スロープ封鎖作業
ダンジョンの最下層は、上から眺めるとコの字型をしている。
中央部分は吹き抜け構造になっていたと思われるが、今は土に埋もれてしまっている。
西側の部分は地上へと通じる高層ビルの部分で、エレベーターシャフトとか避難用のベースが築かれているので見通しが利かないし、アースドラゴンが通り抜けられる場所も無い。
現状、コの字の左上にアースドラゴンがいて、俺達は右下にいる感じだ。
地下なので、ある程度の音は響いてしまうだろうが、アースドラゴンが俺達の所まで来るには相応の時間が掛かるはずだ。
「よし、みんな始めてくれ」
ヘリングの合図と同時に、集まっていた土属性の冒険者達は一斉に作業を開始した。
アースドラゴンの監視をヘリングに任せて、俺も明かりの魔法陣を灯して作業を支援する。
冒険者達は、かつて吹き抜けだったと思われる部分に積もった土を魔法で大きな円盤にして、それをスロープの登り口へと転がし始めた。
円盤の直径は三メートル程度、厚みも二メートルぐらいあって、まるでロードローラーのタイヤみたいだ。
うっかり下敷きになったら、俺なんかペシャンコに潰されてしまうだろう。
スロープの登り口から土のある場所までは、三百メートルほどの距離がある。
何度も往復していては、時間が掛かり過ぎるという計算なのだろう。
集まった冒険者達は、最初に全員で土を取りに向かったが、戻って来たのは五人だけだった。
残りの者達は、五人が円盤を形成し、十人がバケツリレーのように円盤を転がして運搬する役割を担った。
そして、必要な量の土を取り出し終えたら、全員が戻ってきてスロープの登り口を塞ぐ作業に取り掛かった。
「アースドラゴンは動きを止めている。今のうちにガンガン作業を進めてくれ」
どうやらレッサードラゴンを腹に収めたアースドラゴンは、満足して眠りに就いたらしい。
俺達にとっては、これ以上ない好条件だ。
ヘリングの言葉を聞いて、更に冒険者達のペースが上がる。
魔法を使った作業なので、前世日本で見た道路工事のような大きな騒音はしないが、それでも無音という訳にはいかない。
アースドラゴンが動き回っている状態では、極力音を抑えて作業する必要があるが、ダンジョンの真反対で動きを止めているならば、少々音が大きくなっても大丈夫だろう。
騒音に対する心配をしなくて良い分だけペースを上げて作業を進められる訳だ。
「凄いわね、これだけのペースで作業を進められるところを見ると、選りすぐりの冒険者を集めたようね」
レイラが感心するだけあって、本当に冒険者達の作業は早い。
封鎖に使うのに十分な土を切り出し終えると、円盤の製作や運搬を担当していた者達も壁を作る作業に加わり、更に速度が上がった。
スロープの登り口は、幅十メートル、高さが四メートル程だが、そこに厚さ二メートル程の壁を築くのに一時間も掛からなかった。
「脇にある階段も落としてくれ」
俺達が降りてきた階段も、降り口を塞いだ後で壊してしまった。
シビレアザミの汁を封鎖したスロープの登り口付近に撒いたら、東側の作業は終了だ。
「よし、移動しよう」
ヘリングの指示で、最下層を西に向かって移動する。
「エルメール卿、明かりをお願いできますか?」
「了解です」
西側のスロープの登り口へは、封鎖用の土を切り出しながら向かうことにした。
登り口の大きさは東側と同じなので、必要な土の量も分かっている。
バンバン土を切り出して円盤に固め、それを転がしながら西へ西へと移動した。
一度の切り出しで終えられるように、円盤は厚みを倍の四メートル程に増やしている。
途中、ヨロイムカデが飛び出して来たのだが、プチっと円盤の下敷きになって潰れてしまった。
「エルメール卿、気をつけてくださいよ」
「いやいや、ヘリングさんだって下敷きになったら潰されますよ」
「それも、そうですね……」
土属性魔法が使えるからなのか、それとも身体強化魔法を使っているのか分からないが、冒険者たちは軽々と円盤を転がしている。
この分なら、西側もパパっと封鎖して終わりだろうと思っていたのだが、先頭を進んでいた冒険者が円盤を手放して駆け戻ってきた。
「ヤバいぞ、ヘリング。ヨロイムカデが、うじゃうじゃいやがる」
