行政官
一夜が明けて宿の食堂に行くと、既にケスリング教授とマシップ教授が朝食を食べ始めていた。
「おはようございます。お二人とも早いですね」
「いやぁ、年甲斐もなく興奮してしまい、よく眠れませんでした」
「私もケスリング教授と一緒ですね」
どうやら二人とも早く調査を始めたくて、遠足の日の子供のように早起きしてしまったようだ。
とは言っても、早朝から行政官のところに押し掛ける訳にもいかないので、ゆっくりと朝食を味わわせてもらった。
さすが港町タハリの宿とあって、朝食は肉と魚の二種類から選べるようになっていた。
勿論、俺は魚一択だけどね。
「うみゃ! ラーシで味付けした魚の切り身、うみゃ!」
魚のメニューは、前世でいうところの西京漬けにした魚の切り身を焼いたものとご飯、それにラーシのスープ、つまりは味噌汁だ。
純和風のメニューにゃんだけど、ナイフとフォークなのがしっくりこないので、空属性魔法でマイ箸を作ってワシワシと掻き込んだ。
これで、生卵と味付け海苔があれば完璧だったんだけどにゃぁ……。
朝食を食べ終えても時間があるので、食後のカルフェを楽しみながら宿の人から行政官について教えてもらった。
それによると、タハリの行政官は汚職を防ぐために、五年ごとに交代するらしい。
タハリの行政官を無事に務めあげると、国の役人として重要なポストが与えられるようだ。
現在の行政官は、アンジエル・カミウードという侯爵家の次男坊だそうだ。
二十代半ばの黒ヒョウ人の男性で、行政官としては三年目を迎えたところらしい。
「切れ者という噂を聞きましたが……」
「そうですね。行政官をなさる方は、どなたも次のポストへの足がかりとして考えていらっしゃるので、任期の間に実績を残そうと躍起になります。なので、任期の初め頃は意欲が空回りして失敗される方がおられますが、アンジエル様は落ち着いて仕事をなさっていた印象があります」
「空回りしないだけの分別があるってことですか?」
「そうです、そうです、思慮深い方だと聞いております」
思慮深い切れ者ならば、そんなに酷い人物ではなさそうだ。
約束の時間が近付いてきたので、一旦部屋に戻って騎士服に着替えた。
相手は貴族の次男だそうだし、一応礼装の方が印象が良いと思ったのだ。
ケスリング教授とマシップ教授も礼服に着替えて、行政官の下へと向かった。
昨夜のうちに大公家の騎士が連絡をしてくれたので、行政官との面談はスムーズに行われた。
「やぁやぁ、ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」
出迎えてくれたアンジエル・カミウードは、諸手を広げて歓迎してくれた。
「エルメール卿には、船幽霊騒ぎを解決していただいたお礼を申し上げたいと思っておりました」
「初めまして、ニャンゴ・エルメールと申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「アンジエル・カミウードです。さぁ、どうぞお掛け下さい。教授方もどうぞ……」
黒ヒョウ人の思慮深い切れ者と聞いていたので、シューレを男性にしたような感じかと思っていたのだが、予想に反して気さくな人物だった。
「実は、あの『巣立ちの儀』の時にもエルメール卿のお姿は拝見しておりました。私はバルドゥーイン殿下の学院での同級生でして。儀式の前にも面白い騎士がいると伺っていたのですよ」
アンジエルは今でもバルドゥーイン殿下と手紙のやり取りをしているそうで、ダンジョンを訪問した話なども聞いているそうだ。
「大公殿下からの書状を拝見いたしましたが、今回の漂流船はダンジョンでの発掘調査にも繋がりがあるようですね」
「はい、まだ確定ではありませんが、ダンジョンがまだ地上にあった頃に、この辺りを支配していた人達の子孫である可能性があります」
タハリまでの道中で、ケスリング教授達と推察していた内容を伝えると、アンジエルは何度も頷いてみせた。
「なるほど、それでは保管を進めてきて正解でしたね」
アンジエルは、乗組員の遺体に尻尾が無いことや耳の位置などを確認して、自分達とは異なる種族である可能性が高いと感じ、遺体や船体の保管を指示したそうだ。
当然、王家にも漂流船に関する報告はしてあるが、まだ連絡は戻ってきていないらしい。
「これから王家からも調査隊が派遣されてくると思いますので、船体や遺体に手を加える調査は許可できませんが、それ以外の検分については全面的に協力させていただきます」
「ありがとうございます。出来れば、今日の午後からでも調査を始めたいと思っているのですが……」
