大公家からの要請
データを提供することになって改めて確認してみると、俺たちが発見したダンジョンの新区画も昔は埋立地だったようだ。
キッチリと直線で区切られている護岸の様子や、更に北側の道路が弧を描いている様子から見ても、突き出た南側のエリアは人工的に作られたものだろう。
ダンジョンの旧区画に向かって南北に走っている道路が埋め立てエリアのメインストリートのようで、ここには商業施設が並んでいるようだ。
そして、埋め立てエリアを囲むように道路が走っていて、こちらの沿道にはマンションと思われる建物が表示されている。
更に、運河を挟んで東側にも埋立地と思われる場所があり、こちらは全体が公園として利用されていたようで、人工らしき砂浜や何かのスタジアムと思われる施設もあったようだ。
前世の記憶にある、お台場や葛西のような感じだったのだろうか。
「それにしても、崩落によって調査が中断してしまったのは本当に残念です」
埋立地の昔の様子を想像していた俺は、学院長の言葉で現実に引き戻された。
「我々は、今回の崩落を招いたのは反貴族派だと思っています」
大公家の家宰オヴォーラは、腹立たしさを隠そうともせずに言い放った。
新たな区画が発見されてダンジョンが活気を取り戻すことは、大公家にとっては願ってもない状況だ。
それに水を差すような行動は、ある意味反貴族派らしいとも言えるが、大公家のみならずダンジョンに関わる全ての者にとって迷惑な行為である。
「大公家では今回の事態を重く見て、ダンジョンのみならず、旧王都全体の浄化作戦に着手することになりました」
これまで旧王都では、危険なダンジョンに潜って発掘品を持ち帰る冒険者を広く集めるために、いわゆるお尋ね者に対する取り締まりを行ってこなかった。
勿論、街中で犯罪行為を行えば取り締まりの対象となるが、他の領地で犯罪に手を染めた者であっても、ダンジョンで活動できるような仕組みにしていたのだ。
「まずは反貴族派を手始めといたしますが、反社会的勢力に対しても取り締まりを強化し、身分証を持たない者の滞在を認めない方針に転換する予定です」
これまでは、ダンジョンに潜る際にも身分証の提示は不要だった。
発掘品をギルドで買い取ってもらうには身分証が必要だったが、個人の商店などに販売する際には身分証は要らなかった。
そのため、お尋ね者であってもダンジョンに潜って、発掘品や討伐した魔物の素材を個人の商店で売り捌いて生活することができる。
大公家は、この仕組みを改善するつもりのようだ。
「具体的には、物品の売却については身分証の確認を義務付けるようにいたします。続いて、旧王都での居住、宿泊についても同様の措置を行います」
仕事と住居、この二つを抑えられるだけでも反貴族派や反社会勢力は暮らしにくくなるだろう。
ギルドマスターのアデライヤも、大公家の方針には賛成のようだ。
「ギルドとしても、今回の立ち入り禁止を機に、再開後は身分証を持たない者の立ち入りを拒否するつもりです。今後もアースドラゴンが現れないとは限りませんし、その度にダンジョンを崩壊させていてはギルドの沽券に関わります」
アースドラゴンの討伐作戦を準備していたギルドとしては、今回の崩落は本当に不本意だったのだろう。
「状況から考えて、アースドラゴンは生き埋めとなって死亡したと考えるべきでしょうが、せっかくの素材も埋まってしまいました」
「ですが、ギルド主導の作戦が行われていたとして、確実にアースドラゴンを討伐し、ダンジョンの崩落も招かなかったと断言できますか?」
オヴォーラの言葉にアデライヤの表情が曇る。
生き埋めになったと思われる連中が、アースドラゴンに対してどんな攻撃を仕掛けたのか知らないが、その後の状況からすると致命傷を与えられていたとは考えにくい。
「確かに、相手は竜種ですから、絶対に仕留められたとは断言できませんね」
ギルド主導で、様々な作戦が計画されていたが、参加する冒険者の中にアースドラゴンを倒した経験者はいなかったので、確実に殺せたかどうかは分からない。
「それでは、冒険者に犠牲を出さずに済んで、ある意味良かったかもしれませんね」
