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黒猫ニャンゴの冒険 ~レア属性を引き当てたので、気ままな冒険者を目指します~  作者: 篠浦 知螺


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ご対面

※今回はジェロ目線の話です。


 生成りのシャツにカーゴパンツ、帆布製のリュックを背負い、足元は素足、右目は黄色で左目が蒼なのは少し変わっているが、それ以外は少し毛並みの良い黒猫人にしか見えない。

 ただし、その黒猫人は空中に立っている。


 俺達の目には何も無いように見えるが、その猫人の足元には固められた空気の塊があるはずだ。

 タールベルクの背中に隠れるようにして、レストランの離れにいる客の様子を窺っていたが、官憲の捜査官モーゼスに代わって詐欺師の一味を制圧するつもりらしい。


「ねぇジェロ、あの人が本物なの?」

「そうだ……と思う」

「と思うって……」

「俺が会った時は、まだ片目が潰れた状態だったから」


 空属性魔法の使い手ニャンゴ・エルメール卿は、俺と会った当時は左目に眼帯をしていた。

 王都の襲撃でお姫様を守り、そのお姫様の治癒魔法によって治療してもらったらしい。


 世間に広まっている物語は、色々と脚色されているもんだとタールベルクは言ってたが、実物を目にすると本当の事も含まれているのだと気付かされた。


「ねぇ、一人でやるつもりなのかな?」

「さぁ? でも凄腕なのは間違いないぞ」

「ジェロは襲う側だったんだよね?」

「あの時はな。でも、店の中に潜んでいたから、全部を見ていた訳じゃない」


 俺がエルメール卿に初めて会ったのは、ラガート子爵の車列を反貴族派として襲撃した時だった。

 粉砕の魔法陣を使って仲間の猫人ラロスが自爆攻撃を仕掛けたが、子爵一家は無傷で周りにいた見物人ばかりが倒れていた。


 すぐラロスに続いて自爆攻撃を仕掛けるはずだった俺は、爆破音の大きさに驚いて腰が抜けて動けなくなっていた。

 店の入り口の陰に隠れて見ていたが、他の仲間が放った魔銃の炎弾は、空中で弾けて全く届かない。


 それどころか、車列を挟み撃ちにするはずだった一団は、エルメール卿が放った巨大な炎弾に飲み込まれて火だるまにされた。

 建物の屋根から放たれた矢まで弾かれ、宙を蹴って飛び上がったエルメール卿に弓矢部隊は全滅させられてしまったようだ。


 当時、名前も知らなかった黒猫人の冒険者は、俺の目には悪魔のように映っていた。

 全く勝てる気はしなかったが、貴族に与して甘い汁を吸っている同族だと勘違いしていた俺は、自分の命と引き換えに倒そうと自爆攻撃を仕掛けたのだが、爆破すらさせてもらえなかった。


