元冒険者の落ち行くさき(テオドロ)
※今回はお尋ね者の冒険者テオドロ目線の話になります。
その男と知り合ったのは、イブーロの貧民街で暴れている熊人の男を叩きのめした時だ。
娼婦に見下されたとか下らない理由で暴れ回り、通りかかった俺にまで殴りかかってきたから返り討ちにしてやったのだ。
「面倒かけたみたいだな、一杯飲ませてやるから付いて来い」
声をかけてきたイヌ人の男は、一目で堅気の人間じゃないと分かる貧民街には不似合いなバリっとした服装をしていた。
安い娼婦を抱くよりも面白そうだと思って付いて行くと、ドアを二つほど抜けると貧民街とは思えない小綺麗な通路に出た。
どうやら、この一帯を仕切っている幹部連中専用の通路のようで、そこを歩く間も擦れ違う人間が全員頭を下げている様子から見て、幹部の中でも相当上の人間のようだった。
招き入れられた部屋は貧民街の随分と下の階層のようだったが、内装や調度品の全てに金がかかっていた。
「まぁ座って楽にしろ」
「あんた、何者だ」
「俺か? 俺はここを仕切ってるガウジョって者だ」
「あんたが……」
ガウジョの名前はイブーロで冒険者をやっている人間ならば、一度は耳にしているだろう。
イブーロの裏社会を牛耳っている組織の若手の旗頭と言われていて、貧民街を中心にして手荒い稼ぎをしているという話だ。
「そう警戒すんな、別に取って食いやしねぇよ」
まだ三十代前半ぐらいだろうか、俺も腕っ節ならば自信はあるが、ガウジョからは底知れない迫力のようなものを感じる。
「まぁ、一杯やってくれ」
ガウジョが注いでくれた酒はグロブラス領で作られている最高級品で、俺たち冒険者では黒オークを仕留めた時でもなければ口にできない代物だった。
「なんで俺を連れてきたんだ?」
「勘だな」
「勘……?」
「あぁ、俺は使える奴を見分けるのが得意なんだ」
「俺は誰にも使われる気はねぇぜ。他人てのは利用するもんであって、利用されるもんじゃねぇ」
「ふっふっふっ……それみろ、当たりだ。手を組むならば、お前みたい奴じゃねぇと使い物にならねぇ」
ガウジョは俺と同類……いや、その時点では俺をスケールアップしたような人間だった。
他人は利用するものだと考えている者同士、ぶつかり合うかと思ったが、ガウジョとは妙に馬が合った。
ブロンズウルフの討伐で一山当てようと思っていたのに、パーティーのメンバーに裏切られてムシャクシャしていたのもあって、冒険者稼業からは足を洗ってガウジョとツルむことにした。
その後、ガウジョの手下の一部が、イブーロの学校を占拠して身代金をせしめようとして失敗。
手下が不足する状況に陥ったので、俺がギルドからペナルティを受けて腐っていたジントンやボーデたちを引き入れた。
それから暫くして、大規模な手入れが行われるという情報がもたらされると、ガウジョはあっさりと貧民街を手放した。
俺にも全ては明かしていないようだったが、それでもとんでもない額の金をガウジョは貯め込んでいた。
そいつを元手に、次は取り締まりの緩い旧王都で基盤を築くから付いて来いと言われ、二つ返事で話に乗ることにした。
ガウジョは動くまでの下準備は入念にやるが、動くとなると全く迷わない。
貧民街を手放す時も、本当の腹心だけを連れて、残りの連中は容赦なく切り捨てた。
イブーロから旧王都までの道程、余分な人間を連れて動けば余分な金がかかるし、官憲に捕らえられるリスクも増大する。
足を引っ張るような奴は必要無いと切り捨てる、ガウジョのやり方には全面的に賛成だ。
手が足りないと思ったら、適当に小僧を拾ってきて使い捨てればいい。
切り捨てられるのが怖いなら、ガウジョを切り捨てるぐらいの才覚を見せれば良いだけだ。
旧王都に辿り着いた後、ガウジョは足掛かりに利用できる組織を物色し始めた。
ダンジョンに潜る人手を確保するために、お尋ね者に対する取り締まりが緩いと言われている旧王都だったが、大きな裏組織は存在していないらしい。
小規模、中規模程度の組織が乱立して、潰し合いをしている程度のようだ。
個人としてのお尋ね者は泳がせているが、組織を大きくして暗躍しようとすると大公家に潰されるらしい。
そうした情報を聞いても、ガウジョの方針は変わらなかった。
「デカい組織が潰されるなら、自分達が主体となって組織を作るんじゃなく、いつ潰されても良いように裏から操ればいい」
大公家相手に潰されない対策を講じるのは難しいが、最初から潰される前提で動くのは然程難しくはない。
「何度か繰り返していれば、どの程度になれば大公家が動くか見極めも付くだろう。その後は、潰されない線で儲けを出せる組織を増やしていけばいい」
