位置情報の意味
前世の頃のスマホが現在位置を表示できたのは、GPS用の人工衛星からの電波を受信していたからだ……といっても詳しいことは良く知らない。
人工衛星がいくつあって、どんな計算が行われて位置を特定しているのかなど、詳しい技術情報までは知らなかったけど、とにかく結構正確に自分の位置が分かるということは知っていた。
で、今の状況を考えてみよう。
このスマホは、前世で使っていたものとは全くの別物だ。
そもそも前世日本には魔力なんてものは存在していない。
全くの別物だと分かった上で、さて、どうやって位置情報を得ているのだろう。
真っ先に頭に浮かんだ人工衛星だが、ダンジョンが埋もれたのは相当昔の話だと思われる。
何も処理のされていない樹脂のパーツは、殆どがボロボロになって崩れてしまうほど昔の話だ。
その頃の人工衛星が、果たして今も作動を続けられるものなのだろうか。
前世の地球で活用されていた人工衛星には耐用年数があって、時折大型の衛星が燃え尽きずに地球に落下する危険があるとかニュースになっていた。
有名な気象衛星ひまわりも、確か9号の運用が始まるとか聞いた覚えが残っている。
耐用年数の問題を考えるなら、先史時代の人工衛星が今も動作し続けているとは考えにくいが、それは前世の頃の常識で考えるならだ。
この世界には、固定化として作用すると思われる魔法陣が存在している。
俺が手にしているスマホも、その固定化の魔法陣によって守られていたからこそ、こうして活用することが出来ている。
この刻印魔法の技術を応用できたならば、前世の常識では測れないほど長期間の運用が可能な人工衛星が存在しているの……かもしれない。
その一方で、別の可能性も頭に浮かんだ。
それは、人工衛星を打ち上げる技術を持った者が、この星のどこかで生活している可能性だが、それは現実的ではないだろう。
それほどの技術を持った者達ならば、星全体を探索するのは難しい話ではないだろうし、だとすればシュレンドル王国に全く接触してこないはずがない。
なので、俺が手にしているスマホを作った人類は、滅んでいると考えるべきだろう。
そうなると、これから調査に行く幽霊船の謎が更に深まるのだが、そっちの話は一旦置いておこう。
位置情報に関しては、他の可能性もあると考えている。
前世の親父の弟、つまりは前世の叔父さんは自動車関係の仕事をしていた。
その叔父が、最初のカーナビはGPSを使っていなかったんだ……と蘊蓄をたれていたことを思い出した。
なんでも地球の磁気を利用して自分の位置を特定していたそうで、最初に自分の位置をセットする必要があったり、高架下などの磁気が乱れる場所を通るとリセットする必要があったそうだ。
この世界にも地磁気は存在しているし、前世では存在していなかった魔素なるものも存在している。
人工衛星を使っていないとしたら、そうしたものを組み合わせて自分の位置を特定しているの……かもしれない。
「……エルメール卿……エルメール卿!」
「はっ、すみません。ちょっと自分の世界に入り込んでいました」
ケスリング教授が何度も呼び掛けていたようだが、スマホの現在位置の特定方法について考え込んでいて、聞こえていなかったようだ。
「また、なにか新しい発見があったのですか?」
「はい、どうやら、このアーティファクトには自分の位置を特定する機能が組み込まれているようです」
ケスリング教授とマシップ教授に地図画面を見せて、赤い点が移動している事を教えた。
ただしアプリの地図情報では、我々がいるのは海の上になってしまっている。
これは位置情報が狂っている訳ではなく、このスマホが作られた頃、今いる場所は海だったのだ。
地殻変動か火山の噴火によって、ダンジョンが埋まり、この辺りは陸地となった。
海岸線が、旧王都の辺りからタハリまで移動したということだ。
「つまり、そのアーティファクトがあれば、目隠しされて連れ去られて、荒野のど真ん中に放りだされたとしても、自分の居場所が分かるのですね?」
「もう少し検証してみないと断言はできませんが、その可能性は高いです」
これは、大、大、大発見なのだが、ケスリング教授の反応は今一つという感じだ。
「凄い発見だと思いませんか?」
「そうですね……正直、エルメール卿がそれほど興奮する理由を分かりかねています。地図や地形に詳しい者であれば、周囲の風景や星の動きによって凡その居場所は特定できます」
