挨拶回り
せっかくイブーロに立ち寄ったのだから、ジェシカさんに新年の挨拶でも……なんて考えたのが間違いだったようで、ギルドマスターのコルドバスに捕まってしまった。
ジェシカさんへの挨拶もそこそこに、コルドバスに捕まってしまった。
今は旧王都ギルドの所属だし、名誉騎士にもなってはいるけど、さすがにギルドマスターを無下にするのは気が引ける。
「というか、新年早々に遊んでいても良いんですか?」
「なぁに、ダンジョンの英知と呼ばれる名誉騎士殿から話を聞くのも大事な仕事だ」
などと言いつつ、自分がダンジョンの話を聞きたいというのが本音だろう。
コルドバスも若い頃にはダンジョンに潜った事もあるそうで、新区画発見の話やアーティファクトの実物には目を輝かせていた。
「それでは、ダンジョンの南側は完全に埋もれてしまったのか?」
「崩落が起こってからは立ち入り禁止になっていたので確認は出来ていませんが、地上にまで大きな影響が及んでいますから地下は完全に埋もれているでしょうね」
「そいつが、アースドラゴンと反貴族派の仕業らしいと?」
「本当に反貴族派の仕業なのかは分かりませんが、粉砕の魔道具が複数使われたことは確かです」
「まったく、ロクな事をしない連中だな」
コルドバスは、心底呆れたように口許を歪めると、冷めてしまったお茶をぐいっと煽った。
「そういえば、アツーカ村とキダイ村の者を連れて、職業斡旋所に行ってきましたけど、あの辺りが貧民街だったとは思えない発展ぶりですね」
「あぁ、貧民街の崩落では冒険者ギルド、商工ギルド、騎士団、官憲、それぞれの組織に属する多くの者が命を落とした。その者達に報いるためにも、二度と貧民街のような場所を作らせないためにも、全ての組織が惜しむことなく協力しているからな。あの場所は、まだまだ発展していくぞ」
「そういえば、旧王都でテオドロを捕まえましたよ」
「そうだってな、こっちにも知らせが届いている」
テオドロは、貧民街の崩落を引き起こした一味として手配されていたので、捕縛の知らせがイブーロのギルドにも届いたらしい。
「貧民街を仕切っていたガウジョたちは、ダンジョンの崩落に巻き込まれたらしいと話していましたが、どこまで本当なのかは分かりません」
「それも、いずれ尋問の結果が届くだろう。お尋ね者として手配され、行き場を失って旧王都へ流れたのだろうが、チャリオットがいるとはおもわなかったのだろう」
「そうかもしれませんね。ただテオドロを見つけたのは本当に偶然で、レイラの観察眼のおかげでした」
「ほぅ、酒場のマドンナに顔を覚えていてもらえたなら、テオドロの奴も本望だろう」
「どうでしょうね、最後までみっともなく足掻いてましたよ」
コルドバスに捕まってしまったおかげで、すっかり時間を食ってしまった。
まだ日が傾く時間ではないが、冬の夕暮れは早い。
今から出発して旧王都まで辿り着くのは難しそうだ。
なので、トモロスまで移動して、ラガート子爵にも挨拶していく事にした。
今からだと急な訪問になってしまうから、今日のところは門番に明日の訪問を伝えて、トモロスの街で宿を取る予定だ。
イブーロの南門を出たところで、空属性魔法で熱気球を作った。
火と風の魔法陣を組み合わせたバーナーで内部の温度を上げると、気球はフワリと浮き上がった。
高度を上げつつ、山から吹き下ろす北風に乗ってトモロスを目指した。
「おぉぉ……結構スピード出てるぞ」
雪こそ降っていないが、ドンヨリとした雲が掛かっているので高度を上げ過ぎないように注意しつつ空中散歩を楽しんだ。
「おっ、トモロス湖が見えてきた。ではでは、パージ!」
ラガート子爵の居城が確認できたところで、気球からゴンドラを切り離し、空属性魔法で作ったコースを滑り降りる。
更に速度が上がり、このままだと城へと続く橋に激突してしまうので、風の魔法陣を逆噴射に使って減速した。
ヒュゥゥゥゥ……っと甲高い音を立てながら、空からゆっくりと降りて来る俺を見つけて門番を務める騎士が目を丸くしていた。
騎士と目線を合わせる高さに設置したステップに着地して敬礼すると、二人の騎士も慌てて敬礼を返して来た。
「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」
