動力
アースドラゴンの咆哮が響くようになって、明らかにダンジョンの空気が変わった。
特に旧区画では、これから行われる討伐の話で持ち切りだ。
冒険者にとって、強力な魔物に戦いを挑むのは一種のステータスでもある。
俺がワイバーンを倒したことで名前を売ったように、強力な魔物の討伐で功績を残せば、周囲の冒険者から一目置かれるようになるだけでなく、割の良い依頼が舞い込むようになる。
つまり、強力な魔物の討伐に参加することは、冒険者にとってはプロモーション活動でもあるのだ。
これまで旧王都での大規模な討伐といえば、ダンジョン最下層の横穴の攻略だったが、ここは魔物の密度が高い上に、戦いにくい条件が揃っていたために攻略できずにいたのだが、強力な魔物が存在している訳ではない。
だが、アースドラゴンは掛け値無しの強敵だ。
ギルド職員のモッゾから資料をもらったが、四つ這い状態の上側の面は特に硬い鱗で覆われていて、刃物などは通らないらしい。
それなら腹側を狙えば良いと思うが、柔らかいといっても背中に比べればであって、一説によれば鉄製の鎧よりも硬いという話もあるそうだ。
その上、一般的な魔物よりも遥かに大きいので、筋肉も分厚く、なかなか急所まで攻撃が届かないらしい。
「研究熱心だな、ニャンゴ」
モッゾからもらった資料を読んでいると、通り掛かったセルージョが声を掛けて来た。
「うん、実物を見ていない状態で戦うのは不安だからね」
「確かにな、その資料を見る限りでは、ロックタートルよりも硬いと考えるべきだな」
「だよねぇ……セルージョなら何処を狙う?」
「俺か? そうだな……俺なら脇の下だな」
セルージョは資料に描かれたアースドラゴンの前脚の付け根を指差した。
「でも、狙いにくい場所だよね?」
「こう、踏み出した瞬間を斜め後方から狙うしかないだろうな」
「やっぱり、ここが一番柔らかいのかな?」
「どんなに硬い魔物でも、動く部分まで固めることはできねぇ。必ず刃が通る場所があるし、脇には腕に流すための太い血管が通っている。そいつを傷付けられれば大量出血させられる。どんな生き物だって血を失えば動けなくなるものさ」
「なるほど……」
普段はチャラいセルージョだけど、強敵との戦いとなれば表情が引き締まるし、百戦錬磨の冒険者の顔になる。
「なるほど……脇か……」
「何か思いついたか?」
「ううん、まだどうやって攻撃して良いか分からないけど、方向性は見えてきたかも」
「ほほう、そいつは頼もしいな」
「でも、今回の討伐は時間を掛けずに、確実に仕留めないといけないから難しいね」
「そうだな、手負いにして暴れられれば、とんでもない被害を招きかねないからな」
「そうなんだよねぇ、外だったら空から狙いを定めて砲撃で倒しちゃうのに……」
「ふははは……地上だったら簡単な相手ってか、アースドラゴンも形無しだな」
「いや、そんなつもりじゃないし、地上でも周りへの被害は考えなきゃいけないんだろうけど、地下でやるよりは遥かに楽だよね」
今回の討伐は、アースドラゴンという強敵に加えて、強力な攻撃が使いにくい地下という環境が加わっている。
ワイバーンを討伐した時みたいに、砲撃とか粉砕とかをバンバン使う訳にはいかないのだ。
「まぁ、備えておくのは悪いことじゃねぇ。ただし、これなら勝てると決めつけるなよ。駄目なら次の一手、それでも駄目なら逃げる道を残しておくぐらいに備えておけ」
「うん、そうするよ」
ダンジョン内部の見取り図も、穴が空くぐらい見続けて、何処に階段があって、何処の階段が封鎖されているのかも頭に入っている。
それでもダンジョン内部の様子は、前に通った冒険者の行動によって変化する。
魔物から逃げ切るために階段を落すとか、壁を壊すといったケースは珍しくない。
あるはずの階段が無い、無いはずの穴がある、そうした事態がダンジョンの恐ろしさでもあるのだ。
俺たち冒険者がピリピリし始めているのとは対照的に、学術調査のメンバーはいつもと変わらない。
アースドラゴンの咆哮が聞こえ始めた頃は、さすがに怯えているメンバーもいたようだが、とりあえず影響が無いと分かると調査への興味の方が勝ってしまったようだ。
今も通り掛かったモルガーナ准教授が、俺の姿を見つけると嬉々として歩み寄ってきた。
「見て下さい、エルメール卿、この魔導車の模型の精巧さを!」
「へぇ、ラジコンなのかな……」
「ラジ……何ですって?」
「いや、こっちの話……」
モルガーナ准教授が持って来たのは、無事な状態で保管されていた車のオモチャのようだ。
一部が透明なパッケージの中に遠隔操作用のプロポが同梱されていたから、ついラジコンなんて口走ってしまったのだ。
「もう開けてみたんですか?」
「いえ、これからですけど……」
「そうですか……たぶんですけど、遠隔操作で走るのかと……」
「えぇぇ……どうして分かるんですか?」
「えっ? そ、それは……そう、ここに魔力を充填する機器のマークが付いてるからです」
