ご本人さん登場
「エルメール卿、あんた離れで飯食ってたんじゃないのか?」
タールベルクの言葉を聞いた直後、モーゼスが動いた。
「タールベルクさん、手を貸して下さい。離れにいるのはエルメール卿の偽者です」
「なんだと!」
驚くタールベルクを押しのけるようにして店に入ったモーゼスは、対応に出た店員に官憲のバッチを見せて道を空けさせて奥へと踏み込んでいく。
モーゼスの後に続いて店に入ると、タールベルクが話し掛けてきた。
「どうなってるんだ?」
「どうやら、俺の名前を騙って宝飾品を騙し取ったりしてる奴らがいるみたいなんです」
「とっ捕まえるんだな?」
「勿論、暴れ馬より簡単ですよ」
「ははっ、お手並み拝見といこう」
タールベルクには、イヌ人の女性と灰色の毛並みの猫人の連れがいた。
タールベルクが用心棒を務めているグラーツ商会の使用人だろうか。
先を行くモーゼスは、店の中を突っ切って奥の扉を開けて中庭に踏み込んでいった。
屋根の付いた渡り廊下の先に、洒落た造りの離れが建っている。
明かりの灯った離れからは、酒に酔っているのか上機嫌な笑い声が洩れていた。
「先に裏を固めておきますよ」
モーゼスを追い抜いて離れの周囲を回りながら、目についた窓をシールドで封鎖しておいた。
表に戻ってくると、店の方からタールベルクの連れが出て来るのが見えた。
猫人の男性は、右足に義足を嵌めていた。
「止まって、店の中で待っていて下さい」
さっきタールベルクが名前を呼んでいたし、ステップを使って宙を歩いているから俺の正体には気付いているだろう。
別に見物されても構わないが、俺の偽者共が抵抗して魔法の流れ弾とかが当たるのは不味い。
俺が二人を制止したところで、モーゼスが離れに声を掛けた。
俺はタールベルクの後ろに隠れて様子を見させてもらう。
「失礼いたします、こちらにニャンゴ・エルメール卿がいらっしゃると伺ったのですが」
笑い声が途絶えて、少し間があった後で離れの扉が開いた。
姿を見せたのは、身なりは良いが目付きの悪い狼人の男だった。
「なんだ貴様は、店の者には込み入った話をしているから誰も通すなと言っておいたはずだぞ」
「エルメール卿は、中にいらっしゃるのですか?」
「だから、貴様は何者だ! 名乗りもせず無礼だぞ!」
「失礼いたしました。私は官憲の捜査官でモーゼスと申します。もう一度お聞きしますが、こちらにニャンゴ・エルメール卿はいらっしゃいますか?」
「なっ……官憲だと! 何の用だ!」
「それは、エルメール卿に直接お伝えいたします」
「ちょっと待ってろ!」
狼人の男が荒々しく扉を閉めると、離れの内部からガタガタと物音が響いてきた。
モーゼスと話をしている間に設置しておいた空属性魔法の集音マイクで、離れの内部の音を拾う。
『どうなってる、窓が開かないぞ』
『元々飾りで開かないようになってるんじゃないのか』
『どうすんだよ、俺らを捕まえに来たんじゃないのか?』
『なんとか理由をつけて追い返せ、明日こちらから出向くとでも言え』
『お前は余計な事を喋るんじゃねぇぞ。黙って鷹揚に頷いてろ』
音量は絞っていたが、スピーカーからの音を聞きつけてタールベルクが振り向いた。
「そいつは中の声を拾ってるのか? どんな魔法なんだ?」
「冒険者は、簡単に手の内を明かしたりしませんよ」
「ふっ、そうだったな」
タールベルクがニヤリと笑ったところで、離れの扉が開く音が聞こえた。
「今夜は都合が悪い。明日、こちらから出向いてやる」
「お時間は取らせませんが……」
「明日にしろ」
「どうしても、今日中にお伝えしておきたいのですが……」
「ちょっと待ってろ」
再び、狼人の男が扉を閉めたので、モーゼスに手招きして一緒に中の音を聞いた。
『どうする、帰りそうもないぞ』
『相手は何人だ』
『見えるところには二人、あと野次馬が二人ぐらいいたな』
『突っ切るぞ。このまま居ても捕まるだけだ』
『いや、中に引き入れて、油断した所をバッサリやった方が良くないか?』
『だめだ、剣を振るには狭すぎる』
『ナイフで首を切ればいい、他にも潜んでいる可能性があるんだ、とにかく二人を始末する』
『お前は、そこに大人しく座ってろ。余計な事すんじゃねぇぞ!』
どうやらモーゼスとタールベルクを始末する方向で話が決まったようだが、ぶっちゃけ面倒になってきた。
「モーゼスさん、面倒だから制圧しますよ」
