慌ただしい日々への帰還
「子爵様、急な訪問にもかかわらず、過分なお持て成しをいただきありがとうございました」
「なぁに、我がラガート領の出世頭の土産話が聞けるならば、いつでも歓迎するぞ」
「奥様も、ジョシュア様もお元気で」
「エルメール卿も体に気を付けて下さいね」
「活躍を期待しておりますよ」
「はい、ありがとうございます」
昨夜は、モルダールやマルールといった高級魚の料理を思う存分うみゃうみゃしながら、旧王都までの道中やダンジョンでの話に花を咲かせた。
当り前だが、可動品のアーティファクトであるスマホを見せると、うちの家族とは違って全員が身を乗り出して覗き込んできた。
そして、ラガート子爵はエスカランテ侯爵と同様に、空からの偵察の可能性について言及してきた。
どうやら子爵は、隣国エストーレの動きに神経を尖らせているらしい。
以前、レイラと空の散歩を楽しんでいるうちに風に流されて、意図せずエストーレの様子を覗き見たことがあった。
その時に目にした大規模な採掘の様子は、やはりオリハルコンが目的だったらしい。
どの程度の量を採掘できたのか分かっていないが、もし大量のオリハルコンを手にした場合、軍事利用してシュレンドル王国に攻め込んでくる可能性も否定できないそうだ。
ただし、オリハルコン自体の加工が難しく、製錬して武具として仕上げるには最低でも二年以上は掛かるらしい。
エストーレはシュレンドル王国と敵対関係にある国ではなく、西方にある国との関係悪化が噂されているそうだ。
現時点では、シュレンドル王国と戦争になる可能性は低いが、仮に戦端が開かれれば一番最初に攻め込まれるのはアツーカ村となる。
エストーレから不穏な噂が聞こえて来た時には、いつでも偵察に協力するのでギルド経由で知らせてほしいと子爵には伝えておいた。
国境の砦には、王国騎士団とラガート騎士団が常駐しているが、それでも戦争となれば安心はできない。
ほんの少しの不安を抱えつつも、俺はチャリオットのみんなが待つ旧王都を目指して飛び立った。
帰り道は、北からの季節風を利用して飛行船を使うことにした。
俺一人の体重ならば、小型の飛行船でも簡単に持ち上がる。
機体にヘリウムと思われるガスを満たし、風の道具で推進力と方向を調整しながら一路旧王都を目指した。
この日の天候は晴れで、上空は凍えるほどに冷え込んでいたが、キャビンは温熱の魔道具で暖めているから快適だ。
季節風の後押しを受けながら、エスカランテ領、グロブラス領、レトバーネス領などを飛び越えていく。
ラガート子爵が用意してくれたお弁当をうみゃうみゃしながら、存分に空の旅を楽しんだ。
王都は真上を通過すると攻撃されそうなので、グルっと東へ迂回しつつ旧王都を目指す。
「おぉ、見えてきた。翼よ、あれが旧王都の……にゃにゃっ?」
リンドバーグを気取ろうとしていたら、眼下に見えてきた旧王都の街並みからパッと白煙が上がり、直後に爆発音が響いてきた。
「なんだ? 正月早々に何事だ?」
というか、粉砕の魔道具を使った爆発にしか見えなかったし、となれば反貴族派の仕業の可能性が高い。
旧王都ではダンジョンの崩落以後、それまで緩々だった身元の確認が厳しくなった。
これまでの旧王都は、ダンジョンの探索を進める人員を確保するために、あえて身元の怪しい者達を受け入れてきたが、住民の生活を脅かすような輩が現れれば話は違ってくる。
旧王都を治めている大公アンブロージョ・スタンドフェルドは、年が明けてからも取り締まりの手を緩めなかったのだろう。
速度と高度を落としながら旧王都へ接近していくと、更にもう一発粉砕の魔道具を使ったとみられる爆発が起こった。
どうやら現場は、旧王都の西側のようだ。
速度を更に落として現場上空に差し掛かったところで飛行船を解除して、空属性魔法で作ったボードに乗り換えた。
「ふにゃぁぁぁ! 寒っ!」
それまで暖房の効いたキャビンにいたのを忘れていて、急に表に出たものだから寒さに驚いてしまった。
慌ててボードをキャビンに作り替えて、内部で温風の魔道具を発動させた。
「ふぅ、驚いた……てか、下はどうなった?」
ボードに腹這いになって爆発があった周辺の街並みを見下ろすと、ゴチャゴチャと入り組んだ路地を走る数人の男が見えた。
