久々の拠点
崩落現場での捜索を終えた俺とレイラは、規制線を張っている騎士に取り残された人はいないと伝えて拠点に戻ることにした。
幸いにしてチャリオットの拠点は巻き込まれていなかったが、あと二区画のところまで崩落が迫って来ていた。
このまま収まってくれれば良いのだが、もう一度大規模な崩落が起こったら影響を受ける可能性もある。
拠点に戻ると、リビングにみんなが集まっていて、ライオスが崩落の様子を訊ねてきた。
「かなり酷いという話だが、実際にはどんな感じなんだ?」
「口で言うよりも見てもらった方が早いかな」
スマホで撮影した映像を再生してみせると、ライオスは顔を顰めてみせた。
「まだ断続的に崩落が続いているのか」
「うん、到着した頃に比べると帰ってくる頃には頻度は下がっていたけど、それでも時折崩落してたね」
「これは、当分の間はダンジョンに入れそうもないな」
ライオスの話によれば、崩落が収まるまでダンジョンは立ち入り禁止になるそうだ。
安全が確認された上で、立ち入りにも制限が付くらしい。
「これまでダンジョンでは、魔物を倒しながら遺物を見つけるというのが一般的な探索で、多くの冒険者が必要だった。そのためにダンジョンに立ち入る人間の素性は問われなかったんだ」
「聞いたことがあるよ。犯罪歴のある連中でも入れていたから、旧王都にはそうした人間が集まっているんでしょ」
「その通りだ。だが、新区画が発見されたことで事情が変わってきた。これからは、討伐よりも純粋な発掘作業の方が重要視される。学術的に重要な発見が今後も続くと予想されるし、当然大きな利権が発生する。そこに後ろ暗い過去を持つ者が関わるのは、今後のためにマイナスになるとギルドは判断したようだ」
「じゃあ、素性の分からない者は立ち入れなくなるの?」
「そうなるらしい。国や大公殿下のバックアップを受けて、ダンジョンの保全と立ち入る人間の身元確認が行われるようになるらしい」
冒険者の行動は全てが自己責任だが、ダンジョンの治安が改善されるのは歓迎だ。
崩落現場の動画を見終えたセルージョが、違った見方を口にした。
「俺が聞き込んできた噂には、崩落を引き起こしたのは反貴族派の連中がアースドラゴンを仕留めようとしたからだ……なんてのもあった」
「えっ、反貴族派?」
「噂だ、噂。粉砕の魔道具が使われたらしいから、そうした噂が出たようだが、ギルドにしてみれば連中にダンジョンを荒らされて利権を失いたくないんだろうぜ」
「確かに反貴族派って何をやらかすか分からないもんね」
反貴族派なんて呼ばれているが、その標的は貴族に留まらない。
俺が最初に遭遇したラガート家の魔導車を狙った襲撃でも、結果的には一般市民の方が多くの犠牲を出している。
王都の巣立ちの儀の襲撃事件でも、被害者は圧倒的に一般市民の方が多い。
一応、王族や貴族を狙ってはいるのかもしれないが、俺の目にはただのテロリストにしか見えない。
そんな連中が今後もダンジョンに出入りして、粉砕の魔道具を使ってテロ行為を行えば、被害は地上にまで及ぶことが今回の崩落で実証されてしまった。
まだまだ、新区画には運び出していないアーティファクトが多数残されているし、魔導線を使った魔力の供給インフラとか、解明すべきものも眠っているはずだ。
得体の知れない人間を排除するのは、利権を守ると同時に、そうした連中の資金源を断つという狙いもあるのかもしれない。
「なんにしても、ダンジョンへの立ち入りが解禁になるまでは動きようがない。今後のことはゆっくり考えるとして、飯を食いに行こう」
俺とレイラが戻って来るまでの間、他のみんなは聞き込みや拠点の掃除をしていたそうだ。
ずっと留守にしていたから食材は何も無いし、みんなで食事に出掛けることにした。
拠点を出て、飲食店が集まっている所に向かう途中、兄貴が落ち込んでいるのが気になった。
「どうしたの兄貴、元気ないじゃん」
「ニャンゴ、お布団が冷たくてペシャンコなんだ」
「なんだ、そんな事か」
「そんなって……大事なお布団だぞ!」
「心配するなよ兄貴、後で俺がふっかふかのふっわふわに仕上げてやるからさ」
「ホントか、本当なんだな?」
「任せておいてよ、失望はさせないよ」
「そうか、そうだな、ニャンゴがいれば大丈夫か。あぁ、安心したら腹が減ってきた」
現金なもので、しょんぼりしていた兄貴の尻尾が楽し気に振られている。
「兄貴、冬は魚に脂が乗って美味くなるぞ」
「魚……ピケの塩焼きか?」
「うーん……ピケの旬は過ぎちゃってると思うけど、別の魚があると思うぞ」