「えっと……出来るだけ殺さないでもらえますか?」
「善処しましょう」
モーゼスに代わって俺が、ステップを地面スレスレにして立ったところで扉が開かれた。
「エルメール卿がお会いになる……なんだ、お前は!」
「人に名前を訊ねるならば、自分から名乗るべきじゃないの?」
「なんだと、猫人……風情……が……」
喋っている間にステップを作り直して目線の高さを合わせてやると、狼人の男は俺の正体に気付いたのか言葉を失って後退りし始めた。
「エルメール卿のお付きの人が、猫人風情が……なんて言っても良いの? まぁ、そっちのエルメール卿が何も言わなくても、こっちのエルメール卿は黙ってないけどね」
「う、嘘だろう……やべぇぞ本物だ!」
「引っ込まないで大人しく出て来い、こっちは朝から昼飯抜きで移動してきて、腹が減ってイライラしてるんだ。出て来ないなら、砲撃で離れごとバラバラにしてやるぞ!」
真面目な話、モーゼスさんに美味い店を紹介すると言われてから、腹の虫がブーイングを続けている。
さっさと捕まえて食事にありつきたいから、悪あがきとか止めてもらいたい。
『どうすんだよ』
『こうなったら突破するしかねぇだろう』
『お、俺は……』
『知るか! 手前ぇで何とかしろ!』
少し甲高い悲痛な声が、俺の偽物を務めていた猫人のものだろう。
扉の前から少し後退していると、離れから剣を握った男が三人飛び出して来た。
「どきやが……ぎひぃ!」
「がぁぁ……」
二人並んで飛び出して来た狼人と馬人の男は、用意しておいた雷の魔法陣に自分から突っ込み、体を硬直させた後でバッタリと倒れた。
「くそっ……あがぁぁぁ!」
右手の壁に向かって逃げようとした牛人の男も、雷の魔法陣に突っ込んで悲鳴を上げ、バッタリと倒れ込んだ。
最後に、悄然と肩を落としながら、見栄えの良い服を着た黒猫人の男が、両手を上げて抵抗しない意志を示しながら出て来た。
言っちゃ悪いが、遠目で見ても痩せこけていて毛並みも悪い。
この程度の変装でも俺の偽物だとバレないとは、ちょっとショックだ。
「エ、エルメール卿、こいつらは……」
「死んでないと思いますよ。雷の魔法を使ったので、痺れて動けなくなっているだけです。暫くすれば回復するので、今のうちに拘束しておいて下さい」
三人を制圧し終えた所で、店の方からドヤドヤと官憲の係官が姿を見せた。
「モーゼスさん、これは……」
「こいつらは、エルメール卿の名前を騙っていた連中だ。宝飾店の他にも余罪がありそうだからな、事務所に連行して締め上げろ!」
「はっ、了解しました!」
モーゼスは黒猫人を含めた四人を連行するように官憲の係官に指示し、店の者には離れを片付けるように頼んでいた。
「エルメール卿、すぐ食事の支度をさせますので、もう少々お待ち下さい」
「分かりました。それと、できたら今夜の宿を手配したいのですが……」
「了解しました。そちらも手配させていただきます」
モーゼスが部下に宿の手配を命じている間に、タールベルクが話し掛けてきた。
「エルメール卿、良ければ同席させてもらいたいのだが……」
「構いませんよ。キルマヤに来れば一杯飲ませてくれるんでしたよね?」
「ふははは、一杯と言わず二杯でも三杯でも、何なら樽ごとでも構わんぞ」
「いやいや、明日にはアツーカ村まで帰らないといけないので、程々にしておきます」
「そうか……それと、うちの若い者も同席させてもらって構わないか?」
「あのイヌ人の女性と灰色の毛並みの猫人の男性ですか?」
「あぁ、グラーツ商会で護衛担当として雇い入れた若手だ」
「何か訳ありみたいですね」
「あぁ、ちょっとな……それは後でゆっくり話す」
イヌ人の女性とも、猫人の男性とも面識は無いと思うが、ワイバーンの討伐とかキラービー退治で関わった誰かに縁の人かもしれない。
チラリと視線を向けると、猫人の男性が深々と頭を下げてみせた。
どこかで会ったのだろうか、片足が義足の猫人だったら一度会えば覚えていそうなものだが……シューレと一緒に護衛で訪れた時の事を思い返してみるが心当たりが無い。
「おまたせいたしました、お席にご案内いたします」
愛想の良いウサギ人の女性店員の言葉を聞いて、頭を食事に切り替えた。
考えても分からないならば、食事の後で話を聞けば良いだけだ。
早く俺にうみゃうみゃさせろぉぉぉぉぉ!





