討伐に傾く
「ふみゃぁぁぁ!」
ベースキャンプで眠っていたら、突然突き上げるような大きな揺れで起こされた。
「グォォォォォ……」
アースドラゴンの咆哮が遠くから響いてきて、天井からはバラバラと埃が落ちて来る。
「ニャ、ニャンゴ、く、崩れる……」
「大丈夫だから、落ち着け、兄貴!」
一緒に眠っていた兄貴がブルブル震えながらしがみついて来た。
兄貴には大丈夫だと言ったけれど、ぶっちゃけ内心は不安で一杯だ。
アースドラゴンがメチャクチャに暴れ回ってダンジョンが崩壊したら、新区画だって無事とは限らない。
「グォォォォォ……」
またアースドラゴンの咆哮が響いてきたが、幸い揺れは収まっているようだ。
ベースキャンプで眠っていたチャリオットのメンバーや調査隊の人達も起き出して、あちこちで明かりが灯された。
「くそぉ、安眠妨害もいいところだぜ」
セルージョがバリバリと頭を掻きながら不満を漏らすと、他のメンバーも同意するように頷いた。
「こいつは、本格的に討伐を考えることになるかもしれないな」
「よせやい、ライオス。相手は竜種だぜ」
「だが、このまま放置して暴れ回られたら、本当にダンジョンが崩壊しかねんぞ」
「そりゃそうだけどよぉ……」
セルージョとライオスは、顔を見合わせた後で俺に視線を向けてきた。
「えっ、俺……?」
「うちのパーティー……いや、旧王都の冒険者で最大の火力はニャンゴだろう」
ライオスの言葉にセルージョも頷いた後で懸念を付け足した。
「ニャンゴの火力はワイバーンの討伐で証明済みだが、あの砲撃をダンジョンの内部でぶっ放して大丈夫かどうかが問題だ」
最大パワーで魔銃の魔法陣を展開すれば、ワイバーンだろうとロックタートルだろうとぶち抜けたけど、問題は貫通した後の弾がどうなるかだ。
ワイバーンの時には、背後の雪原が爆散していた。
同じ威力で撃ち出したら、俺の攻撃が原因でダンジョンの崩壊を招いてしまうかもしれない。
かと言って中途半端な威力で撃って、仕留めきれずに怒ったアースドラゴンがメチャクチャに暴れたら、それこそダンジョン崩壊一直線だ。
「ニャンゴ、魔銃以外の方法でアースドラゴンを討伐できないのか?」
「あとは、粉砕の魔法陣か、雷の魔法陣を使うしかないかなぁ……」
粉砕の魔法陣ならば、その場で発動するから魔銃の弾ほど他への影響は及ぼさないだろうが、ダンジョンが密閉空間であることを考えると、やっぱり危険は伴うだろう。
雷の魔法陣は、魔銃や粉砕の魔法陣ほど周囲に影響を及ぼさないが、威力という面で不安がある。
魔銃や粉砕の魔法陣のように、目に見えるダメージは残らないので、死んでいるのか気を失っているだけか判別がつけにくい。
「あれはどうなんだ? ブロンズウルフに止めを刺した魔法は?」
「あっ、そうか……雷の魔法陣で動きを止めて、フレイムランスで止めを刺せば良いのか」
アースドラゴンは、ワイバーンのように空を飛ぶ訳ではないので、フレイムランスを当てるチャンスはありそうだ。
「ライオスよぉ、ニャンゴがあっさり討伐しちまいそうだぜ」
「だが相手は竜種だ、そう簡単に倒されてくれるとは限らんだろう」
「討伐に向かうならばギルドが中心となって、可能な限りの冒険者を集めるしかないだろうな」
セルージョとライオスは、ワイバーンの時のように多くの冒険者を集めて討伐を行うと想定しているようだ。
「でも俺の攻撃で仕留めるなら、他の冒険者は要らないんじゃない?」
実際、ワイバーンの討伐の時も、カバーネに現れた大蛇ヴェルデクーレブラを討伐した時も、多くの冒険者が集まり、多くの命が失われた。
あんなに犠牲を出すぐらいなら、俺が一人で行って片付けた方が良い。
「駄目に決まってんだろう。ただでさえニャンゴは目立ってるんだ、他の連中にチャンスも与えずに竜殺しの称号まで手に入れれば恨まれちまうぞ」
「でも、人が増えれば、それだけ犠牲も増えちゃうよ」
「だろうな、だが冒険者の生き死には本人次第だ。名を上げるにはリスクを冒す必要があるし、自分の実力、進退を見極められない奴は、遅かれ早かれ命を落とすもんさ」
俺も冒険者として様々な討伐の現場に立ち会ったから、セルージョの言うことも良く分かるけど、それでも極力犠牲は少なくしたい。
「セルージョも、ニャンゴも、その辺にして眠った方が良いぞ。まだ討伐に動くと決まった訳ではないし、フォークスが心配しとる」
さっきまで俺の隣りにいた兄貴は、いつの間にかガドの腕の中に収まっていた。
「ニャンゴ、一人で討伐に向かうなんて駄目だからなあ」
「分かってる。まだギルドから話も来ていないから心配すんな」
「一人は絶対駄目だからな」
