新年
「婆ちゃん、新年明けましておめでとう」
「はい、おめでとう」
カリサ婆ちゃんの家で新年を迎えた朝は、雲一つない晴天だった。
夜半過ぎまで降り続いていた雪は、俺の胸ぐらいまで積もっている。
「婆ちゃん、雪下ろししておくよ」
「せっかくの休みなんだから、そんなに働かなくてもいいよ」
「大丈夫、大丈夫、魔法を使えば簡単だから」
今すぐ屋根が潰れたりしないと思うけど、また雪が降るかもしれないから、俺がいるうちに綺麗に下ろしておこう。
空属性魔法でツルツルに作ったボードを屋根ギリギリに差し込んで、上から切れ目を入れてやれば雪は滑って落ちてゆく。
俺はステップで足場を作っているから、屋根から落ちて雪に埋もれる心配も要らない。
「ゆ~きをニャンニャン、下ろすよニャンニャン」
ザクザク、どさどさ、勝手に滑って落ちてくれるから、一時間ほどで雪下ろしは終わった。
「婆ちゃん、雪下ろし終わったよ」
「ありがとう、大助かりだよ。さぁ、お焼きを作ったからおあがり」
「やった! 婆ちゃんのお焼きだ。んー……胡桃がコリコリして、うみゃ!」
婆ちゃんのお焼きが食べられるだけでも、帰ってきた甲斐があるってものだ。
「ニャンゴ、それを食べ終えたら実家に顔出しておいで」
「えっ、後でもいいよ」
「そんな事言わないで、実家の雪下ろしも手伝っておやり」
「んー……分かった」
確かに、親父や兄貴だけで雪下ろしをするとなると大変だ。
実家は築何年か分からないけど、結構古い事だけは確かだ。
雪の重みで潰れる可能性は、婆ちゃんの家よりも高い気がする。
お焼きを食べ終えて、お茶を飲んでいると裏口から声がした。
「カリサさん、おはようございます」
訪ねてきたのはキンブルだった。
雪がどっさり積もった道を、わざわざ踏み固めながら来たらしく、肩で息をしていた。
「カリサさん、エルメール卿、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「はい、おめでとう。今年もよろしくね」
「明けましておめでとう、今年も婆ちゃんを頼むね」
ミゲルの取り巻きをしていた頃は嫌な奴だと感じていたキンブルだが、心を入れ替えてからはイネスよりも頼りになる存在だ。
「エルメール卿は、いつ帰っていらしたんですか?」
「昨日の昼過ぎだよ」
「えぇぇぇ、あの吹雪の中ですか?」
「うん、途中で色々足止めされちゃって、早く帰ってきたかったんだ」
「そうなんですか、雪下ろしもエルメール卿が?」
「うん、さっきパパっとね」
「そうですか、僕もお手伝いするつもりで準備してきたんですけど……」
「あぁ、それじゃあ俺の代わりに実家の雪下ろしを……」
「ニャンゴ!」
「じょ、冗談だよ、婆ちゃん」
「さっさと行っておいで、でないとお昼抜きにするよ」
「はぁい……」
実家の雪下ろしはキンブルに押し付けてしまおうかと思ったけど、婆ちゃんに釘を刺されたら行くしかない。
婆ちゃんの家をでたら身体強化魔法とステップを使って跳び上がり、真っ白に雪化粧したアツーカ村を見下ろしながら歩く。
あちこちの家でも、新年早々の雪下ろしに励んでいるのが見えた。
雪で埋もれた畑の上を突っ切って行くと、俺の実家も雪に埋もれていた。
しかも、誰も家から出た形跡が見当たらない。
一家揃って旅行……なんて、うちに限って有り得ないし、まさか一酸化炭素中毒で倒れてるんじゃないだろうな。
「ただいま! って、誰もいない?」
鍵が掛かっていない玄関を開けて中に入ったが、居間には誰の姿も無い。
「ただいま、ニャンゴだよ。誰もいないの?」
居間を突っ切って奥の部屋の扉を開けると、そこにはこんもりと盛り上がった布団が四つ……まだ寝てたのかよ。
「ただいま! もう朝だぞ、新年になったぞ!」
「うにゅぅぅ……ニャンゴ? ちょっと暖炉に火を入れておくれ」
もぞもぞと布団から顔を出したお袋は、お帰りも言わずに部屋を暖めるように頼んできた。
「はぁぁ……しょうがないなぁ」
火の魔法陣で暖炉の薪に火を着けて、温風の魔道具も作って部屋を暖めた。