「大丈夫ですよ。遺体の調査と船体の調査、それぞれの教授には案内役をつけさせていただきます。調査のお手伝いをさせていただきますが、保管のための指示には従って下さい」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
乗組員の遺体は、カラカラに干からびた状態だったそうで、アンデッドにならないように浄化の措置を行ったのちに、棺に入れて保管してあるそうだ。
ドロドロの腐乱死体を掘り起こすような作業をしなくても済むと分かって、正直ほっとしている。
船に積まれていた品物は、盗難を避けるために倉庫に移してあるそうだが、船体のどこにあった物なのかは全て記録してあるそうだ。
「船には、どのような品物が積まれていたのですか?」
「乗組員の私物の他には、航海用の海図や羅針盤、それに交易品とみられる織物や陶芸品、木工品、刀剣の類が積まれていました。交易品の中身を見る限りでは、文化の程度は我々と同等か少し劣るぐらいの印象ですね」
「魔導具やアーティファクトのような物は?」
「我々が使っているような魔導具は見当たりませんでしたし、用途不明のアーティファクトと思われるような品物も見当たりませんでした」
昨晩見学した船体や、ここまでのアンジエルの話からも、先史時代の人類の子孫である可能性は残されているが、残念ながら当時の文明は引き継いでいないらしい。
もし、先史時代の文明を引き継いでいるとすれば、船体が何かの実験や検証のための木造船であったとしても、無線やGPSなどの機器は積んでいるはずだ。
そうした品物や、スマホやパソコンなども全く積まれていないのであれば、文明は滅びて人だけが生き残った可能性が高い。
ただし、文明は残っていないかもしれないが、話は伝わっているかもしれない。
かつて人間は空を飛び、月にまで行ってたんだよ……みたいな伝承が残っているならば、聞いてみる価値はあるはずだ。
そこに先史時代の文明が滅びた謎に対する答えが、隠されているかもしれない。
「エルメール卿、漂流船に積まれていた海図の写しがあるのですが……御覧になられますか?」
「はい、是非!」
タハリのような港町にとって、海図は航海の安全を支える貴重な資料なので、王家が派遣してくる調査隊が持ち帰ってしまっても良いように、先に写しを作っておいたそうだ。
「写しを作って、タハリではベテランの船乗りの何人かに海図を見てもらったのですが、このような島を見たという者は一人もいませんでした」
乗組員が干からびた遺体になるほどの長い期間、漂流を続けていた船の地元付近の海図なのだろう。
タハリ周辺を航海する船乗りが知らなくても無理はない。
「エルメール卿、これは!」
海図を見たケスリング教授とマシップ教授が俺に視線を向けると、それに気付いたアンジエルが訊ねてきた。
「この島を御存じなのですか?」
「実際に見た訳ではありませんが、似た地図を見たことがあります」
「それは、どこで?」
「この中です」
「それは……アーティファクトですか?」
「そうです。このアーティファクトに残されていた地図によれば、この海図の島は遥か南方に浮かんでいる島というか大陸なんだと思います」
スマホを起動させて地図アプリを表示し、目的の大陸まで南下させて拡大してみせた。
手作業による海図だからか、微妙に形は違っているが、特徴的な岬の形や海岸線からみても、同じ場所である事は間違いなさそうだ。
「確かに……これは同じ場所で間違いないでしょうね」
「少なくとも、この地域には我々と同程度の文明を持つ人達が暮らしているのも間違いないでしょうね」
「ただし、使われている文字は違っているようですね」
海図には地名を示しているのであろう文字も写し取られていたが、どれも俺達が日常的に使っている文字とは異なっている。
「まぁ、これだけの距離が離れているのなら、そもそも言葉が違っていてもおかしくないでしょう」
「これは、ダンジョンで発見された文字とは異なっているのでしょうか?」
「さぁ、言語学には詳しくないので分かりませんが、似ている気はします」
海図に使われている文字列は、ダンジョンで見つかった文字列に似ているような気はするが、同じものだと断言する自信は無い。
その辺りは、本職の言語学者にお任せするしかないだろう。
海図のおかげで漂流船が何処から来たのか分かったが、まだまだ解き明かすことは沢山残されている。
この後、一旦宿に戻って調査用の汚れても良い服に着替えたら、いよいよ午後からは本格的な調査の開始だ。