「そういえば、前にセルージョと飯を食いに行った時、水槽に平べったい変な魚がいたんだ。白身で美味いそうだから、あれを食ってみたいな」
兄貴の言っているのはヒラメかカレイだろう。
水槽で生かしているなら刺身でも良いし、煮付けも美味そうだ。
飲食店街に着くと、何となくだが人通りが少ないように感じる。
「やっぱり、崩落の影響はあるみたいね」
レイラが言う通り、この飲食店街からでも崩落現場までは歩いて十分ほどの距離だ。
規制線の向こう側は、この世の終わりかと思うような光景が広がっている一方で、飲食店街の光景は人通りの少なさを除けば普段と同じだ。
被害に遭っている人がいる一方で普段と変わらない生活をしている人がいるのは、ちょっと理不尽な気もするけど飲食店で働いている人たちにも生活がある。
生きるためにはお金が必要で、お金を稼ぐには働かなきゃいけない。
それに、仕入れた材料だって放っておけば傷んでしまう。
歩いて数分の距離での天と地ほどの差、分かっているけど運命は残酷だ。
俺と兄貴、それにミリアムの希望が通って、今夜の食事は海鮮料理の店になった。
料理は店にお任せで、酒はセルージョお薦めの米の酒だそうだ。
驚いたことに、兄貴も酒が飲みたいと言い出した。
「ニャンゴ、騙されたと思って飲んでみな。魚を食べながら飲むと美味いんだ」
「そうなのか、じゃあちょっとだけ」
白磁の小振りなカップに注がれた酒は、日本酒の濁り酒のようだ。
前世では高校生までしか生きられなかったから、正月のお屠蘇を舐める程度だったが、酒の香りに郷愁を誘われた。
「では、ダンジョンからの無事生還を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
チビリと口にした酒は、フルーツみたいな香りがして甘みを強く感じた。
そういえば、前世で飲んだ甘酒はこんな感じだったような気がする。
「さあ、ニャンゴ、どれから食べる?」
「カルパッチョ!」
俺はレイラの膝の上、兄貴はガドの隣、ミリアムはシューレに抱えられている。
「はいはい、これね。あーん……」
「あーん……うみゃ! 白身だけど脂が乗ってて、うんみゃ!」
白身魚の旨みを堪能した所で酒をチビリ……。
「うん、うみゃいではないか……」
「ふふっ、今日のニャンゴはちょっと大人モード?」
「大人でも子供でも、どっちでもいいや。次は、あれが食べたい」
「お鍋ね……」
店のテーブルの中央には、炭火のコンロが置かれていて、今は鍋が置かれている。
鍋の中身はブイヤベースで、トマトベースのスープに魚やエビ、貝などが入っている。
レイラが取り分けてくれたお椀をフーフーしてから、慎重に口をつける。
「熱っ! でも、うみゃ! 魚介の出汁がたっぷり出ていて、うんみゃ!」
「うん、濃厚で美味しいわね」
「魚もホコホコで、うみゃ! 貝もプリプリで、うみゃ!」
タラっぽい白身の魚も、カキっぽい貝も丁度良い煮え具合だ。
濃厚なスープを堪能した後で、次は何を食べようかと視線を転じると、兄貴は一夜干しのイカを齧りながらチビチビと酒を飲んでいた。
セルージョやガドの話に耳を傾けながら酒を飲んでいる姿は、ちょっとおっさんぽい。
ミリアムはシューレの膝の上で、無心でカニの身をほぐしていた。
あれ、横取りしたら怒るだろうなぁ……。
暫くダンジョンには入れないみたいだから、カニたっぷりのコロッケでも作ってみようかな。
料理はうみゃいし、酒もうみゃい、気の置けない仲間が一緒で、いい気分だと思っていたら、不意にズズンっと揺れが来た。
「ちっ、せっかくの良い気分が台無しだぜ」
セルージョの愚痴に、チャリオットのメンバーだけでなく他のテーブルの客も頷いている。
「いったい、いつまで続くのかなぁ……」
「地下の崩壊が地上まで影響しているから、地下が崩れるのが止まらないとどうにもならないでしょうね」
「だよねぇ……レイラの言う通り、地下のダンジョンが安定しないと地上も安定しないし、崩壊し掛けている所は危なくて近づけないもんなぁ……」
「でも、ニャンゴは学院から呼び出しがあるんじゃない?」
「かもねぇ……でも、どこのどいつがアースドラゴンを討伐しようなんて考えたんだろう」
「さぁ? 埋まってしまった所を掘り返すなんて無理そうだし、謎のまんまでしょうね」
久々に活きの良い魚をうみゃうみゃしたけれど、すっかり酔っぱらって寝込んでしまい、兄貴と約束した布団の手入れはできなかった。