 そして、今夜も……。


「ジェロ、出て来たよ……えっ?」


 ルアーナが驚くのも無理は無いだろう。

 剣を振りかざして飛び出して来た男二人は、突然体を硬直させて倒れ、動かなくなってしまった。


 もう一人、壁に向かって逃げようとした男も同じ運命を辿った。


「ど、どうなってるの?」

「さぁな、俺たちが理解できるレベルを超えた魔法なんだと思う」

「そっか……」


 ルアーナがエルメール卿にキラキラした視線を向けているのを見て、胸がチクリと痛んだ。

 俺とエルメール卿、どちらを選ぶかって訊ねたら、きっとルアーナはエルメール卿を選ぶだろう。


 でも、もしそうなったとしても、俺がルアーナを思う気持ちは変わらないと思う。

 体の大きな男三人が制圧された後、身なりの良い黒猫人が背中を丸めて出てきた。


 服装だけなら、こっちがエルメール卿だと言われても不思議ではないが、人としてのオーラが全く違う。

 ただ、宙に立っているからだけでなく、エルメール卿は確固たる自信に満ち溢れていた。


 あれから一年も経っていないが、多くの実績を残して、更なる成長を遂げているのだろう。

 詐欺師グループを制圧した後、エルメール卿が食事をすると聞いたタールベルクが同席を頼んでくれた。


 エルメール卿はあっさりと同席を認めてくれて、タールベルクとも気さくに話をしている。

 名誉騎士になって色んな場所で特別扱いされているはずなのに、目の前にいる人物はただの冒険者にしか見えない。


 これは本人の性格なのか、周囲の人達のおかげなのか、その両方なのか……。

 エルメール卿が、俺達の方に視線を向けてきたので、深々と頭を下げた。


 謝罪の意味もあるし、感謝の意味もある、彼と出会っていなければ、今の俺は存在していない。

 頭を上げて視線を戻すと、エルメール卿は首を捻っていた。


 毛色も風貌も変わって、あの時の反貴族派とは分からないのだろう。


「うみゃ! 皮パリパリで肉汁ジュワーで、うみゃ!」


 食事を始めたエルメール卿は、実に賑やかに、実に美味そうに鳩のローストに舌鼓を打ち始めた。

 エルメール卿が、うみゃうみゃ言いながら料理を平らげているのを見ていると、食事を済ませた後なのに腹が減ってくる。


 というか、俺の隣でルアーナのお腹が可愛く鳴ったのを聞いてしまった。


「聞こえた?」

「なにがだ?」

「別に……」


 この後、屋台で何か食べてから帰ろう。

 タールベルクは、エルメール卿が食事をしている間は、当たり障りのない話をしていた。


 自分とエスカランテ侯爵家との関係やダンジョンの発掘の話など、俺とか反貴族派の話題は避けているようだった。

 そして、エルメール卿がデザートのアップルパイを食べ終えたところで、タールベルクが俺に目配せをしながら切り出した。


「そう言えば、エルメール卿とはトモロス湖畔の訓練施設で行き違いになった事があるんだ」

「えっ、あの訓練施設に行かれたんですか?」

「あぁ、うちの商会の会長の護衛を務めてな。実に素晴らしいものだった」

「はい、あの施設は本当に素晴らしいです。俺からラガート子爵には猫人の地位向上というか、普通の人と同様に扱ってもらえるように頼んでいたのですが、あれほどの施設を作ってくれているとは思ってもいませんでした」


