スカウト
「嘘だ! そんなの出鱈目だ!」
ブロンズウルフを討伐した翌日、ライオスやジルと一緒に改めて村長の下へ報告に出向くと、同席していたミゲルが喚き散らした。
「そいつは火属性なんかじゃない、空っぽの空属性だぞ。ブロンズウルフなんて倒せるはずがない!」
ライオスが、ブロンズウルフに止めを刺したのは俺の火属性魔法だったと説明したから、同じ日に『巣立ちの儀』を受けたミゲルとすれば、抗議したくなるのも当然だろう。
「ニャンゴ、君は火属性の使い手ではないのか?」
「はい、僕の魔法は空属性ですが……ブロンズウルフの頭を焼き焦がしたのは僕の魔法です」
ライオスも、ジルも、村長も首を捻っているけれど、事情を知っているゼオルさんだけがニヤニヤと笑みを浮かべている。
「どういう事だ? それでは君は、空属性の他に火属性魔法も使えるとでも言うのか?」
「いいえ、使える属性魔法は空属性のみです」
「だが、ブロンズウルフに止めを刺したのは、ニャンゴなんだな?」
「はい、使ったのは空属性魔法、それと火と風の刻印魔法です」
「刻印魔法……だと?」
空属性魔法で魔素が含まれている空気を魔法陣の形に固めると、刻印魔法が発動すると説明したら、ゼオルさん以外の者は目を丸くしていた。
嘘だ嘘だと喚いていたミゲルも、フレイムランスを庭先に発動して見せると、顔が真っ赤になるほど歯を食いしばって部屋から出て行った。
魔法の見た目としては、火属性魔法は一番派手だし、魔物に対する効果も高いのは確かだ。
ミゲルも真面目に魔法の練習をしていれば、もっと威力の高い魔法が使えるようになったかもしれないが、現状は火の玉を投げつける程度のままなのだろう。
それなのに空属性の俺が、自分よりも遥かに強力な火の魔法を使ったのだから悔しかったのだろう。
フレイムランスを消すと、ライオスが質問してきた。
「もしかして、火と風以外の刻印魔法も使えるのか?」
「はい、他にも使える刻印魔法はありますし、魔法陣さえ覚えれば更に増やせるはずです」
「すぐに思いつくものだと、水や明かりぐらいだが……」
頷いてみせると、ライオスはジルと顔を見合わせた後に、マジマジと僕の顔を見詰めてきた。
「ニャンゴ、後で話がある。この報告が終わった後に、少し時間を作ってくれ」
「分かりました」
イブーロでもベテランパーティーの部類に入る、チャリオットとボードメンのリーダーが揃っての報告とあって、村長も内容を信用して討伐証明に署名をした。
依頼主である村長が署名した討伐証明書が無いと、いくらイブーロのギルドで俺が倒したと喚いたところで、討伐の成果は認められない。
なので、討伐した時のようにテオドロが手柄を主張しても認められることはないのだ。
ブロンズウルフを倒したのは、俺とチャリオット、ボードメンのメンバーだと、イブーロのギルドには報告されるそうだ。
テオドロを除いたレイジングのメンバーは捜索には参加していたが、戦闘には殆ど参加していなかったので、手柄の主張はしないそうだ。
ブロンズウルフに殺されたカートランドの遺品はギルドに届けられ、家族がいる場合には渡されるらしい。
そして、ブロンズウルフ討伐の際に、テオドロが行った行為も全て報告されるそうだ。
今回は直接の被害は出ていないので、罰則などが課される可能性は低いらしいが、ギルドの要注意リストには名前が載るだろう。
報告が全て終了したところで、ゼオルさんも話に加わってきた。
「がははは、面白い奴だとは思っていたが、この歳でブロンズウルフまで仕留めちまうとは、流石の俺も思っていなかったぞ」
「仕留めたと言っても、チャリオットやボードメンの皆さんがいたからこそですよ。そもそも、俺一人だったらゼオルさんの言いつけを守って、山には入っていないはずです」
「そいつはどうだかなぁ……こうだと決めたら、俺の言葉なんざ踏みつけにしてでも向かって行くだろう」
「いやぁ……そんなことは無くも無いかなぁ……」
俺が左目を失ったのは、ゼオルさんの制止を振り切って突っ走った結果だし、今の魔力を手に入れたのも、ゼオルさんには黙ってオークの心臓を食ったからだ。
「まぁ、冒険者になるような奴は、多かれ少なかれ無茶をするものだ。そもそも冒険しないなら冒険者ではないからな」
ゼオルさんの言葉に、ライオスとジルも頷いている。
若手から一目置かれている二人だが、おそらく若い頃には無茶もしたのだろう。
報告が終わった後、ライオスにチャリオットの馬車まで誘われた。
野営地に足を向けると、既に多くの冒険者が天幕を畳み、イブーロに向けて出発する準備を進めていた。
「もう出発した人もいるみたいですね」