追い掛けている騎士の動きが、やけにゆっくりに見えると思ったが、逃げている男達の前方や側方の路地にも騎士の姿があった。
どうやら、既に包囲は終わっているらしい。
逃げる男達は、銀色の筒から炎弾を乱射しているが、金属製の鎧を身に着け、盾を構えた騎士には効果が薄い。
裏社会で密造されているらしい粗悪な魔銃では、撃ち出される炎弾の温度も速度も低く、素人相手の脅しには使えても本職の騎士には通用しないようだ。
取り締まりを行っている騎士たちの邪魔にならないように上空から見守っているが、逃亡を続けている男達が粉砕の魔道具を隠し持っているようには見えない。
これならもう大丈夫かな……と思いかけたら、逃げていた男の一人が路地の壁に隠してあった紐のようなものを手に取るのが見えた。
男はそのまま足を止めて、追い掛けてくる騎士へと視線を向けてタイミングを計っているように見えた。
「不味い! シールド!」
咄嗟にシールドを展開した直後、騎士たちの前方に積まれていた木箱が爆発した。
「ざまぁみやがれ!」
魔導線と思われる紐を放り出しながら、反貴族派と思われる男達は再び逃走に移った。
「ぐぁっ!」
「おい、どうした?」
「何かにぶつかった」
「ぶつかったって……なにも無いじゃない……えっ?」
男達の前方を塞いだのは、俺が空属性魔法で作った壁だ。
路地を二階の屋根の高さまで塞いであるから、余程の身体強化魔法の使い手でもなければ飛び越えられないだろう。
てか、飛び越えようとしたら上も塞いじゃうけどね。
「逃がさないよ」
「誰だ!」
「手前は……黒い悪魔」
何それ、人をGみたいに言わないでくれるかな。
反貴族派と思われる男たちが、一斉に魔銃を俺に向けて構えたので、男達の目の前に新たなシールドを展開してやった。
「撃て!」
「うわっ、熱っうぅぅぅ……」
ほぼ真上にいる俺に向かって撃ち出された炎弾は、直後にシールドに当たって弾けて男達へと降り注いだ。
金属製の鎧に身を固めた騎士なら大丈夫だが、革鎧すら身に着けていない男達は頭から炎を被ると、魔銃を放り出して転げ回った。
そこに俺のシールドで爆発から逃れた騎士達が追い付いてきた。
「これは……どうなってる?」
「後はお任せしていいよね?」
「えっ……エルメール卿! ご協力感謝いたします」
敬礼をする騎士たちに手を振って、ボードに乗ったまま現場から離れた。
他に逃亡している男はいないようだし、今日の捕り物はこれで終わりだろう。
拠点に戻る前にダンジョンの崩落現場を上空から眺めてみたが、この数日で大きく崩れた場所は無いようだ。
この崩落によって出来た深い穴も、どうするのか対策は決まっていない。
普通に考えるなら埋めてしまうのが良いのだろうが、土を入れたことで新たな崩落を招いてしまっては本末転倒だ。
何しろ街の下には、まだ崩れていない巨大な空間があるのだ。
仮に全部が崩落した場合には、学院や大公殿下の屋敷にまで影響が及ぶ恐れがある。
勿論、チャリオットの拠点も巻き込まれてしまうだろう。
「やっぱり、もっと安全な場所に拠点を移した方が良いのかな……」
ダンジョン新区画発掘のための地下道が建設されたら、チャリオットも拠点を移動させる予定だが、それまで崩落が進まないという保証はない。
まぁ、今のところは大丈夫そうだし、まだ俺達の拠点までは距離がある。
拠点の移動についてはライオスたちとも相談して、追々進めることにしよう。
「ただいま~!」
「おっ、無事に帰ってきたな」
拠点のリビングでは、セルージョが一人でお茶を飲んでいた。
「明けましておめでとう、セルージョ」
「おぅ、そういえば年が明けてからニャンゴと顔を会わすのは始めてだな。今年も頼むぜ」
「こちらこそ、みんなは?」
「買い出しだ。正月の間に食材も酒も消費しちまったからな」
「なるほど……」
「そっちはどうだったんだ? ゆっくり休めたか?」
「いや、雪に降られたり、俺の偽者に遭遇したり、大変だったよ」
「何だそりゃ、また面白そうなことになってんな」
「うん、みんなが戻ってきたら詳しく話すよ」
「ほぅ、そりゃ楽しみだ」
数日離れていただけだが、セルージョと話していると帰ってきたと実感した。
アツーカ村と旧王都、どちらにも俺の居場所があるのは嬉しいことだ。





