冬枯れオーク
旧王都からタハリまでは、馬車で二日の距離がある。
俺一人で行動するならば、ビューンっと飛んで行けば良いのだが、今回は調査隊として向かうので途中の街で一泊する。
俺としては早くタハリに向かいたくてウズウズしているのだが、それはケスリング教授やマシップ教授も同じのようだ。
大公家が派遣する調査隊なので、上等な宿を用意してもらっているのだが、二人とも宿泊を楽しむよりも早く出発したくて仕方がないようだ。
「まぁ、ジタバタしても始まらないと分かってはいますが、新種の人類の発見かもしれないと考えると、じっとしているのが苦痛ですよ」
生物学が専門のマシップ教授にとって、新種の生物を発見するのは大きな喜びであるし、それが知性を備えた人類ともなれば興奮するのも当然なのだろう。
「私は、本当に魔道具が一つも使われていないのか、船を隅から隅まで検分したいですね。魔法が使えない人類が本当に存在するのか、存在するとしたら、その人達はどうやって魔導具に辿り着いたのか非常に興味があります」
先史時代の人類は、属性魔法や身体強化魔法が使えなかった可能性がある。
だとしたら、どうやって刻印魔法に辿り着いて、魔導具文明を築いたのか、確かに興味をそそられる。
前世の日本で使われていた科学技術を基にした機械文明も、元を辿っていけば水や空気、火、雷などの自然現象に端を発している。
魔法が使えず、自然現象を基にして技術を発展させたならば、前世と同じ科学技術による文明になっている可能性の方が高いはずだ。
実際、刻印魔法によってもたらされる、水や風、火、雷、光などは、自然現象とは異なっているように感じる。
属性魔法が使えるならば、魔法陣によって現象を再現しようとした……といった説明が成り立つが、魔法が使えない人間が刻印魔法に辿り着くには、ギャップをポーンと飛び越えるようなブレイクスルーが必要だ。
「そうですよね。属性魔法が使えないのに、なんで刻印魔法に辿り着いたのか……不思議ですよね」
「でしょう! やはりエルメール卿もそう思われますよね。だとすれば、全ての人が属性魔法を使えなかったのではなく、一部の人間しか使えなかったのではないですかね?」
「なるほど、一部の人しか使えない技術を万人が使える技術へと昇華させた……という考え方ですね?」
「そうです、そうです! マシップ教授はどう思われますか?」
「現代でも、人種や体の大きさによって魔力指数には大きな違いがあります。その当時、一部の人しか魔法が使えなかったという可能性は十分に考えられますし、むしろそう考えた方が魔法陣が生まれた過程は自然に説明できそうな気がしますね」
夜通し馬車を走らせられない鬱憤を晴らすように、議論は夜遅くまで白熱した。
翌日、三人とも少々寝不足ながらも、一刻も早くタハリを目指して出発しようと支度を整えていたのだが、宿を出て街道を進もうとした所で待ったを掛けられてしまった。
止められているのは我々だけでなく、全ての馬車が対象のようで、即席のキャラバンを組んで進むように指示されているようだ。
これは、何か厄介な魔物でも出たのかにゃ。
俺達の馬車が大公家が派遣する調査隊だと知り、規制を行っていた兵士が説明に来た。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません、エルメール卿」
「何かあったのですか?」
「どうやら冬枯れオークが出没しているようなんです」
「冬枯れオーク?」
兵士の説明によると、冬の終わりぐらいに腹を空かせて徘徊するオークを冬枯れと呼んでいるらしい。
腹を空かせているために狂暴で、討伐には細心の注意が必要な一方、越冬に体力を使い、脂の乗りが悪いので肉の買い取り価格が上がらない。
オークは、討伐依頼の成功報酬よりも、魔石や肉の買い取り価格の方が遥かに大きい。
脂の乗った黒オークには、金貨七枚の値段が付く事も珍しくない。
買い取り価格が下がってしまい、討伐に普段よりも危険が伴うのでは、冒険者にとっては旨みの少ない討伐対象という訳だ。
「その冬枯れオークは集団なんですか?」
「これまでに入っている目撃情報では、全部で五頭以上の群れだと聞いています」
「なるほど、それでは多めの護衛が必要ですね」
「一応、馬車は五台ずつでキャラバンを組んでもらっています」
群れの大きさを考えれば、こうした措置は当然だろうし、すでにギルドには討伐の依頼が出ているそうだ。
一般の馬車が隊列を組まされる一方で、討伐目的の冒険者パーティーが単独で馬車を走らせて行く。
