
ドブネルに言われるまで忘れていたが、魔導具があれば水のタンクなど不要だ。
「もしかして、厨房にも魔導具は無いんですか?」
「そうです、竈で薪を焚いてたみたいでやす……お気づきでやすか、エルメール卿」
「あっ……ランプ」
我々は、各々が明かりの魔道具を持っているし、俺が空属性魔法で明かりの魔法陣を作って照らしているが、船には油を使うランプが取付けられていた。
「じゃあ、魔導具は見つかっていないんですね?」
「そうです。オラたちが見て回った限りでは、魔導具は船の装備だけでなく、個人で持つような物も含めて見つかってやせんね」
やはり、先史文明の生き残りと思われる人達は、自力で魔力を使えなかった可能性が高いようだ。
「他には、何か気付いたことはありませんか?」
「そうでやすねぇ……こっちの船に比べて揺れないというか、戻りが早い気がしやすね」
「それは、舷側が低いことも関係してますか?」
「勿論、あると思いやすが、それだけじゃない気がしやすね」
ドブネルの話によると、船の左右の傾きに対する復元力が強いらしい。
これもヨットに似た構造による効果なのだろうか。
「それか……船底に重しのようなものを積んでいるのかもしれやせん」
「重し……ですか?」
「へい、何かを祀っているようで……」
ドブネルが俺達を案内したのは船倉の一番底の部分で、それを見た瞬間、危うく叫び声を上げるところだった。
「これは、何かの封印のようですね」
「魔法……あるいは何かの呪術のようなものでしょうか」
マシップ教授とケスリング教授が興味深げに、でも近寄りがたい様子で眺めているのは床に設けられた大きな扉で、御幣の付いたしめ縄が渡されている。
「この下に、何かがあるのは確かなんでやすが、これを開けるのはちょっと……」
確かに、しめ縄で封印をしているようで、周囲には塩が盛られた跡も残っている。
「ドブネルさんは、何が入っていると思いますか?」
「船のご神体でしょうね。これには触れない方が……」
確かに開けると祟りがありそうな気がするし、厳重に封印している感じなので、王家が派遣する調査隊が来る前に手を付けると揉め事の原因になるだろう。
ただ、中身が気になることは気になる。
南海の島のご神体と聞くとモアイ像を思い浮かべてしまうが、しめ縄で封印された扉を開けたらモアイ像が顔を出したら結構シュールな光景になりそうだ。
「石像みたいなものでしょうかね?」
「船の重しになっているとすれば、そうした物かもしれやせんねぇ」
そう言いながらドブネルは、しめ縄が張られた扉に向かって指を組んで祈りを捧げた。
俺としては、ここは手の平を合わせる形で祈って欲しかったが、ファティマ教だとこっちの方がメジャーなんだよね。
俺も手を合わせて祈りを捧げた後で、ふと思いついた。
探知ビットなら内部の様子を探れるのではないかと……。
試しに、探知ビットを使って扉の周りを探ってみると、水密構造にはなっていなかった。
そこで探知ビットの数を増やして、内部の様子を探ってみると、やはり像のような物が置かれているようだ。
身長は成人男性の四倍強ぐらいで、手足のある立像のようだ。
最初に大まかな形を探り、続いて細かい部分まで探ってみたら、思わず声が出てしまった。
「にゃんだこれ!」
「どうされました、エルメール卿」
身長八メートルを超える立像は、複雑な構造の関節を持っていた。





