今年の方針
昨年の暮れから今年の初めにかけて、俺が留守にしていた旧王都では反貴族派の取り締まりが活発化したそうだ。
大公家の騎士団による摘発が強化されたのも理由の一つだが、ダンジョンの崩落が反貴族派が使った粉砕の魔法陣によるものだという話が広まり、住民から通報が相次いでいるらしい。
言うまでも無く、ダンジョンの崩落によって旧王都の街は大きな打撃を受けた。
住民の中には家族や友人、知人が行方不明になっている人がたくさんいる。
そうした人達の恨みが反貴族派へと向けられ、怪しいと思われる者の通報が騎士団や官憲に多く寄せられているようだ。
ただ、ダンジョンの崩落を招いた原因を作ったのが、本当に反貴族派だったのかは不明だ。
崩落の直前、反貴族派が破壊工作に使っている粉砕の魔道具が使われたのは間違い無いが、それを使ったと思われる者達は崩落に巻き込まれてしまったと思われる。
なので、反貴族派が犯人というのは推測でしかないのだが、粉砕の魔道具などを用いて学院に攻撃を仕掛けているのは知られているので、否定するような意見は出てこないのだろう。
「ライオス、ダンジョンには入れそうなの?」
「いや、まだ立ち入り禁止が解除にならない。ニャンゴがいない時にも、大規模なものは少なくなったが崩落が続いているんだ」
帰ってきた時に空から眺めただけでは違いは分からなかったが、まだ崩落は止まっていないようだ。
地下の空間と上に積もっている土砂の量を考えると、全体が崩落しないで止まった方が奇跡的なことかもしれない。
「ギルドはどうするつもりなんだろう?」
「たぶん、新たな地下道の設営を前倒しする事になるだろうな」
新区画の建物が、どの程度まで残っているかは不明だが、これまで発掘しつくされた区画よりもアーティファクトが残されている確率は高いし、実際に残されている。
そこで発掘品を楽に運び出せるように、馬車が通れるほどの地下道の建設が計画されている。
俺もスマホの中に残されていた地図データを既に提供しているので、それを基にして掘削ルートが検討されているはずだ。
地図データを提供した席には、ギルドマスターの他に学院長や大公家の家宰も同席していた。
地下道の建設にはギルドの他に大公家も加わるだろうし、アーティファクトの重要性を認識した王家も加わる可能性が高い。
そうなれば国家プロジェクトということになるし、当然多くの人員が送り込まれて工期は大幅に短縮されるだろう。
「うちは、どう動くの?」
「そこが問題だ。いくら地下道の建設が前倒しされると言っても、一ヶ月や二ヶ月で出来上がるとは思えない。これまで持ち出した発掘品だけでも一年や二年は楽に暮らせるが、ただ遊んでいるのも能が無いだろう」
「まぁ、そうだよね。俺は、たぶん学院に協力してくれって言われると思うけど、ずっと検証作業とかを続けるのも性に合わないしなぁ……」
ライオスとしては、ダンジョンに入れない間は、旧王都のギルド所属の冒険者として活動するつもりのようだ。
イブーロのように田舎ではないから魔物の討伐依頼とかは多くないだろうが、ダンジョンが活発化したから物の流通が増えて護衛依頼はあるようだ。
ただ、これまでダンジョンに潜っていた冒険者が一斉に仕事が無くなった状態なので、冒険者の数と依頼の数を考えると潤沢とはいかないようだ。
その潤沢でない護衛依頼をダンジョンで荒稼ぎしたチャリオットが積極的にこなしてしまうと、他のパーティーから妬まれたりする可能性がある。
「まぁ、ニャンゴの心配はもっともだが、俺達が妬まれるのは今更だろう」
「まぁね、ダンジョンであれだけの物を掘り当てたんだから、妬まれるのには十分すぎるよね」
「ということだから、ガツガツ依頼を漁ることはしないが、体が鈍らない程度には依頼をこなしていこうと思っている」
「それじゃあ俺は、依頼が無い時には学院に顔を出して、依頼の時は合流って感じでいいかな?」
「それが妥当なところだろう。ニャンゴも学院に詰め切りは嫌なんだろう?」
「うん、体が動くうちは、学者じゃなくて冒険者でいたいからね」
とりあえず、今日あたりから一般的なパーティーは依頼を探して動きだすから、それが一段落する明日か明後日頃からライオスが依頼を探すそうだ。