「そうですね。ですが、星を読むのは技術と経験が必要ですし、おそらくですが、この位置情報は驚くほど正確だと思われますし、曇って星が見えなくても使えるはずです」
「なるほど……それは確かに便利ですね」
「いやいや、その程度は位置情報の価値の一端にすぎませんよ」
前世の頃に感じていた、GPSの利便性などを話していくと、次第にケスリング教授は前のめりになって耳を傾け始めた。
一方で、生物学が専門のマシップ教授は少々退屈そうにみえる。
「マシップ教授、例の漂流船は何処から来たと思われますか?」
「えっ……そうですね、まるで予測は出来ないのですが、遥か南から来た可能性が高いですね」
「では、それらしい島か大陸が無いか見てみましょう」
「えっ……?」
スマホの地図画面を縮小していくと、先史時代の世界地図が表示された。
「こ、これは……」
「先史時代の世界地図だと思われます。当時とは大陸の形とかも変わっている可能性が高いですが、それでも大まかな位置関係は変わっていないはずです」
俺達が暮らしているシュレンドル王国は、大きな大陸の南東部に位置している。
南と東には広大な海が広がっていて、遥か南南東には大きな島というか小さな大陸が描かれている。
星の大きさが地球と一緒だと考えるならば、日本とオーストラリアぐらい離れている感じだ。
前世の日本とオーストラリアの間には、フィリピンやインドネシアなどの島国が点在していたが、この地図を見る限りではそうした島国は見当たらない。
「間にあるのは海だけで、補給が受けられない状況を考えると、幽霊船がこの大陸から来た可能性は否定できませんね」
今度は、打って変わってマシップ教授が前のめりになってきている。
「どの程度の距離があるのでしょう」
「うーん……具体的な数字は分かりませんが、現状では絶望的な距離と言うしかないですね」
「確かに……」
マシップ教授もケスリング教授も頷いているのだが、俺なら行って来られるのではないかと考え始めている。
何の目印もない海の上に飛び出したら、戻ってこられなくなるのでは……と思っていたが、スマホで位置情報を得られるならば、その不安は払拭される。
あとは、こんな長距離を飛び続けられるかが問題だが……可能性はある。
ただし、それこそ命懸けの大冒険になるのは間違いない。
「もし、この大陸に調査に向かうのだとしたら、入念な下準備が必要ですし、それこそ命懸けの挑戦になります」
「エルメール卿」
「なんでしょうか、ケスリング教授」
「先程から、口許が緩みっぱなしですよ」
「にゃっ、そんにゃことは……いや、否定はしません。出来ませんよ、だって俺は冒険者ですからね」
「それは、我々学者とて同じです」
ケスリング教授が視線を向けると、マシップ教授も大きく頷いてみせた。
「我々学者にとって、未知との遭遇ほど心躍ることはありません。エルメール卿、今回の調査にもよりますが、未知なる大陸への調査を王家に提案なさってはいかがですか?」
「俺が……ですか?」
「アーティファクトを使いこなし、未知の大陸を調査する……こんな提案をするのに、エルメール卿以上に相応しい人物などおりませんよ」
そう言われてしまうと、確かにそんな気はするのだが、提案するにしても準備は必要だろう。
「そうですねぇ……時期を見てでしょう。現状、これほどの距離を航海できるのか分かりませんし、王家が未知の大陸に行く意義を感じるかどうか……」
王家を巻き込めば、資金という面では助かるだろう。
だが、金を出してもらえば当然成果を求められる。
未知の大陸に、大量のオリハルコンでもあれば行く意味もあるだろうが、金と命を懸けて行く価値を確実に見出せるのは、現状では冒険者と学者だけだろう。
行ってみたい気持ちはあるが、旗印として担ぎ上げられるのは危険な気がする。
それに、王家が絡むとなると、王位を巡って対立している三馬鹿兄弟の存在を無視する訳にはいかないだろう。
当然、何らかの形で絡んで来ようとするだろうし、あわよくば自分達の功績にしようと画策するだろう。
それに、いきなり訪ねて行って、上手く友好的な関係を築けるものだろうか。
言葉とか、たぶん通じないよね。
というか、向こうに暮らしている人が、いわゆる『人』の姿をしているとしたら、獣人の姿で訪ねていったら大騒ぎになるんじゃないかな。
人族 vs 獣人族みたいな対立は起こってもらいたくないにゃぁ。





