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黒猫ニャンゴの冒険 ~レア属性を引き当てたので、気ままな冒険者を目指します~  作者: 篠浦 知螺


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女将の事情

 旧王都では、海の幸が手軽に買える。

 海岸線から馬車で一日という立地条件と、ダンジョンで潤って街自体が豊かなので、商品として運び込まれてくるのだろう。


 旧王都には魚市場もあるそうで、昔は街道沿いにあったが、今は川沿いへと移転したそうだ。

 これは、生簀や冷蔵の魔道具などを装備した船を使って、一度に大量に運ばれて来るようになったかららしい。


 市場の敷地も大きくなって、旧王都の近くの村や街からも多くの人が仕入れに来ているそうだ。

 市場は基本的に商売人相手らしいが、周辺には市民相手の魚屋や魚料理の店、調理器具や調味料などを売る店が集まっているらしい。


 例えるならば、昔の築地市場と場外みたいなものなのだろう。

 身近な場所にお魚パラダイスがあると聞いたら、行かずにはいられない。


 モルガーナ准教授から魚市場の話を聞いた日、さっそく昼食抜きで見物に出掛けた。

 学院の食堂も十分に美味しいけれど、市場近くの魚料理の店ならば、更に美味しい物が食べられそうだ。


「……って、思ったんだけど、休みじゃん」


 下調べもしないで来た俺も悪いのだが、この日は魚市場が休みで、それに合わせて周辺の店も休みだった。

 昼食を抜いて、期待に胸を膨らませてきただけに、失望感が半端ない。


 それでも折角来たのだから、市場の内部の様子が見えるという橋に行ってみることにした。

 普段の日には、魚市場に出入りする人や荷車、馬車などで賑わっているとい話だが、今日は人通りも疎らで閑散としている。


 魚市場は橋の上流にあるのだが、休みだから魚を入れる箱が積まれている他には人の姿も無く、見ても面白くも何ともなかった。

 市場が営業している日には、船から魚を降ろす様子や競りの様子も見られるそうなので、また違う日に足を運んでみよう。


「しょうがない、どこかでお昼を食べて……ん?」


 拠点に戻ろうかと思って、一度渡った橋を引き返そうとした時に、下流側を眺めている女性に気付いた。

 市場とは反対の方向だが、そちらにも何かあるのかと思ったら、突然女性が欄干を乗り越えて川に飛び込もうとした。


「エアマット!」


 落下しようとする女性の下に、空属性魔法で走り高跳びで使うような分厚いクッションを作った。

 ぼふっという音と共に空中で止まった女性は、何が起こったのか理解できず、自分を受け止めた空属性魔法で作ったエアマットを手で確かめ始めた。


 マットを操作して橋の上へと移動させると、女性は飛び降りようと試みたけど、既に設置済みだった柔らかい壁に阻まれて座り込んだ。

 橋の上にマットを降ろすと、魔法を使っている俺の正体に気付いたのか、女性は両手をついて頭を下げた。


 同時に、俺も女性の正体に気付いた。

 川に飛び込もうとしたのは、学院の帰りに立ち寄る魚屋の女将さんだった。


「観念いたしました。もう、逃げも隠れもいたしません……」

「えっ、何の話ですか?」


 言葉の意味が分からずに聞き返すと、女将さんもキョトンした表情を浮かべた後で、小さく首を振ってみせた。


「申し訳ございません、私ごときの事情をエルメール卿がご存じのはずがありませんよね」


 何やら深刻な事情を抱えているのは間違いないようですが、どう対処したものだろうかね。

 このまま帰してしまうのも良くない気がするが、話を聞くにしても、空属性魔法で飛び降りを防いだせいで集まった野次馬が邪魔だ。


「少し歩きますけど、うちの拠点まで来てもらえますか?」

「はい……」


 とりあえず、野次馬が増えて騎士や官憲が来る前に移動することにした。

 拠点まで歩く間、魚屋の女将さんは俯いて黙り込んだままだった。


 チャリオットの拠点には、レイラ、シューレ、ミリアムの女子三人がいて、男性陣は出掛けているようだ。

 ミリアムがぐったりしているのは、シューレに魔法の特訓を受けていたからだろう。


 俺が女将さんを連れてリビングに入ると、チラリと視線を向けた後でレイラはお茶の支度を始めた。


「どうぞ、座って下さい。ここにいるのはパーティーのメンバーだけなので、話した内容はどこにも洩れたりしませんよ」

「はい……失礼します」


 テーブルを挟んで向かい合って座った後も、魚屋の女将さんは迷っているようで少しの間黙ったままだった。

 レイラが淹れてくれたお茶のカップをジッと眺め、大きく一つ息を吐き、一口喉を湿らせた後で話し始めた。


「大変ご迷惑をお掛けいたしまして申し訳ございません、エルメール卿。私は魚屋の女将でリューダと申します。もう十年以上前になりますが、私は三人の男……いいえ、クズの命を奪いました」