 エルメール卿は訓練施設の他に、湖で行われている魚の養殖施設でも、猫人が差別なく訓練を受けられている事を実にうれしそうに話した。

 自分が偉くなって終わり……という訳ではなく、自分が偉くなる事で猫人の地位を改善しようと思っているのが良く分かる。


「それでな、あの訓練施設からの帰り道、ラガート子爵の城の前で、こいつが馬車を停めてくれって言い出したんだ」

「えっ、彼が……ですか?」

「エルメール卿、こいつに見覚えは無いか?」


 テーブルを挟んで斜め前に座っているエルメール卿の視線が俺に向けられた。

 十秒ほどじっと見詰めた後で、エルメール卿は首を捻ってみせた。


「申し訳ないですが、それだけのハンデを抱えた方なら見覚えがあると思うんですが……」

「いや、左手と右足を無くしたのは、エルメール卿に会った後らしい」

「いやぁ……すみません、分からないです」

「こいつは、馬車から降りて、ラガート子爵に自首したんだ」

「自首? なんでですか?」

「俺は……あの日、ラガート子爵の車列を襲って、自爆し損ねた……」

「えっ……カバジェロか!」


 それまで料理をうみゃうみゃして腑抜けているように見えた表情を一瞬で引き締め、エルメール卿は椅子を蹴立てて空中に立ち上がった。


「待ってくれ、エルメール卿。ラガート子爵からは許しを得ている」


 タールベルクが俺の前に腕を広げて立ち塞がり、エルメール卿にラガート子爵の城での出来事を語って聞かせた。

 その後でタールベルクは、俺に脱走した後の事を話すように命じた。


 椅子から立ち上がった瞬間のエルメール卿は、正に臨戦態勢という感じで、向けられた視線の鋭さに背中の毛が総毛だったくらいだ。

 ルアーナも尻尾をボフっと膨らませ、座ったままだったが身構えていた。


 話が進むうちにエルメール卿は態度を軟化させ、俺がオークの心臓を食べて腕と足を失ったところでは、苦い表情を浮かべて小さく首を横に振っていた。

 たぶんだが、エルメール卿も魔物の心臓を食べた経験があるのだろう。


「それで、俺にどうしろと……?」


 全ての話を終えた後、エルメール卿は質問をぶつけてきた。


「あなたに謝罪と感謝をしたい。捕まった当時の俺は、本当に世間知らずな愚か者だった。脱走した後も、あなたを殺そうと思っていたぐらいだ。でもタールベルクやルアーナと出会って、自分が間違っていたと気付いた。気付くことが出来たのは、あなたという存在があったからだ」

「いや、俺は自分の考えをぶつけただけだから……」

「それでも、あなたがいたから、こんな体になっても生きるという選択が出来た。あなたになるのは無理だけど、あなたのようになりたい。俺に気付きと生きる道を与えてくれて感謝している。ありがとう、本当にありがとう」


 俺は椅子から降りて、テーブルの脇へと回り、跪いてエルメール卿に頭を下げた。

 そのままの姿勢で待ち続けたけれど、エルメール卿は無言のままだった。


 そんな様子を見かねたのか、タールベルクがエルメール卿に声を掛けた。


「ジェロを……カバジェロを許してやってくれないか?」

「許すも許さないも、俺が決めることではないですよ」

「だが、あんたが許してくれれば、ジェロは前を向いて歩いてゆける」

「俺の許しなんか無くたって、彼は立派に前を向いてるじゃないですか。それに、捕らえた時に俺が何て言ったのか、彼は忘れちゃったんですかね?」

「えっ……俺を捕らえた時?」


 急に話を振られて、慌てて捕まった時の情景を思い返してみる。

 粉砕の魔法陣に魔石を叩き付けようとしたが、透明な壁に阻まれ、直後に見えない輪によって拘束された。


 それから駆け寄ってきたエルメール卿が粉砕の魔法陣を首から下げた紐を切ってくれて、確かに声を掛けてくれた。


「もう大丈夫だ……?」

「そうです、俺はあなたを捕らえるというよりも助けたかったんですよ」


 そうだ、確かにあの時のエルメール卿は敵意のこもった視線ではなく、とても優しい眼差しをしていた。

 それなのに俺は、悪態をついて罵ってしまったのだ。


 今更になって気付かされて、穴があったら入りたい気分だ。

 エルメール卿は、最初から俺が騙されている事に気付いていて、なおかつ助けようとしてくれていたのだ。


「ラガート子爵が裁いたのであれば、俺が裁く必要なんてありませんよ。てか、別人にしか見えないし……」

「確かに出会った頃とは別人だな」


 タールベルクと出会った頃も、世の中の全てを恨み、殺伐としていた頃だった。

 あの頃とは、外見だけでなく内面も別人だと自分でも思う。


「ジェロさん、この世界では誰もが幸せになる権利を持ってるんです。そして、幸せに巡り会えたなら、不幸の中にいる人にちょっとでいいから手を差し伸べて下さい。そうすれば、今日より少しはマシな世界になるはずだから」

「はい、そうですね」


 この後エルメール卿は、寝床を提供するからダンジョンの話を聞かせてくれという誘いを受けて、タールベルクの部屋で一夜を過ごすことになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ジェロはほんとに変わりましたよねえ これで縁が出来て仲良く慣れるといいんですが
[良い点] いつも面白くて、続きが気になる! [気になる点] ジェロの話しは、これで終わりなのか、これからも絡みがあるのか気になるところ。 [一言] 個人的には、ニャンゴからもう一歩手を差し伸べて欲し…
[一言] 反貴族派に与した連中の悲喜こもごもが良いなぁ
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