人命救助
レイラと一緒に空属性のボードに乗って上昇すると、すぐに惨状が目に飛び込んで来た。
地面が大きく陥没して、街並みが飲み込まれている。
頭に浮かんだのは、イブーロの貧民街の崩壊だ。
ラガート騎士団、官憲、冒険者ギルド、商業ギルドが合同で行った一斉摘発の最中に、裏社会の連中が粉砕の魔道具で地下を爆破した結果、窪地に折り重なるように建てられたバラックが崩壊して多くの人が犠牲になったのだ。
「イブーロの貧民街もこんな感じだったの?」
「うん、でもこっちの方がずっと深い」
陥没の範囲は直径が百メートルぐらい、深さは二、三十メートルぐらいあるのだろうか、大きく落ち込んだ中心部に向かってすり鉢状に土が崩れて家並みが巻き込まれている。
陥没が起こったのは多くの建物が密集している地域で、七、八十軒ぐらいの家が巻き込まれているように見える。
「うわっ、また崩れた」
俺達が見ている間にも、地盤が崩れて家が大きく傾いて滑り落ちていった。
後から崩れた建物の住民は既に避難を終えていたように見えたが、最初に崩れた建物には人がいたのではなかろうか。
ただ、中央の深い穴には、周囲から崩れ落ちた土や建材が積み重なっているようで、最初に落ちた家は下敷きになっているようだ。
そうした建物に人がいたとしたら、生存は絶望的だろう。
崩落した街並みの周囲には大公家の騎士たちが立って、立ち入りを禁じている。
被害に遭った家の住民なのだろうか、騎士に懇願している声が聞こえてきた。
「頼む、行かせてくれ! 妻と子供が家にいたんだ!」
「駄目だ! この先はいつ崩れるか分からないから立ち入り禁止だ」
「頼むよ! まだ生きてるかもしれない!」
「無理だ! 命綱をつけて見に行ったが、あの高さから落ちたら助からない」
「嘘だ、こんなの嘘だ……うあぁぁぁぁ……」
騎士に止められていた男は、膝をついて泣き崩れた。
「レイラ……」
「駄目よ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「一人で降りて生存者を探すなんて駄目」
「レイラも一緒だったら?」
「駄目よ。まずは崩落の状況を確認して、安全に探せる場所があるかどうか確認してからよ」
レイラに駄目出しをされてしまったので、もう一度穴の真上まで戻って崩落の状況を確認した。
地下がどうなっているのか分からないが、中心の五十メートルぐらいの範囲が時折不規則に陥没して、そこに周囲の土砂が引っ張られる様に崩れている感じだ。
不規則な崩落を繰り返しているのは、ダンジョンの階層が徐々に崩れているからなのだろうか。
いずれにしても、表面の土を捏ね回すように崩れているので、中心部には迂闊に近寄れそうもない。
「ニャンゴ、周りの傾いた家に取り残された人がいないか確かめてみたら?」
「うん、そうしよう」
急に崩落しても巻き込まれないように、慎重に建物に近付いて声を掛けてみた。
「取り残されてる人はいませんか?」
窓から家の中を覗いてみるが、家具が倒れて室内は目茶苦茶になっている。
傾いた状態でも残っている家は、最初の崩落の時には無事だったのだろう、人が取り残されている感じはしない。
「駄目よ、ニャンゴ。上から回って」
穴の方を回って家の反対に向かおうとしたら、レイラに止められた。
「このぐらいは大丈夫……うわぁ」
大丈夫だと言い終わる前に、ズズっと土台が崩れて家が横倒しになった。
横着して穴の方を通っていたら、巻き込まれていたかもしれない。
「だから駄目って言ったのよ」
「はい……」
普段の生活はアバウトに見えるけど、冒険者として動く時のレイラは凄く勘が鋭い。
こうした危険の察知については、冒険者としての経験の差を感じてしまう。
「ニャンゴ、あっち……何か聞こえた」
レイラの指差す方向には、今にも穴に落ちそうになっている家があった。
巻き込まれない方向から、慎重に近付いて窓から声を掛けた。
「誰かいますか?」
「たすけ……て……」
かすかに声が聞こえてきたが、窓から室内を覗き込んでも人の姿は見えない。
「くる……しい……たす……」
「ニャンゴ、奥の部屋じゃない?」
「回り込もう」
屋根の上を回って家の反対側に出たが、窓は倒れてきた家具で塞がれていて、僅かな隙間しかなかった。
「駄目だ、やっぱり向こうから入るしか……」
「待ってニャンゴ……いた、あそこ! でも、ドアも塞がれてるわ」
窓枠と家具の隙間から部屋の中を覗くと、崩れた戸棚や箪笥の下敷きになっている人が見えたが、隣の部屋に通じるドアの前も倒れた家具が塞いでいた。
「この窓枠と壁を壊そう」
「粉砕とか駄目よ」
「分かってる。超振動ブレード!」
現代日本の建築ならば鉄筋やアルミサッシが使われていたりするが、窓枠は木だし壁は土だ。
空属性魔法の超振動ブレードで、窓枠をぶった切り、土壁を崩して突入穴を確保した。
「レイラは待って……うわっ」
室内に踏み込もうとしたら、グラリと家が揺れた。
「天の御柱! 止まれ!」
ワイバーンを墜落させた天の御柱をつっかえ棒にすると、かろうじて家の動きは止まったがミシミシと嫌な音がしている。
「レイラ!」
俺が止める間もなく、レイラは家の中へと飛び込んだ。
「私が箪笥を持ち上げるから、ニャンゴはこの人を引っ張り出して」
「分かった!」
レイラが壁に足を踏ん張って、渾身の力を込めて箪笥を持ち上げる。
たぶん、身体強化の魔法を使っているのだろうが、それでも持ち上げられるギリギリの重さのようだ。
下敷きになっていた羊人の女性を抱えて引っ張り出し、空属性魔法で作ったボードに載せてた。
「いいよ、レイラ、出よう!」
箪笥を下ろしたレイラの手を取って、外に出ようとした時だった。
天の御柱が支えた方向ではなく、真下に向かって家が落下した。
あっと言う間に天井が迫ってくる。
「シールド! 砲撃!」
頭の上を空属性魔法のシールドで守りながら、砲撃の連射で天井と屋根を吹き飛ばす。
砲撃の轟音と崩落の地響きが止んだところで、改めてボードを作ってレイラを引き上げた。
俺たちがいた家の残骸は、五メートル以上落下していた。
「今のはヤバかった……」
「さすがニャンゴね」
一歩間違えば家ごと崩落に巻き込まれて死んでいたかもしれないのに、レイラはジェットコースターに乗り終えた後みたいに楽し気な笑みを浮かべている。
助け出した羊人の女性は、グッタリとしていて顔色も良くない。
もしかしたら、内臓にダメージを受けているのだろうか。
「早く医者にみせた方がいいわね」
「うん、騎士団に引き渡そう」
ボードに乗ったまま、立ち入り規制をしている騎士のところまで移動すると、敬礼で迎えられた。
どうやら、さっきの砲撃と空を飛んでいる姿から素性がバレているらしい。
「建物に取り残されていたところを救助してきました。家具の下敷きになって動けなくなっていたので医者に見せてもらえますか」
「かしこまりました!」
「俺たちは、他に残っている人がいないか、もう少し探してみます」
「はっ! よろしくお願いいたします」
騎士に敬礼を返して、レイラと一緒にボードに乗って崩落現場に戻った。
夕暮れが迫る時間まで捜索を続けたが、他に取り残されている人は発見できなかった。





