脱出への道筋
「ヘリング、こっちも駄目だ!」
「分かった、降りて来てくれ。次だ、急ごう!」
階段を登って上の階を確かめに行った冒険者は、後ろから襲われないように後退りしながら戻ってきた。
二ヶ所のスロープを封鎖し終えた俺達は、帰還ルートを探して北へ向かっているが、どこもヨロイムカデの大群に塞がれてしまっている。
今いる場所は、地上に通じている高層ビルの一番下の外側だ。
ビルの基礎を担っている壁に通路が設けられていて、そこを抜けた先が高層ビルの内部になる。
「ヘリング、戻った方が良いんじゃないのか?」
「駄目だ、アースドラゴンが戻ってきた。今、東側に戻るのは危険すぎる」
アースドラゴンは、空属性魔法の明かりの魔法陣とレッサードラゴンを使ってダンジョン最下層の北西に誘き寄せたが、現在は東側まで戻っている。
まだゆっくりとした動きで、俺達の存在には気付いていないようだが、一度獲物として認識すれば恐ろしい速度で迫ってくるはずだ。
ギルドの職員ヘリングの指示に従ってルートを探っていた冒険者の頭上で、空属性魔法のシールドがカツーンと音を立てた。
「雷!」
天井の隅からこちらを狙っていたフキヤグモを雷の魔法陣をぶつけて感電死させる。
「上にも注意してください」
「ありがとうございます、エルメール卿。くそっ、ヘリング、この先の通路にもうじゃうじゃいやがるぞ」
「右だ、右に少し行ったところに北に向かう別の通路がある」
「了解」
前衛には二人の冒険者が並び、盾と剣を構えて進んでいる。
今のところは、俺の作った明かりの魔法陣によって周囲を照らしているが、アースドラゴンの動き次第では使えなくなる。
「ちくしょう、こっちも駄目だぞ、ヘリング」
「仕方ない、もう一つ右……」
「グォォォォォ……」
ヘリングの指示を遮るようにアースドラゴンの咆哮が響いてくる。
東側の大いなる空洞と呼ばれている部分には、探知ビットを残してきた。
探知する対象をアースドラゴンに限定しているので、設置する間隔を広く取っているから使用する魔力は少なくて済んでいる。
その探知ビットは、アースドラゴンが東側を北から南へと移動していると知らせてきていた。
「どうするんだ、ヘリング」
「ちょっと待ってくれ……エルメール卿、アースドラゴンの動きを追えますか?」
「大雑把で良ければ今も追い掛けてますよ。ちょうど真東にいますよね」
「申し訳ございませんが、暫くアースドラゴンの監視をお願いします。私は、どこまでヨロイムカデの大群がいるのか探知して、一番薄い場所を探ります」
「了解です」
「みんな、こっちに固まっていてくれ」
ヘリングは前衛の二人を連れて通路ギリギリまで近付き、ヨロイムカデの居場所を探知し始めた。
その間、俺達は固まって待つしかないのだが、今いる場所はアースドラゴンが近付いてこられる場所だ。
アースドラゴンから逃げ切るには、細い通路を抜けるか手前にあった階段を上がるしかないが、そこにはヨロイムカデの群れがいる。
ヨロイムカデならば倒すことも可能だが、通路の奥まで入り込んだところで、周りから一斉に襲って来られたら全員を守りきれる自信は無い。
俺達が新区画を発見する以前、ダンジョンに残されていたのは最下層の更に下にある横穴だけだった。
その横穴へは、総勢百人になる合同パーティーが攻略に挑んだが跳ね返されている。
ヘリングが探っている通路の先は、その横穴のような状態になっている気がする。
おそらくだが、アースドラゴンは最下層の下にある横穴を通ってダンジョンに出て来たのだろう。
その際に、横穴の中に生息していたヨロイムカデやレッサードラゴンが押し出される形でダンジョンに溢れ、その後で西側の区画に追いやられて来たのだろう。
「くそっ、一体何処にこんな数のヨロイムカデがいやがったんだ、床も階段もビッシリじゃないか」
「ヘリング、シビレアザミの汁はもう無いのか?」
「封鎖したスロープの周囲に撒いてしまった。もう手元には無い」
「どうすんだよ。あの中を突っ切れとか言うんじゃねぇだろうな!」
「ちょっと待ってくれ、今考えて……」
「グォォォォォ……」
声を荒げていた二人も、アースドラゴンの咆哮を聞いて黙り込んだ。
「へリングさん、アースドラゴンの動きが早まった。大きな声は出さない方が……」
「グォォォォォ……」
ダンジョンの東側を北から南へ向かって、ゆっくりと移動を続けていたアースドラゴンが足を速めていた。
もうすぐ南東の角に到達しようとしている。
「明かりを減らします」
アースドラゴンが光に反応しているのは実験済みだから、煌々と明かりを灯している訳にはいかない。
周囲をどうにか認識出来る程度まで、明かりの魔法陣の数を減らした。
「ヘリングさん、一番階段に近い通路はどこですか?」
「その先の通路を抜けると、すぐ左手に階段があるのですが、そこもヨロイムカデで埋まっています」
「階段も……ですか?」
「はい、階段にもいます」
「その先は?」
「上の階も埋まっています」
「その上はどうです?」
「いや、そこまでは探知してませんが……」
「とりあえず、その通路の先まで俺がヨロイムカデを排除します」
「しかし、中に入ったとしても……」
「グォォォォォ……」