「あっ、本当だ。さすが、エルメール卿」
アースドラゴンの討伐に気を取られているせいか、ちょいちょいボロが出そうになっているみたいだから気を付けよう。
調査隊が使っているスペースで開封するというので、見せてもらうことにした。
「こっちは同じものみたいですけど、保管状態の悪いものです」
「見てもいい?」
「どうぞ、どうぞ」
やはり遠隔操作できるオモチャのようで、充魔器、基板などが詰め込まれていた。
「あれっ? 動力部は……えっ、これなのか?」
「どうされました、エルメール卿」
前世の頃に見たラジコンでは、車の後部にモーターが搭載されていてギアを介して後ろの車軸を駆動するのが一般的だったが、驚いたことにホイールに組み込まれているようだ。
「なるほど、ここに攪拌の……違う、攪拌の魔法陣じゃない!」
「エルメール卿?」
今、シュレンドル王国で走っている魔導車の動力には、攪拌の魔法陣を利用した動力が使われているが、オモチャの動力には全く別の魔法陣が使われていた。
「なんだこれ……魔法陣が刻まれたプレート二枚で、別の魔法陣が刻まれたプレートを挟んでるのか……」
「これは……凄い高級品みたいですね」
「いや、たぶん違う。こうした複雑な部品を大量に作れる技術があったんだと思う」
魔力を使ったモーターの外側には、薄っすらとだが印刷された品番が残っている。
映像用のディスクを回転させたり、電子レンジのターンテーブルを回したり……一般的に使われているモーターを流用しているのだろう。
モーターを分解して、使われている魔法陣をスマホのカメラで撮影しておいた。
魔法陣の形は勿論、魔導線が繋がれている場所も分かるように何枚かに分けて撮影した。
「これは磁力を発生する魔法陣なのかな……」
「エルメール卿?」
「まさかリニアモーター? 何か攻撃魔法に応用は……」
「エルメール卿!」
「えっ? あっ、ごめんなさい、つい夢中になっちゃって」
「エルメール卿、これは凄い発見ですよ」
「いや、たぶんこの程度の事は百科事典に載っていると思うよ。文字の解読が進めば、こうした技術は飛躍的に進むと思う」
「そうなんですか?」
「うん、たぶんね」
こうしたオモチャに使われているモーターに、企業秘密レベルの技術が使われているとは思えない。
基礎的な理論よりも複雑な構造になってはいるだろうが、解明できないレベルでは無いはずだ。
チャリオットが使っているスペースに戻って、早速モーターに使われている魔法陣を空属性魔法で再現してみたが……なかなか上手く回ってくれない。
「にゃにゃ? どこか魔法陣を間違えているのか?」
「何してるんだ、ニャンゴ」
「あっ、兄貴。うん、発掘されたオモチャに使われている動力を再現しようと思ってるんだけど、上手くいかないんだ」
「動力?」
「うん、車輪を回す仕組みなんだけどね」
「何に使うんだ?」
「何って……何かを回すため?」
「なんで俺に聞くんだよ」
現状、車輪を回す必要はないし、乗り物だったら風の魔法陣を使ったオフロードバイクとか飛行船とか、色々と手段はある。
「特別にこれに使うって決まっている訳じゃないけど、できることが増えれば何かの時に応用が利くからね」
「できることが増えるか……そうか、それは大事だな」
「まぁ、上手くいってから何に使うか考えるよ」
兄貴と話し終えた後で見直してみたら、挟みこむ側の魔法陣の向きが逆になっていた。
向きを直して作り直すと、挟み込んだ中央の円盤が滑らかに回転を始めた。
「おっ、結構速い?」
空属性魔法で作った円盤だから目には見えないが、シューっと円盤が回転する音がしている。
どのぐらいの勢いで回っているのか確かめるために、空属性魔法で棒を作って回転している円盤に触れてみると、あっさり止まってしまった。
棒を離すとまた滑らかに回り始めるが、棒で少し触れただけでも止まってしまう。
「俺の設定が悪いのか、それとも元々トルクが無いのかな?」
サイズや厚さ、圧縮率などを色々と変更して試してみると、トルクとか回転速度とかが違ってくるのが分かった。
「これって、工作技術にもよるんだろうけど、高速仕様の魔導車の動力に使えるんじゃないかな」
現在使われている攪拌の魔法陣を使った動力に比べると、かなり構造が複雑になりそうだし、実物を作るとなると潤滑などの問題も発生するだろう。
それに、魔力の消費度合いも違って来る可能性がある。
「自分で魔力を供給するバイクみたいな乗り物には使えそうな気もするな」
自分の魔力を使うなら、魔石を購入する必要も無いし、馬のように使わない時にも餌を与える必要はない。
「暴走族……じゃなくて珍走団とか現れたりするのかなぁ……あと交通事故とか増えるかもなぁ……」
今日の検証で分かった事は、後で紙に書き出してモルガーナ准教授に渡すとしよう。
ついでに、関係各所への報告もお願いしちゃおう。





