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黒猫ニャンゴの冒険 ~レア属性を引き当てたので、気ままな冒険者を目指します~  作者: 篠浦 知螺


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行政官の思惑

 タハリの行政官アンジエル・カミウードが、そろそろ一日の業務を終えようと思っていると、執務室のドアがノックされた。


「誰だ?」

「カディスです、ただいま戻りました」

「入れ」

「失礼いたします」


 ドアを開けて入室して来たのは、ニャンゴ達の案内人を務めていたイヌ人だった。

 カディスは今日の調査が終わったら報告に出向くように、アンジエルから言いつけられていたのだ。


「問題は起こらなかっただろうな?」

「はい、特にトラブルも無く調査は終わりましたが、やはりマシップ教授は不満そうでした」

「まぁ、棺の外から眺めるだけでは物足りないのも当然だろうが、うちとしても王家の体面を潰す訳にはいかぬから我慢してもらうしかないな」

「確かに眺めるだけは、眺めるだけだったのですが……」

「どうした、問題は無かったのだろう?」


 カディスの煮え切らない物言いに、アンジエルは眉を顰めてみせる。


「問題は無かったのですが、遺体を棺の外に出して……」

「馬鹿者! 遺体は脆くなっているから動かすなと命じておいただろう! 何をしている!」

「すみません、ですが遺体は全く損傷しておりません。大丈夫です」

「何だと、どういう事だ?」

「エルメール卿が魔法を使って、周囲の空気ごと固めた状態で棺から取り出しました」

「空属性魔法か!」

「はい、私も初めて見ましたが、あのような事まで出来るのですね」

「詳しく話せ」


 アンジエルの求めに応じて、カディスはニャンゴが遺体を棺から取り出した様子を身振り手振りを交えて説明した。


「では、誰も遺体には触れていないのだな?」

「はい、遺体の周りはガッチリと空気が固められている状態で、全く触れることは出来ませんでした」

「その固めた空気というのは、どの程度の硬さなのだ?」

「エルメール卿がおっしゃるには、防御のための盾のようには固めていないので、剣などで切りつければ壊れる程度の硬さだそうです」

「実際に触ってみたか?」

「遺体を固めた空気には、念のために触れないでくれと言われましたが、調査とは別に固めた空気を作って下さったので触らせていただきました」

「どうだった?」

「それが、そこにあると言われなければ全く分からなかったのですが、手で触れれば確かに固まった空気だと分かりました」

「ふむ……」


 アンジエルは腕組みをして頭の中で状況を整理しはじめた。

 王家からタハリの行政官に任命される人物とあって、アンジエルは勿論ニャンゴの活躍は耳にしているし、空属性魔法の話も知識としては持っている。


 だが、知識として知っていることと、実際に活用している場面に遭遇するのは別で、それは案内を務めたカディスも同様だった。


「それでは、エルメール卿が空属性魔法を用いて遺体を棺から出して、手を触れずに観察した訳だな」

「はい、おっしゃる通りですが……」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「はい、エルメール卿はアーティファクトを用いて遺体の状況を記録しておりました」

「なんだと……詳しく話せ!」


 カディスは再び身振り手振りを交えて、ニャンゴがスマホを使って遺体の静止画を記録する様子を伝えた。


「霊安室は窓が無く暗かったので、エルメール卿は自ら明かりを作って遺体を照らしていらしゃいました」

「その明かりも空属性魔法なんだな?」

「はい、明かりの魔法陣の形に空気を固めて刻印魔法を発動させていらっしゃるそうです」

「アーティファクトで記録したものは見せてもらったのか?」

「はい、それはもう驚異的な精細さで、誇張抜きに毛筋や皺の一本に至るまで記録されておりました。しかも、それが一瞬で記録されているのですから……先史時代の技術は恐るべきものです」

「それほどか……」


 腕組みをして唸ったアンジエルの額には、冬だというのにじっとりと汗が滲んでいる。

 先史時代の技術の高さにもアンジエルは驚きを隠せなかったが、そうした技術を当たり前のように調査に活用しているニャンゴの才能に戦慄を禁じ得なかった。


「エルメール卿の話では、アーティファクトで作成した精密な絵は簡単に複製が出来て、全く同じ精細さで譲渡が可能だそうです。それにはマシップ教授も驚いていらっしゃいました。今後の学術調査の形態は大きく変わると……」

