地竜の道筋
ダンジョンに入れない間、俺は学院に通ってアーティファクトの検証作業を手伝っている。
新旧二つの学院からギルドを通しての協力依頼という形で、ちゃんと日当も支払われるそうだ。
アーティファクトを検証し、再現することが一番の目的なのだが、現在の魔道具と比べると技術に差がありすぎる。
ラジオすら無い世界で、いきなりスマホを再現しろなんて不可能だ。
そこで必要になるのは基礎的な技術や理論なのだが、製品化されている品物には小型の基板が使われていて、そこから理解する必要がありそうだ。
最初に手を付けたのは、明かりの魔道具だ。
明かりの魔導具といっても、家庭用の照明器具ではなく、アウトドア用品の売り場で見つけた懐中電灯やランタンタイプの物だ。
これらの品物は、統一規格の蓄魔器から明かりの魔法陣へ魔力を供給して光らせている。
金額的に安い品物だったせいか、固定化されている物が少なく、固定化されていない物は樹脂部分がボロボロになっていたが、魔導線に魔力を込めると光る物もあった。
この日、レンボルト先生と一緒に検証した発掘品のランタンも、樹脂製のボディーはボロボロだったが、魔導線の被覆を剥いて魔力を流してスイッチをいじると光を放った。
内部に取り付けられた基板は前世の頃に目にした電子基板と良く似ていて、樹脂部分が劣化していても魔導線が切れていなければ回路としては作動するのだろう。
「エルメール卿、これはかなりの魔力を込めないと光りませんね」
「そのようですね。でも、その分だけ明るいですよね」
今の時代の明かりの魔道具は、魔法陣に繋がった魔導線の部分に触れて魔力を流すように意識すれば光るが、発掘した魔導具はギュっと魔力を込めるようにしないと光らない。
今の時代の魔道具なら呼吸ぐらい気軽に使えるが、発掘品は風船を膨らませるように力まないと発動しない感じだ。
たぶん、魔法の練習をしていない猫人では、光らせるのもやっとだろう。
「明るさについては、魔法陣部分の素材にも違いがあるような気がします」
「なるほど、それもあるかもしれませんね」
現代の明かりの魔道具の魔法陣は、直径が五センチ以上あるものが主流だ。
それに対して発掘品の魔法陣は直径が一センチ以下で、前世で使っていたLEDのように強い光を放っている。
レンボルト先生が推測するように、魔法陣の素材も異なっているのだろう。
「エルメール卿、これが一般的な仕様だとすると、自前の魔力を使うタイプが無いのも頷けますね」
「やっぱり、この頃の人達は自前の魔力を持っていなかったか、持っていても微弱だったのかもしれませんね」
検証中の明かりの魔道具に限らず、火の魔導具や水の魔道具、風の魔導具なども、発掘された物は全て蓄魔器か、魔導線のソケットに繋いで使うタイプばかりだ。
アウトドア用品のコーナーに置かれていた品物だから、自前の魔力が使えるタイプがあってもおかしくないはずだ。
「問題は、どこから魔力を得ていたか……ですよね?」
「そうなんですよ、エルメール卿。これだけ多種多様な魔道具が使われていたならば、当然大量の魔力が必要です。それは何処で作られて、どのようにして運ばれていたのか、現代の魔道具を発展させるためにも、そこを解明しなければなりません!」
発電所ならぬ発魔所とでも呼ぶべき魔力を製造する大規模な施設、もしくは太陽光パネルのように大気中の魔力を集める装置があったのは間違いないだろう。
「発掘が再開されたら、建物内部の魔導線を辿らないといけませんね。魔道具の魔導線を繋ぐソケットまでの魔導線よりも、まとまって太い線があるはずです」
「そうです。それを辿れば魔力の発生源に辿り着けるはずです!」
レンボルト先生のボルテージが上がるのも当然で、冷蔵や温水といった魔導具が普及し始めて、王都では魔石が不足して値段が上がり続けているそうだ。
冒険者としては稼ぎが増えるからありがたいが、魔物が狩り尽くされたら魔道具が使えなくなる可能性だってある。
そして、今よりも高度な魔道具文明を謳歌するには、魔力インフラは絶対に必要になるだろう。
ちなみに、スマホの地図で魔力プラントを探そうとしたのだが、文字も読めないし、地図の記号も分からないから探しようがなかった。
当時の海岸線には、様々な工場と思われる建物がいくつもあったようだが、どれが目的の魔力プラントなのか分からなかった。
そして、分かったとしても掘り出せるとは限らない。
魔導線を辿って発掘を続けるのも限界があるだろう。
何キロも、何十キロも先まで掘り続けるのは現実的ではない。