「そうだな。言っちゃ悪いが、ブロンズウルフが討伐されてしまえば、アツーカでは仕事が無いからな」
アツーカ村はほぼ自給自足の生活をしている小さな山村で、ライオスの言う通り冒険者に依頼するような仕事も無いし、そもそも依頼を出す余裕が無い。
冒険者がアツーカ村に残っても、猟師に転職するぐらいしか生活して行く道は無い。
「ニャンゴ、チャリオットに入らないか?」
「えっ……?」
ライオスの一言は、全く予想していなかった訳ではないが、馬車に着く前に唐突に言われたので、間の抜けた返事をしてしまった。
そして後に続いた言葉は、全く予想もしていないものだった。
「君の実力は現状でもBランク、将来的にはAランク以上を狙える素質があると、俺達は考えている」
「俺が、Bランク……?」
「そうだ。ただし、それは戦闘能力に限定すればの話だ。何が不足しているか分かるか?」
「経験……ですか?」
「そうだ、君の年齢ならば不足していて当然だが、この村で活動を続けている限り、何時まで経っても不足したままだろう」
ライオスの言葉は、痛いほど良く分かる。
そもそもギルドの出張所すら無いアツーカ村では、今回のように危険な魔物が現れない限り、冬越し前のゴブリンの巣の掃討や、たまに現れるオークを討伐するぐらいしか冒険者らしい仕事は無い。
「俺達と一緒に来ないか? 自慢じゃないが、イブーロではそこそこ名前の売れたパーティーだし、セルージョもガドも君を気に入っている。拠点としている建物もあるから、住む場所の心配も要らないぞ」
「少し……少し考えさせてもらっても良いですか?」
ライオスからの申し出は、この上もなく魅力的なものだ。
二日間行動を共にしてみて、チャリオットのメンバーは信用に値すると思うし、何よりも俺の経験不足を補うには最高の環境だろう。
それでも、今すぐにアツーカ村を離れる決断を下すのは難しい。
「構わない。村から出るにしても、色々と準備は必要だろう。ここが、俺達の拠点の住所だ。その気になったら訪ねて来てくれ」
「ありがとうございます。前向きに検討させていただきます」
拠点の住所を書いた紙を受け取り、ライオスとはそこで分かれた。
回れ右をして村長の家に戻り、ゼオルさんが暮らす離れに足を向けた。
「ゼオルさん、いますか?」
「おぅ、入れ」
ゼオルさんは、いつもと同じように寝台に寝転んで本を読んでいた。
本を閉じて起き上がると、まぁ座れとばかりに椅子を顎で示し、自分は立ってお茶を淹れるためのお湯を沸かし始める。
以前手伝おうとしたが、お湯を沸かすところから拘りがあるそうで断わられた。
鼻歌まじりにお茶の支度を始めた、ゼオルさんの背中に声を掛ける。
「あのぉ……」
「行って来い」
「えっ?」
「チャリオットからスカウトされたんだろう?」
「はい。でも俺、まだゼオルさんに一撃も入れられてないし……」
「ふん、あんな凄い魔法を隠しておいて良く言うぜ。棒術だけなら俺の方が強いが、総合力ならニャンゴ、もうお前の方が上だ」
「それって、戦闘力に限れば……ですよね?」
「その様子だと、ライオスからも言われたんだろう。勿論、その通りだし、アツーカ村じゃ経験は培えないぞ」
「はい……」
村長への報告に同席していたから、ゼオルさんには全てお見通しだった。
「カリサ婆さんか?」
「はい……」
村から出て行くのに、一番気掛かりなのは薬屋のカリサ婆ちゃんだ。
今は矍鑠としているが、一人暮らしだし、かなりの高齢でもある。
今でも時々山に入って薬草を摘んでいるようだが、俺が教わった頃ほど山の奥までは行けないようだ。
これまで何人か薬師を目指して弟子入りしたようだが、一人前にはならなかったらしい。
今も村の子供に薬草の種類などを教えているが、やっぱり俺が行くほど山の奥までは入れないようだ。
このまま俺が村を出てしまえば、薬草が不足するような事態になりかねないし、そうなればカリサ婆ちゃんの生活が苦しくなるような気がする。
「馬鹿たれ。何でも、自分一人で解決しようとするな。カリサ婆さんの薬が無くなれば、村全体が困るんだぞ。だったら、村人全員が協力して何とかすべきだろう」
「だったら、俺も……」
「ふん。村の小僧が自分の将来のために一歩踏み出す、それを後押ししてやるのが俺達大人の仕事だ」
「ゼオルさん……」
「心配すんな。いざとなったら、俺が婆さん背負って山の中まで連れて行ってやるさ。だから、行って来い」
「はい……ありがとうございます」
ゼオルさんに頭を下げると、膝の上にポタポタと涙がこぼれた。
たぶん、ゼオルさんには一生頭が上がらないだろう。