「当然だろうな、私もアーティファクトをそのように活用するとは思ってもいなかった」

「ですが、エルメール卿はどこまで活用されるか疑問視されていらしゃるようでした」

「どういう事だ?」

「アーティファクトで作成した絵を見る方法が限定されてしまっているからだそうです」

「つまり、アーティファクトを持っている人間でないと見られない訳だな?」

「紙の上に描く方法もあるそうですが、現状では限定的で、作成した絵を完全に活用するためには性能が足りないとおっしゃられていました」


 現時点では、ニャンゴが写真を印刷する方法はハガキ大の用紙にプリントする機械しかない。

 大きなサイズで印刷できるプリンターの可動品は発見されていないし、画面で見るためのモニターやパソコン、タブレットなども当然アーティファクトだ。


 絶対数が不足しているし、アーティファクト関連以外の研究者の手に渡る可能性は高くないだろう。

 ニャンゴとしては、記録に残しておく必要性は感じているが、活用してもらえるのは何年も何十年も先だと考えていた。


「それでは、エルメール卿たちは、遺体を検分し、アーティファクトを用いて記録して宿に戻ったのだな?」

「はい、明日は漂流船の船体を検分なさるそうです」

「分かった。引き続き案内役と監視を怠るな」

「かしこまりました」

「ところでカディス、お前の目にエルメール卿はどう映った?」

「大変有能な方だと感じました」

「ふむ……それは、これまでの実績や世間の評判を見聞きすれば分かることだ。実際に接してみて、どのような印象を持った?」

「印象……ですか?」


 アンジエルに仕えることになってから、カディスは返答に詰まることなく即答することを求められてきたが、いつになく漠然とした質問に少し答えを迷ってしまった。


「何でも構わぬ。感じたままの印象を語ってみよ」

「かしこまりました。まず第一印象ですが、想像していたよりも小さな方だと驚きました」

「だが、猫人を見たことが無い訳ではないのだろう?」

「はい、勿論猫人の平均的な大きさは見知っておりますが、エルメール卿に関する噂はどれも御伽噺かと思われるほどのものですので、どうしてもイメージとしてもっと体格の良い方だと勝手にイメージしておりました」

「なるほど、確かにエルメール卿の残した功績は、普通の猫人には到底出来るものではない。そうしたイメージを抱くのも仕方のない事かもしれないな」


 アンジエル自身、ニャンゴと初めて顔を会わせた時には、カディスと同様の感想を抱いた。


「外見以外では、とても人当たりの良い方だと感じました。元々が平民出身だからでしょうが、我々や教会の関係者にも偉ぶった様子が全く無く、皆好印象を抱いていたように感じました」

「確かにその通りだな。これだけ話題になっている人物だから、背中から支えてやらねばならぬ程、ふんぞり返って現れるかと思ったが、腰の低さは出自にもよるのだろうな」

「それと、このような事を申すのは不敬だとは思いますが、とても言葉使いが丁寧でいらっしゃいます。私が聞きおよんでいるエルメール卿の出自は、山間の小さな村の農家の生まれだったはずですが、王族や貴族の方々と面談された経験なのでしょうか、あの年齢にしては大人びた話し方をなされますね」

「言われてみれば、確かにそうだ。田舎育ちの農家の子供とは思えない話し方だな」


 アンジエルはニャンゴの話し方に感心すると同時に、カディスの観察眼の鋭さも評価した。


「カディス、明日の調査には漂流船を発見、回収してきた連中も呼んでおけ。エルメール卿たちも、発見当時の状況も知りたがるだろうからな」

「えっ、あの連中を呼ぶのですか?」

「何か問題でもあるのか?」

「また調査用に回収した積み荷をよこせと迫ってくると思いますが……」

「積み荷は王家の調査隊が検分した後に、取り扱いを決めると申し渡してあるだろう」

「ですが、奴らは一日でも早く金にしたがってますから、エルメール卿たちにも絡んでいくと思いますが……」

「エルメール卿たちには、積み荷の扱いは王家が決定すると伝えておけ、くれぐれも勝手な判断をしないように伝えておけ」

「かしこまりました。ですが、連中が黙っていないかと……」

「お前は、自分には決定権が無いので、行政官に伝えておく……とでも言っておけ、後はエルメール卿がどのような対処をするか、よく見ておけよ……」

「これは……アンジエル様もお人が悪い」

「ふっ、全ては王家のためだ。ぬかるなよ」

「かしこまりました」


 意味深な笑みを浮かべるアンジエルに、カディスも同様の笑みで応える。

 二人の興味は、ニャンゴによって明らかにされる謎よりも、謎を明らかにしようとするニャンゴに注がれているようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 500話おめでとうございます こんなに楽しませていただき、ありがとうございます [一言] 書籍3巻まで買いました ミリアムが出てきてやっと猫人3人揃った シューレになって思いっきりモフりた…
[一言] 祝500☆
[一言] アンジエルこええ
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