 リューダさんは、旧王都の側を流れる川の上流にある村で生まれ育ったそうだ。

 両親と妹の四人家族で、家は雑貨屋を営んでいたそうだ。


「十二年前の『巣立ちの儀』の日、十六歳だった妹は三人の男達に乱暴されました。半ば強制的に酒を飲まされ、泥酔したところで男の部屋に連れ込まれて、正気に戻ったのは事が終わった後だったそうです」


 男達は合意の上だったと主張し、逆に妹さんから誘われたとさえ言ったらしい。

 泥酔して抵抗できなかったためか、抵抗した形跡や暴力を振るわれた跡が無かったことも災いして、男達は厳重注意程度で罪に問われることはなかったそうだ。


 それどころか、妹さんの方に隙があったとか、酔って本性を現したとか、悪い噂が流れたそうだ。


「事件から二ヶ月ほど経ったある日、妹は川に身を投げて命を絶ちました。身ごもっていたみたいです」


 妹さんには将来を約束した幼馴染がいたそうだが、事件のせいで関係が壊れてしまい、更には妊娠に気付いて絶望してしまったようだ。


「妹を死に追いやった三人をどうしても許せませんでした。どんな手段を使ってでも妹の恨みを晴らしたかった」


 リューダさんは自分の体を囮にして男達を誘い出し、酒に混ぜた薬で眠らせた後で毒を盛り、小屋に火を付けたそうだ。

 事前に準備しておいた大量の藁と油によって、小屋が完全に火に包まれたのを確認した後、リューダさんは川に身を投げたそうだ。


「でも、私は死にきれませんでした。川岸に流れついていたところを助けてくれたのが今の夫です」


 事情も聞かず、献身的に介護してくれた旦那さんの愛情によって、リューダさんはもう一度生きてみようと思ったそうだ。


「それでも、官憲が捕まえに来たら素直に従うつもりでいました。私が三人の命を奪ったことは間違いないのですから」

「でも、官憲が捕まえにくることは無かったんですね?」

「はい。名前も変えず、隠れることもせず、魚屋の店先に立ち続けてきましたが、一度も……」


 旦那さんのプロポーズを受け入れ、子供が生まれ、三人の命を奪ったのは悪い夢だったのでは……と思うようになっていたそうだ。

 状況が変わったのは、大公家が旧王都に出入りする人々の取り締まりを強化したからだ。


「先日、うちの店にも騎士様が見えられて、住民も身元の確認を行うとおっしゃいました。その後、私と同じように住民として馴染んでいた人が捕まったという噂話を商店街の人から聞きました。次は、自分だと思ったんです」


 旦那さんや娘さんの前で捕まるぐらいなら、いっそ身投げして消えてしまおうと思ったようです。

 リューダさんが事情を話し終えたところで、シューレが話し掛けてきました。


「手配書は出てるの……?」

「えっ、手配書ですか?」

「犯人が特定されず、手配書が出ていないなら、捜査は打ち切られているはず……」


 シュレンドル王国では時効は無いと思っていたのだが、それは犯人が特定されている場合に限られるそうだ。

 例えば、イブーロの貧民街で用心棒を務めていたゾゾンは、シューレの従姉一家を殺害してから十三年が経っていたが、手配されたままだった。


 仮に俺たちが気付かずに取り逃がしたとしても、十年先でも、二十年先でも捕まるか死亡が確認されるまで手配が解かれることは無い。

 犯人が特定されている場合には時効は存在しないが、犯人不明の場合には五年で捜査は打ち切られるらしい。


 五年というのは随分短い気がするが、前世日本のような科学的な捜査が行われている訳では無いので、その期間に犯人が特定されなければ、その後の進展も期待できないのだろう。


「事件から十年以上経っているし、手配書が出ていないなら捕まる心配は無い……というか、クズを始末しただけで捕まる必要なんかない……」


 シューレの言葉を聞いて、光を失っていたリューダさんの瞳に希望の火が灯った。


「私が手配書が出ていないか確認してきてあげる。それまで、馬鹿な事は考えずに家で待っていなさい……」

「ありがとうございます!」

「ただし、手配書が出ていたら覚悟を決めてもらう。話を聞いてしまった以上、私たちも庇い続けることはできないから……」

「はい。帰って夫に話をします。手配書が出ていたら、皆さんの手で私を官憲に引き渡して下さい」

「分かった、行ってくる……」


 シューレはミリアムを連れて手配書の確認に向かい、俺はリューダさんを魚屋まで送っていくことになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] まあ女将一人くらいエルメール卿の権力で何とでもなりそうなんだけども。 うっかりその話が広がってしまったらニャンゴが来るのを見澄まして飛び降りるやつが頻発しそうなんだよな
[一言] 十年前に殺されたかも知れない?程度の外道ごときの為に国も領主も兵士達も動きませんわな。 そいつらがどこかの貴族子息で、親が執念深く捜しているとかならまだしもな。
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