「そういえば、最下層の横穴には魔導線は通って無かったんですかね?」
「さぁ、私は把握していません」
「あの横穴も、魔導車の施設だったと思うんですよ」
「えぇぇ、そうなんですか?」
「確認した訳ではないので、断言はできませんが……」
最下層の横穴が、かつての地下鉄だったとすれば、容量の大きな魔導線が使われていただろうし、変電施設や変圧施設のようなものがあったかもしれない。
「ですが、最下層の横穴は攻略されていないのですよね?」
「そうですね。ですが、それはアースドラゴンが現れる前の話です。もしかすると、今なら攻略できるかもしれません。といっても立ち入り禁止ですけどね」
立ち入りが出来ないどころか、崩落が続けば横穴に通じる部分も埋まってしまう可能性がある。
新区画から穴を掘って横穴まで辿り着くという方法もあるが、手間も時間も掛かってしまいそうだ。
「それにしても、アースドラゴンはどこから来たんでしょう?」
「豪魔地帯じゃないんですか?」
レンボルト先生が口にした豪魔地帯は、旧王都から見ると北東方向に進んで、国境の山脈を越えた先にある。
旧王都が東京だとすると、福島県ぐらいの位置になる。
話によれば鬱蒼とした森林地帯で、その更に北の山脈までは危険な魔物が多く暮らしているために、人の住めない環境とされている。
あまりにも魔物が多いので、豪雪地帯ならぬ豪魔地帯と呼ばれているそうだ。
古代の遺跡が存在するという話もあるが、辿り着くことすら困難なために伝説やお伽噺レベルの話と思われている。
「確かに、豪魔地帯には竜種が生息していると聞きますけど、ここからでは遠すぎませんか?」
「エルメール卿のおっしゃる通りですが、豪魔地帯でないとすると、どこから現れたというのですか?」
「そうなんですよねぇ……アースドラゴンが地上を移動していたら目立つでしょうし、ギルドには情報が入っているはずですよね」
アースドラゴンほどの魔物を目撃すれば、当然噂になるはずだ。
ブロンズウルフが現れた時のアツーカ村のように、討伐依頼をする村があってもおかしくない。
ところが、旧王都以外のギルドには討伐依頼も目撃情報も届いていないそうだ。
「エルメール卿、ダンジョン最下層の横穴が豪魔地帯まで繋がっているとは考えられませんか?」
「いやぁ、さすがにそんなに遠くまでは通じていないでしょう。それじゃあ地下鉄じゃなくて新幹線になっちゃいますよ」
「チカテツ? シンカンテンとは何ですか?」
ヤバい、つい前世の頃の名称を口にしちゃったよ。
「いや……地下にある鉄の道だからチカテツって略すのかなぁ……って、はははは……」
「なるほど、地下の鉄路だからチカテツですか……それでシンカンテンとは何ですか?」
「いや、シンカンテンじゃなくてリニア……ん? そんな可能性もあるのか?」
前世の日本並みのスマホが存在する世界なら、リニア新幹線が走っていたとしても不思議ではない。
レールの殆どが地下に敷設された超高速列車なら、東京ー福島間ぐらいのトンネルが有ったとしても不思議ではない。
そのトンネルが、どこかのターミナル駅で地下鉄と交わっていれば、豪魔地帯からダンジョンまで迷い込む可能性だってゼロではない。
地下に埋設された長距離高速鉄道についての推論を話すと、レンボルト先生が猛烈に食いついてきた。
「なるほど、衝突事故を防ぐために地下に専用の通路を作り、高速で人や物を運搬する魔導車ですか。面白い、実に面白いです!」
「いや、あくまでも想像ですけど……そう言えば、当時の列車を写した写真集があったような……」
「確認しに行きましょう! さぁ、早く!」
レンボルト先生に引き摺られるようにして列車の写真集を確認しに行ったのだが、綺麗な風景の中を走る列車の写真ばかりで、残念ながらリニア新幹線のような列車は確認できなかった。
ただしスマホの地図機能を使うと、それらしい地下道の存在は確認できた。
更に、地図上に表記されている文字列を電子辞書に打ち込んでみると、説明文と共に流線型の列車の写真が表示された。
「おぉぉぉ、素晴らしい! 大発見ですよ、エルメール卿!」
「いや、まだどんな性能だったのかも分かりませんし、想像の域を出ていませんよ」
「いやいや、これは過去の優れた文明の一端を知る貴重な発見です。早速レポートにまとめて学院に提出します」
結局この後も、リニア新幹線らしき列車について、レンボルト先生の質問攻めに遭う羽目になってしまった。
てか、明かりの魔道具の検証、すっかり忘れてるよね。