ガウジョが手始めに選んだ組織は反貴族派だった。
裏社会の組織とは毛色が違っているが、要するに大公家に潰される様子を観察するためらしい。
ガウジョは、反貴族派の内部を探る者としてジントンを選んだ。
当人が気付いているかどうか分からないが、いつでも切り捨てられる人材という訳だ。
ジントンは、冴えない見た目とは裏腹に腕が立つし、若手を取り込むのも上手い。
実際、反貴族派に送り込まれた後も、色々と内部の情報を探り出して来ていた。
反貴族派との交渉を担当しているワズロの話では、反貴族派はダンジョンの内部で何やら画策しているらしく、そこにジントンも潜り込んだらしい。
これまで反貴族派は、アーティファクトが持ち込まれている学院を標的にしていたが、さすがに大公家の守りが固く、攻め込んで奪うところまではいっていない。
ダンジョンで何かを画策しているのは、学院よりも守りが薄いと目を着けたからかもしれない。
ただ、反貴族派のやり方としては少々異例だ。
学院は、貴族や金持ちの子供が集まる場所だけに、反貴族派の標的にされる理由があるが、ダンジョンはむしろ民衆の稼ぎ場所だ。
そこを標的にするのは、反貴族という大義からは外れるし、貧しい連中からの支持も得られないだろう。
「ガウジョ、ちょっとダンジョンの回りで噂を拾ってくる」
「あぁ、丁度頼もうと思っていたところだ」
どうやらガウジョも違和感を覚えていたようだ。
使い走りに利用するためにエスカランテ領で拾ってきた小僧どもが、賞金目当ての連中に捕らえられてから、ジントンの様子が少しおかしかった。
もしかしたら、俺たちを裏切るまではしなくとも、足抜けしようと考えているのかもしれない。
「テオドロ、反貴族派内部の分裂だったら放置して構わん。だが……」
「こっちに害が及ぶようなら始末するさ」
「あぁ、頼む」
ジントンに、俺たちを裏切る度胸は無いと見ている。
裏切って官憲にタレ込んだところで、ジントン自身が危うくなるだけだ。
「反貴族派を利用して小銭でも稼ぐ気か?」
足抜けするにも金は必要だが、ジントンの手許にまとまった金は無いはずだ。
ギルドに預けていた金は、お尋ね者になった時点で凍結されて引き出せない。
イブーロを出る時に報酬を約束されたが、ガウジョがまとめて預かっている状態だ。
組織を抜けて、どこかに行方をくらませるつもりでも先立つ金が必要だし、それを手に入れるために何か画策しているのかもしれない。
反貴族派やジントンの狙いについて考えながらダンジョンの入り口近くまで来たところで、地下から咆哮が響いてきた。
ギルドが調べた結果、アースドラゴンがいるという話だが、いつもよりも攻撃的だと感じた直後、大きな揺れが襲ってきた。
「何が起こった……」
背後から大きな地響きが聞こえて来て、振り返ってみると土埃が上がっていた。
立て続けに大きな揺れが起こり、その度に濛々と土煙が舞っている。
状況から考えて、ダンジョンの崩壊が地上まで及んでいるのだろう。
俺たちの隠れ家がある方向だが、直感的に戻るべきではないと感じた。
「ちっ、冗談じゃねぇぞ……」
ベルトの裏側に大金貨を十枚ほど仕込んでいるが、これまでの働きから考えたら全然足りない。
もし、隠れ家ごとガウジョが巻き込まれていたら、イブーロから持ち出してきた金も全部埋まっている。
少し考えてから、発掘品の買い取りを行っている店が集まっているエリアに足を向けた。
情報を得ようとするならギルドの近くにいるのが一番良いのだろうが、顔を知っている奴に出くわす可能性がある。
ジントンが、イブーロギルドの酒場にいたレイラや忌々しいニャンコロに出くわしたと言っていた。
噂によれば、チャリオットが揃って移籍してきているらしい。
俺もお尋ね者として懸賞金が掛けられているそうだから、見つかるのは得策じゃない。
一対一なら逃げに徹すれば切り抜けられるだろうが、チャリオットに連携されたら捕まる可能性が高い。
その点、ギルド以外で買い取りをやっている連中は、俺と同様の人間を相手にしているから捕まる心配は少ない。
買い取り屋が集まる一角で噂話に聞き耳を立てていたら、大規模な崩落が起こったと分かった。
しかも、俺たちの隠れ家も崩落に巻き込まれたらしい。
「くそっ、ダサい死に方してんじゃねぇよ」
大公家の騎士が立ち入り規制をしているらしく、隠れ家の方へは近付けない。
行方知れずのガウジョに悪態をつきながら、飲み屋の片隅でこれからについて考えを巡らせることにした。