「突然の訪問で申し訳ありません。明日にでも子爵様にご挨拶したいと思っているのですが、ご都合を聞いていただけませんか?」
「承知いたしました、少々お待ち下さい」
今日は騎士服を着ていないけど、空から降りて来る猫人なんて、俺の他にはいませんもんね。
騎士は橋を渡った先の騎士に、俺の訪問を伝えたようだ。
「お待たせしました、どうぞお通り下さい」
「急な訪問になってしまったので、今日は予定だけ伺おうかと思ってたんですが……」
「どうぞ、子爵様が是非にと申されております」
「それでは、お邪魔させていただきます」
橋を渡り、庭を通り抜けて城の玄関へ向かうと、執事が出迎えてくれた。
案内されたリビングには、城の主フレデリック・ラガート子爵とブリジット夫人、それに長男のジョシュアの姿があった。
「よくぞ参られた、エルメール卿」
「何の先触れもせずにお邪魔して申し訳ございません」
「なんの、なんの、そろそろ身内だけの暮らしに飽きてきたところだ」
「ブリジット様、ジョシュア様、ご無沙汰しております」
「ようこそ、エルメール卿」
「ダンジョンでの活躍は聞いているよ」
長男のジョシュアは、昨年末で王都の学院を卒業して、今年からは領主を継ぐための実務を学ぶそうだ。
「子爵様、先程イブーロの職業斡旋所に立ち寄って来ました。色々とご尽力いただき、ありがとうございます。アツーカ村からも三人が御厄介になっております」
「いやいや、斡旋所は私の功績ではないぞ。あれはイブーロのギルドが中心になって進めている事業だ」
「そうなんですか」
「あぁ、私がやったのは設置の許可と少々金を出した程度だ」
少々金を出した程度というが、俺達平民とは金銭感覚が違っているから、たぶん結構な金額なんだと思う。
冒険者として活動するにしても、職人や勤め人として暮らしていくにしても、基本となる知識が無ければ稼げるようになるまで時間が掛かる。
稼げないまま時間だけが過ぎて手持ちの金が無くなれば、身を持ち崩す者が出てきてしまう。
せっかく作られた職業訓練所を活かすためにも、イブーロで足を踏み外す前に拾い上げてしまおうという事らしい。
「イブーロだけでなく、トモロスやナコートからも仕事を求める者を訓練所に集めている。これまで、どの程度の人数が貧民街に落ちてしまっていたのか分からんが、これからは限りなくゼロへと近付けていくつもりだ」
子爵は、これまで貧民街に落ちてしまっていたような人達を拾いあげると同時に、ラガート領の生産力を向上させるつもりらしい。
領地全体の収入が向上すれば、更に貧民街に落ちるような人を減らせるという訳だ。
「そのためには、領地の中だけで物や金を循環させていては限界が来る。これからは、他の領地にラガート領で作られた製品を売り込んでいくつもりだ。そちらはジョシュアを中心として、王都にいるカーティスにも働いてもらうつもりだ。あまり勉強もせずにフラフラしているのを咎めずにおいたのだ、カーティスには王都で培った人脈を活用してみせろと言ってある」
なるほど、長男のジョシュアが跡継ぎとして家を守り、カーティスはさながらラガート家の外交官といったところなのでしょう。
実際、カーティスは第六王子のファビアンと随分親しくしているようですし、他にも悪友がたくさんいそうな感じがしますよね。
「子爵様、こちらに戻って来る道中、キルマヤの街でカバジェロと会いました」
「ほほう、あれだけ風貌が変わっていて良く気付いたな」
「いいえ、あまりにも変わっていたので全く気付きませんでした」
「ほぅ、それでは、カバジェロの方から名乗ったのか?」
「はい、実はキルマヤで俺の名前を騙って詐欺を働いている者達がおりまして……」
「なにっ、エルメール卿の名前を騙る者だと、待て待て、その話は夕食を食べながらじっくり聞かせてもらおうじゃないか。ダンジョンの土産話も聞かせてもらいたいからな」
「かしこまりました」
イブーロを出発してから旧王都に着くまでにも、反貴族派やツバサザメを退治したり、船幽霊騒ぎを解決したり、色々あった。
こうして考えてみると、俺もちょっとは冒険者らしくなったような気がする。
ではでは、一宿一飯の恩義に報いるために、黒猫ニャンゴの冒険譚を披露するとしましょう。