部屋が暖まらないと誰も布団から出てきそうもないので、その間に屋根の雪下ろしをすることにした。
「ゆ~きをニャンニャン……下ろせよニャンニャン……はぁ」
雪下ろしを終えて居間に戻ると、親父が俺が作った魔道具から出る温風にあたっていた。
「なんだ、帰ってきたのか」
「なんだじゃないよ。新しい年の始まりなんだからさ、もうちょっとシャキっとしろよな」
「別に年が明けたところで、何が変わるって訳でもないだろう。それより、ニャンゴ、布団は良いなぁ……干した日なんか最高だぞ」
「知ってるよ。てか、俺が買ってきた布団だろう」
どうやら、うちの家族は布団の魔力に囚われて、出られなくなっていたようだ。
猫に小判は宝の持ち腐れで、猫に布団は物臭を助長してしまうらしい。
「まったく、折角の休みだから思う存分寝ていようと思ったのに邪魔しやがって……そうだ、土産は無いのか、土産は?」
「あるよ、チーズと干し貝柱を買ってきたから、お袋に渡しておくからな」
「なにっ、干し貝柱があるのか。あれをツマミにチビチビ酒を飲むと美味いんだぞ。まぁ、ガキのお前じゃ分からんだろうがな」
「はいはい、そうですか。お袋には料理以外に使うなって言っておくよ」
「馬鹿野郎、さっさとよこせ。てか、酒は無いのか酒は?」
「無いよ、旧王都から飛んできたんだ、重たいものは持ってこないよ」
「なんだ、いっぱい稼いでるんだろうに、ケチくさい奴だな」
「息子を当てにしないで、自分で稼いで飲め」
「ちっ、まったく、どうしてこう減らず口を叩くようになったんだか……」
温風に向かって鰺の開きみたいになって腹を温めながら小言を言われても、親の威厳なんて欠片も感じられないぞ。
親父と嚙み合わない話をしている間に、お袋が食事の支度をしてくれた。
と言っても、干し魚と蒸した芋だけで、お茶も無く白湯だ。
干し魚は二人で一匹みたいで、急に現れた俺の分をどうしたものかと首を捻っている。
「あぁ、俺は魚いらないから、芋だけで大丈夫」
「そうかい、急に帰ってくるからさ……」
「お袋、渡した金はまだあるよね?」
「心配しなくても、まだ取ってあるから大丈夫だよ」
「だったら、魚は一人一匹でも良くない?」
「いいよ、そんな贅沢、もったいない」
「いや、魚ぐらい食べればいいのに」
「いいんだよ、うちはこれで……」
前回里帰りした時に、お袋にはお金を渡しておいた。
その金を使えば、もっとオカズを増やせるはずだが、貧乏性が染みついてしまっているようだ。
少しゴリゴリするあまり美味くない芋を齧りながら、ダンジョンの話をしたのだが……どうにも反応が薄い。
まぁ、一番上の兄貴まで冒険者になる……とか言い出したら、それはそれで困るんだけど、アルバロス様やタールベルクに話した時のような反応が全く無いのも寂しい。
新区画や百科事典などを発見して大きな功績を残していると話しても、ふーん……って感じで、まるで他人事のようなのだ。
極めつけはスマホを取り出してみせると、全員部屋の隅まで後退りしてしまった。
いやいや、いくら何でも反応が極端だろう。
同じ家の中にいて、血の繋がった家族なのに、なんだか俺だけ異物のように思えてくる。
一番上の兄貴と二番目のフォークスで、まるで反応が違うのは、村の外で暮らした経験の有無によるものなのだろう。
親父たちの反応を見ていると、俺が猫人の待遇改善に躍起になっていたのが馬鹿みたいに思えてくる。
たぶん、俺が仕送りを続けても親父たちの生活は変わらないのだろう。
食事を終えると、親父と兄貴は暖炉の前で、お袋と姉貴はまた布団に潜りこんでしまった。
「親父、俺はカリサ婆ちゃんのところにいるから……旧王都に戻る前に、もう一度顔を出すよ」
「そうか……」
親父は視線も上げずに生返事をよこした。
てか、上の兄貴は全然喋ってないんだが……なんだかなぁ。
カリサ婆ちゃんの家に戻る前に、村長の家に寄って新年の挨拶をした。
ゼオルさんにも挨拶と思ったら、どうやらカリサ婆ちゃんのところに出掛けたらしい。
キンブルもいるし、昼は賑やかな食卓になりそうだ。
昼食には間に合わなかったけど、午後は鴨でも捕まえに行こう。