「分かったよ。一人じゃ行かない、約束する」
どのみち俺一人では行かせてもらえそうもないし、行かないと断言したけど兄貴は不安そうな顔をしている。
兄貴もワイバーンの討伐に同行して、多くの冒険者が犠牲になったのは知っているからだろう。
アースドラゴンのせいで中途半端な時間に起こされてしまったが、そのまま起きてしまうには少々早すぎるので二度寝することにした。
厚手の毛布に包まって丸くなりながら、実際にどうやってアースドラゴンを倒すかシミュレーションしてみる。
基本的な流れは雷の魔法陣で足止めして、フレイムランスで止めを刺すという感じだが、問題が無い訳ではない。
そもそもアースドラゴンの実物を見ていないし、雷の魔法陣がどの程度効果があるか未知数だ。
空は飛ばないけれど、巨体のくせに恐ろしく速く動く。
袋小路のような場所に追い詰められたら、突っ込んで来られただけで潰されてしまうだろう。
「討伐を試みるなら、逃げ場を確保できる場所で待ち伏せするしかないかな……」
明かりの魔法陣を使えば、比較的容易にアースドラゴンをおびき寄せることは出来る。
あとは攻撃が通るか、通ったとして暴れさせずに一気に仕留められるかだろう。
一撃で脳を破壊するか、首を切り落として神経を切断するのが理想だろう。
ブロンズウルフを討伐した時には、フレイムランスで止めを刺すまでにダメージを蓄積させて動きを鈍らせておいた。
仮に全くダメージが無い状態だったら、フレイムランスの熱気を感じたブロンズウルフは反射的に回避していたかもしれない。
ブロンズウルフよりも更に体の大きいアースドラゴンの場合、フレイムランスが急所に到達するまでに時間が掛かりそうだ。
手傷を負わせたけれど止めを刺せない、最悪の事態となってしまうかもしれない。
「雷の魔法陣、効いてくれるかなぁ……」
生物である限り電気は通ると思うが、体の表面だけを流れてダメージが通らないとか、静電気程度にしか感じなかったら動きを止められない。
「ここで考えてても無駄か、やってみないと分からないもんな」
どこで、どのくらいの人数で討伐を行うかも分からない状態では、これ以上考えても意味が無いように思えたので、シミュレーションを中断して眠ることにした。
二度寝を終えて、調査隊と一緒に朝食を食べていると、ギルドの職員モッゾが訪ねてきた。
用件は言うまでもなくアースドラゴンについてだ。
「皆さんご存じの通り、またアースドラゴンが最下層の天井を破壊したようです。昨日、エルメール卿に調査していただいた所のように、柱に損傷が無ければ良いのですが、もし柱まで破壊するようになれば崩壊の危険性が高まります」
「ギルドの方針は?」
ライオスの問い掛けに、モッゾは表情を引き締めて一度深呼吸をしてから話し始めた。
「可能であれば討伐、無理ならば最下層の横穴に追い返す方針です」
「いや、追い返すとか無理だろう。それが出来るぐらいなら討伐出来るんじゃね?」
セルージョの意見はもっともだ。
討伐できないような相手を思い通りに行動させる方が難易度は高い気がする。
「ですが、アースドラゴンは光に寄って来る性質があるようですから……」
言葉を切ったモッゾは、視線をセルージョから俺に向けた。
「エルメール卿の魔法で、横穴へおびき寄せられませんか?」
「確かに、上手く食い付いてくれれば誘導出来るかもしれない」
「今後の懸念を考えれば討伐してしまうのが一番良いのですが、駄目だった時の備えも残しておきたいのです」
確かに、備えがあるのと無いのとでは安心感が違う気もするが……それでも駄目だったらどうするのだろうか。
「とりあえず、ギルドとしては討伐するために準備を進めます。作戦の骨子が固まったら、またご相談させていただきます」
チャリオットの協力を取り付けると、モッゾは足早に帰っていった。
これから他のパーティーにも参加の意思確認をして、作戦を立案したり、更に冒険者の参加を募るのだろう。
モッゾが帰った後で、セルージョがぼそっと呟いた。
「ギルドが金に目が眩んでねぇといいけどな」
「どういう意味?」
「竜種ともなれば、討伐出来れば素材は宝の山だ。皮、牙、爪、骨、肉や内臓、捨てるところなんか無いんだぜ」
「それじゃあ、アースドラゴンの素材を得るために、まずは討伐を試みて、駄目なら追い払うってこと?」
「さぁな、ダンジョンの安全を第一に考えて討伐を選択したのかもしれねぇし、被害度外視の討伐作戦なんかを出して来たら引っくり返してやるだけだ」
ギルドの意図までは俺達には分からないから、討伐の計画が出来上がってくるのを待つしかなさそうだ。