オヴォーラの皮肉っぽい口調に、アデライヤは無言で苦笑いを浮かべてみせた。
それを見たオヴォーラが勝ち誇ったような笑みを浮かべたのを見て、冒険者が馬鹿にされたような気がして腹が立った。
「いいや、ギルド主導の作戦が行われていたら、ダンジョンの崩壊も防げたし、アースドラゴンの素材も手に入っていた」
「これはこれは、エルメール卿も参加されるご予定でしたか」
「えぇ、他の冒険者の協力があれば、俺が仕留めていたはずだ」
「ほぅ……ですが、ダンジョンという閉鎖された空間で、エルメール卿自慢の砲撃を行えば、それこそダンジョンの崩壊を招いたのではありませんか?」
さすがは大公家の家宰というべきなのか、どうやら俺の砲撃の威力についても、弱点についても理解しているようだ。
「ご心配なく、対策は既に考えてある」
「その対策、教えていただいてもよろしいですか?」
「難しい話じゃないよ。水平に撃つからダンジョンの壁を壊す心配をすることになる。だから垂直に撃つつもりだった。アースドラゴンの真上から真下に向かってね」
空属性魔法で魔法陣を作る場所は自由に選択できる。
例えば、魚の塩焼きを作る時には、串に刺した魚を取り囲むようにバーナーを展開している。
魔銃の魔法陣を体の前に展開するのは、その方が狙いを定めやすいからで、他の魔法陣と同様に展開する場所は自由だ。
アースドラゴンがいたダンジョンの最下層は、かつては地下の駐車場として使われていたと思われる場所で、他の階層に比べると天井が高く作られている。
アースドラゴンを真上から狙う形であっても、十分に魔法陣を展開するだけの空間は存在しているのだ。
そして、真上から真下に向かって撃ち出せば、ダンジョンの壁面を壊す心配は要らない。
いくら俺の砲撃が強力でも、地殻を撃ち抜いて噴火を引き起こすほどの威力は無い。
土属性の泥沼の罠によって足止めされた所で、首を砲撃で撃ち抜けば、アースドラゴンであっても仕留められたはずだ。
自信たっぷりにアースドラゴン討伐法を説明すると、オヴォーラは居住まいを正して頭を下げてみせた。
「おみそれいたしました。竜種の討伐をそこまで自信たっぷりに言い切ってしまうとは……さすが不落の魔砲使いですね」
満足気に微笑むオヴォーラの表情からすると、どうやら俺の発言は誘導されたらしい。
いつ、どんな場面で利用されるのか分からないが、力を誇示するべきではなかった気がするが……後の祭りだ。
「話を少し戻させていただきますが、大公家では身分証確認の義務化の他に、反貴族派の情報を集め、アジトの摘発も積極的に進めていくつもりです。ただ、ご存じの通り奴らは粉砕の魔道具を使って自爆すら厭わない連中です。通常の手入れを行った場合、騎士や兵士に損害が及ぶ危険性がございます」
言葉を切ったオヴォーラは、真っ直ぐな視線を俺に向けてきた。
「なるほど、反貴族派の摘発に手を貸せってことですね?」
「貸せだなんて、とんでもない。我々はご助力をお願いする立場です。今後のダンジョンでの発掘のみならず、市民生活に対しても反貴族派は脅威となります。奴らを壊滅させるために力をお貸しください」
姿勢を改め、頭を下げたオヴォーラの言葉には誠意が感じられた。
名誉騎士に叙任されて調子に乗っている猫人の協力を引き出すには、あの程度の駆け引きは必要だと思っていたのかもしれない。
あるいは、これまでの反貴族派の襲撃によって、大公家の騎士や兵士に多くの犠牲が出ているのか。
いずれにしても、旧王都の治安回復には賛成だし、協力を渋る気もない。
「俺は冒険者ですが、王国の名誉騎士でもあります。学院の調査にも協力しないといけませんので、継続しての協力はできませんが、必要な時には声を掛けてください」
「ありがとうございます。我々だけでは難しい場合には協力を要請させていただきます」
結局、協力を約束させられてしまったが、王国からは少なからぬお金をもらっているので、無下に断ることもできない。
名誉騎士として、チャリオットのメンバーとして、反貴族派の連中を叩き潰してやろう。
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