ただし、旧王都に来た時に自前の馬車は売却してしまった。
今後、どの程度の間、一般的な冒険者として活動するか分からないが、改めて馬車を購入することも検討するらしい。
ただ、そうなると今の拠点は馬車や馬を置いておく場所が無いので、拠点を移動することも検討しなければならない。
「なんだか、ダンジョンの崩落で予定が狂っちゃったね」
「そうだな、ただ他の冒険者たちも多かれ少なかれ計画が狂っているはずだから、望外の収入があった俺達は幸運な方だと思うべきだろうな」
「それもそうだね」
俺達はダンジョンの新区画を発見して、ショッピングモールを独り占めした形だから莫大な利益を手にしたけど、他のパーティーで利益を出せたのは少数派だと思われる。
途中、無計画な発掘作業によって落盤事故も起こっていたし、ダンジョンが崩落したのはこれからという時期だった。
通路に出店を出していた人達も、これから本格的に稼ごうと思っていた人が大半だろうし、反貴族派に関する通報が相次いでいるのはそうした状況も関係している気がする。
自分達の稼ぎを台無しにした連中に対する腹いせというやつだろう。
という訳で、慌てて帰ってきたけど、冒険者としての活動は暫し待機となった。
「ニャンゴ、お布団干しておいたからな」
「ありがとう、流石は兄貴だ」
「拠点にいる間は、ふかふかのお布団を堪能したいからな。それで、親父たちは元気だったのか?」
「あぁ、相変わらずだよ。大晦日に雪が降ってさ、元日に家を訪ねたら四人とも布団に潜ってた」
「まぁ、仕方ないな、雪が降って布団があれば、俺だって一日中潜っていたいと思うよ」
「まぁねぇ……とりあえず、良い意味でも悪い意味でも変わってなかったよ」
「元気なら、それでいいだろう」
兄貴も、ダンジョンの中で色々な人と話をする機会が増えたからか、以前に比べると落ち着きが出てきたように見える。
「それで、ニャンゴ、これからの事なんだが……」
「あぁ、ダンジョンには暫く入れそうもないからね」
「その間、チャリオットは護衛の依頼とかを受けるようになるんだろう?」
「たぶん、そんなに頻繁ではないと思うけど」
「俺は、地下道の建設が始まったら、その現場で働いてみようかと思ってるんだ」
「えぅ? チャリオットを抜けるつもり?」
「いや、住む場所とか探すのは大変だし、出来ればチャリオットに残ったまま、護衛の依頼とかではなく土属性の魔法を活かせる仕事が出来ないかと思ってるんだ。勿論、都合の良い事を言ってるのは分かってる……」
確かに護衛の依頼とかでは、兄貴が腕を振るう場面は少なくなる。
野営をする商隊の護衛とかなら、竈の設営などで役に立つけれど、山賊や魔物との戦闘となると足を引っ張る存在になりかねない。
「ミリアムは、風属性の探知魔法が使えるけど、俺の魔法では馬車での移動中は役に立たないからな」
「そっか、ライオスには相談したの?」
「いや、まずニャンゴに相談してからにしようと思ってたから、これからだ」
「俺も、学院の仕事などで単独行動するようになると思うし、遊んでいる訳じゃないから大丈夫だとは思うけど、一応ライオスと相談してみて。一人で相談しに行くのが不安だったら、俺も一緒に行くよ」
「いや、大丈夫だ。これは俺の問題だから、ちゃんと俺から話をしてみるよ」
「そうか、分かった」
まさか兄貴から、一人で違う仕事に行きたいと言われるとは思ってもいなかった。
でも、うまくはいかなかったけど、成人を迎えた年には一人でイブーロに仕事を探しに出ている。
でもその時は、世間知らずで怖い物知らずだったから出来たのだろうし、色んな経験をして世間の怖さも知って、それでも一人で仕事に出たいと思ったのは、兄貴の成長の証だろう。
「兄貴、思い切ってやってみなよ。上手くいかなかったら、また考えればいいよ」
「そうか、そうだな。じゃあ、ちょっとライオスに相談してくるよ」
「うん、頑張って」
ダンジョン探索が一時中止になったのは残念だけど、また兄貴が新たな一歩を踏み出そうとしているのは嬉しいし、楽しみでもある。
動き始めた新しい一年が、良い年であるといいにゃぁ。