ヘリングの言葉を遮ったアースドラゴンの咆哮は先程よりも大きくなり、残された時間が多くないと告げていた。
アースドラゴンは既に南東の角を曲がり込み、西に向かって速度を上げて進んで来ている。
「分かりました。お願いします、エルメール卿」
「それじゃあ、何人か力を貸してください」
ヨロイムカデで埋まっている通路の断面と同じ形の壁を空属性魔法で作り、それを台車に取り付けた。
封鎖作業に参加している冒険者を四人集めて、台車を押してもらう。
この方が、俺が魔法を使って押すよりもパワーがあるはずだ。
「ここに棒が付いてますから、そこを持って押してもらえますか」
「任せてくだせぇ!」
「隙間から小さいのが抜け出してくるかもしれないので、ゆっくりお願いします」
壁の向こう側には、ブルドーザーのようなアールを付けておいた。
床に溜まっているヨロイムカデを引き剥がし、ひっくり返しながらジリジリと壁は進んでいく。
空属性魔法で作った透明な壁なので、ヨロイムカデが腹を見せてガサガサと動く姿が丸見えで気持ち悪い。
「エルメール卿、こいつの強度は大丈夫なんですよね?」
「一応、大丈夫なようには作ってあります。それに、壊れたら壁だけでも瞬時に作り直すから安心してください」
「分かりました、それを聞いて安心しました」
まぁ、初めて見た人からすれば、空属性魔法で作った品物なんて信用が出来ないだろうし、何より何も存在していないように見えるのだから心配なのは当然だ。
空属性魔法の壁を使ったヨロイムカデ除去作戦は、順調に進んでいくかと思われたのだが、通路の三分の二を超えた辺りで行き詰まってしまった。
押し込んだヨロイムカデが積み重なって、天井までの高さの半分を越えてしまった。
「エルメール卿、進まねぇっす」
床や壁との隙間に、ヨロイムカデの脚や小さな個体が挟まって、押し込む壁の動きを阻害していた。
「仕方ない、一度吹き飛ばしましょう。ヘリングさん、粉砕の魔法陣を使います。大きな音が出るので、たぶんアースドラゴンに気付かれると思うので、全員で一気に通路の先まで逃げ込む準備をしておいて下さい」
「了解しました」
押し込んで来た壁を一旦解除して、粉砕の魔法陣を使って積み上がったヨロイムカデを吹き飛ばす。
その直後に壁を作り、一気に押し込んで通路の先まで抜けるつもりだ。
分厚い基礎の壁ならば、アースドラゴンであっても壊せないだろう。
ただし、通路を抜けた先にもヨロイムカデが群れている。
新区画の発掘現場まで戻るには、そいつらを排除して階段まで辿り着き、その先も排除しながら進まなければならない。
だが迷っている時間は無い、アースドラゴンは最下層の真南を通り過ぎて、こちらへと近付いてきている。
「大きな音がするから耳を塞いでいて、いくよ、粉砕!」
こちら側には頑丈な壁を設置して粉砕の魔法陣を発動させると、ドーンという轟音とともに積み重なっていたヨロイムカデが吹き飛んだ。
すかさず押し込むための壁を作り上げる。
「おっそろしい威力だ。ヨロイムカデが跡形も無いぞ」
「これが不落の魔砲使いか……」
「さぁ、今のうちに押し込みますよ、急いで!」
「分かりやした!」
粉砕の魔法陣の効果で、通路にいたヨロイムカデは殆ど吹き飛んでしまっていた。
通路の端まで壁を押し込んで、その先に明かりの魔法陣を灯してみると、床いっぱいにヨロイムカデが蠢いていた。
粉砕の魔法陣の音と衝撃に驚いて、一斉に動き出したようだ。
ガサガサという足音と、床自体が波打つような光景は吐き気を催すほど気持ち悪い。
しかも、あの中に入り込んでしまえば、奴らの餌にされてしまうのだ。
それでも、突っ切って進むしか戻る方法は無い。
しかも、ここから先は俺の魔法で進めるしかない。
新たな壁を作って、左側の壁に沿って階段に向かって押し込んでいく。
押し込んでヨロイムカデがいなくなった所に新たに壁を築いて、安全地帯を確保していく。
「エルメール卿、急いで下さい。アースドラゴンが迫ってきます」
「全員通路に入って! こっちに何とか場所を確保しました」
冒険者達が通路に駆けこんでくる足音の向こうから、アースドラゴンの咆哮が響いてくる。
「グォォォォォ!」
壁に反射してではなく、直接叩き付けられるような音圧に背筋が冷たくなる。
「こっちです。なるべく壁際に寄って」
「全員、明かりを消せ! 音を立てるなよ!」
ヘリングの指示で全員が魔道具の明かりを消し、その場で黙り込んだ。
「グォォォォォ!」
ヨロイムカデに向かって壁を築いているので、通路を通った咆哮は俺達の所でこもる形になり、余計に大きく聞こえる。
ドス、ドス、ドス……と重たい足音が近付いてきて、不意に止まった。
「グルゥゥゥゥ……」
アースドラゴンが喉を鳴らす音が響いてきた。
通路のすぐ向こう側にいるようで、息遣いすら伝わって来る。
ゴクリと唾を飲み込んだ音が、思っていたより大きく聞こえてドキリとしてしまった。
明かりを消した暗闇で、全員が息を殺し、動きを止めて、ひたすらアースドラゴンが離れていくのを待ち続けた。
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