五台で隊列を組んでいる馬車よりも、当然単独の馬車の方がオークから見れば狙いやすいはずだが、実際には討伐目的の冒険者が複数控えているという訳だ。
先に冒険者パーティーが出発すれば、こちらが狙われる可能性は低い。
低いはずなのだが、何だか髭がピリピリしている。
「ケスリング教授、マシップ教授、ちょっとタハリまでは冒険者に戻らせてもらいます」
教授達に断りを入れて、タハリまでは御者台に座っていく事にした。
「エルメール卿、寒くありませんか?」
「大丈夫ですよ、自前の毛皮がありますし、空属性魔法で空気の防寒着を作って着込んでますから」
「そうなんですか、便利なもんですねぇ」
分厚い外套を着込んでいる御者から見れば、俺の格好は随分と薄着に見えるだろうが、実際にはポッカポカだ。
「オークは出ますかね?」
「出ると思っていて下さい。備えていれば動けますが、油断してるとやられますよ」
「ふふっ……」
「何かおかしかったですか?」
「いや、エルメール卿は色んな肩書をお持ちですが、やっぱり冒険者なんだなぁ……と思ったもので」
「ははっ、そうですね。そうありたいと思っています。王族や貴族相手の堅苦しいのは苦手なもので」
呼び出されれば、王城や大公の屋敷に出向かなければならないが、俺として馬車の御者台で風に吹かれている方がいい。
しかも、いつ腹を空かせたオークが襲ってくるか分からない状況なんて、冒険者冥利に尽きるというものだ。
俺達の馬車は、五台編成の隊列の中央に置かれた。
街の出口で規制を行っていた兵士が、大公ゆかりの調査隊の安全を考慮したのだろう。
五台の馬車は、緊急停止が出来るギリギリの距離を保って一塊で進む。
街を出発した直後は、隊列全体がピリピリした空気に包まれていたが、一時間も走ると緊張感は緩み、前後の馬車からは笑い声も聞こえるようになってきた。
兵士達の話では、オークが出たのはもっと先の地域という話だったので、無駄に緊張していても意味がないと切り替えたのだろう。
ただ、なんだか俺の髭のピリピリは、どんどん強くなっている気がする。
「出ませんねぇ……エルメール卿。今頃、他の冒険者が討伐してるかもしれませんね」
「いや、そろそろだと思いますよ」
「えっ……見えてるんですか?」
「いいえ、勘です、勘……」
疑わし気な視線を向けて来る御者にニヤリと笑い返した直後、左前方の林から何かが投げ上げられるのが見えた。
「粉砕!」
粉砕の魔法陣を発動させて、投げ上げられた丸太を街道に落ちる前に林の方角へと吹き飛ばした。
「馬車を停めろ! オークだ!」
大声で叫びながら、ステップを使って上空へと駆け上がる。
粉砕の魔法陣による爆破音に驚いたのか、飛び出しかけていたオーク達は林の端で足を止めていた。
腹を空かせたオークの群れなんて、放置すれば必ず人を襲う。
人を襲って味をしめれば、また人を襲うようになる。
そうなる前に一頭残らず仕留めておかねばならない。
「一、二、三……ちゃんと五頭、いや奥にもう一頭いるじゃん」
冬枯れオークは全部で五頭という話だったが、林の奥にもう一頭隠れている。
「ブモォォォォ!」
爆破音に驚いて足を止めていたオークだが、目の前に獲物がいるのを思い出して飛び出してくる。
先頭の馬車に乗っていた護衛の冒険者が槍を構えているが、なんだか腰が引けてしまっている。
俺達の馬車には大公家の騎士が二名同行しているが、あくまでも教授達の護衛なので馬車を離れて前には出ない。
このままだと先頭の馬車が危なそうなので、援護射撃を開始した。
ドヒュッ……ドヒュッ……ドヒュッ……
砲撃ではオーバーキルになりそうなので、アンチマテリアルライフルをイメージした魔銃の魔法陣を発動させてオークの頭を撃ち抜く。
眉間から入った銃弾は、後頭部を吹っ飛ばしながら貫通し、オークを沈黙させていく。
街道脇に五頭のオークの死体を並べたら、逃亡を始めた残りの一頭を追跡する。
「逃がさないよ、バーナー」
「ブギィィィ……」
「バーナー……バーナー……」
逃げようとする方向へと先回りして、バーナーで火炙りにして追い立てる。
グルグルと方向を制限されながら逃げ惑っていたオークは、方角を見誤って街道へと飛び出して来た。
「ブモォォォォ!」
見えない相手に追い立てられたオークは、止まっている馬車を見つけて怒りの咆哮を上げた。
「だから、逃がさないって」
ドヒュッ!
頭を撃ち抜かれたオークは、街道脇にバッタリと倒れて動かなくなった。
魔石は要らないからと、他の馬車の護衛についていた冒険者たちにオークの処理を頼み、俺達はタハリを目指して先へ進むことにした。