「なんだと、そんな話は聞いてないぞ」
後に続いていた者も、スロープの登り口目掛けて円盤を転がして、足早に戻って来る。
「どうすんだ、あれじゃ作業出来ないぞ」
転がされた円盤によって何匹ものヨロイムカデが潰されているし、その向こう側からはガサゴソと何かが這い回る音が聞こえて来る。
「アースドラゴンに追われて、こっちに逃げ込んで来たんじゃない?」
たぶんレイラの推察は当たっているのだろう。
もしかすると、最下層の更に下の横穴から、アースドラゴンに押し出されるようにしてダンジョンに溢れてきたのかもしれない。
「ヘリングさん、俺が作業が出来る所まで押し込んで、戻って来られないように空属性魔法の壁で封鎖します」
「お願い出来ますか」
「やってみます」
ヨロイムカデはフキヤグモのような飛び道具は持っていないし、基本的に地上を移動する魔物なので、空属性魔法のボードに乗って空中から攻撃を仕掛ける。
一番使い勝手が良いのは雷の魔法陣だが、感電して完全に死んでいるのか、それとも一時的に動けなくなっているのかの見極めが難しい。
完全に死んでいないで、スロープの封鎖作業を始めた頃に動き出すと困るので、今回はフレイムランスを小型化した高圧バーナーで頭を焼き切ることにした。
下向きにした高温高圧のバーナーが、うじゃうじゃいるヨロイムカデを撫で斬りにしていく。
頭を切り落とされた胴体が、ウネウネと動き続けていたが、すぐに動かなくなった。
討伐作業をしながら空属性魔法の壁を作って、ヨロイムカデを死骸ごとスロープの内部へと押し込んで行く。
スロープの登り口を封鎖して、更に五メートルほど奥まで押し込むのにニ十分程を要した。
「ヘリングさん、今のうちにお願いします」
「了解しました。みんな一気に進めてくれ」
ヘリングの合図で、冒険者達が一斉に封鎖作業に取り掛かる。
転がしてきた円盤が崩され、土の壁へと変化していく。
東側の封鎖作業と違って、既に材料となる土は準備できているので更に作業時間は短くて済んだ。
スロープの登り口が天井まで土で覆われると、集まった冒険者たちが入念に硬化させていく。
「ヘリングさん、アースドラゴン相手に、厚さ二メートルの壁で大丈夫でしょうか?」
「強度に関しては、後で補強を行いますから大丈夫ですよ」
今日の作業は、とりあえずスロープにアースドラゴンが入り込むのを防ぐための措置で、この後上から土を運び込んで完全にスロープを埋めてしまうらしい。
「一番下が埋められていれば、上から土の玉を転がしておとして、下で崩してドンドン埋めてしまえばアースドラゴンでも掘り返せないでしょう」
スロープさえ埋めてしまえば、アースドラゴンが通り抜けて来られるサイズの穴は無いらしい。
ただし、アースドラゴンが立ち上がれば、上の階に頭が突き出る。
床や壁を破壊しながら上を目指して来られたら、現状は打つ手が無いらしい。
「ヘリング、終わったぞ」
「よし、撤収しよう」
西側のスロープの登り口は、作業開始から三十分ほどで封鎖された。
後は発掘が行われている階層まで戻るだけだと思った時に、アースドラゴンの咆哮が響いてきた。
「グォォォォォ……」
どうやら食休みを終えて動き出したようだ。
ここまで来るには、ダンジョンをグルっと回って来ないといけないが、アースドラゴンの巨体ならば、俺達が想像するよりも早く到着する可能性も捨てきれない。
「急いで撤収しましょう」
西側のスロープの登り口は東側と対になる形で、スロープの壁面に沿って階段が設置されている。
ここから上の階層へと上がり、そのまま新区画の発掘が行われている階層まで向かう予定だったのだが……。
「ヘリング、こっちにもヨロイムカデが群れてやがるぞ」
先頭を務めていた冒険者が、階段を上がりきったところから引き返して来た。
上のフロアもヨロイムカデで埋まっているらしい。
「グォォォォォ……」
またアースドラゴンの咆哮が響いて来たが、さっきよりも近付いているような気がする。
「ヘリングさん、別ルートは無いんですか?」
「あります、北に向かいながら、階段を確かめていきましょう」
スロープ脇の階段は落してしまい、俺達は別のルートからの帰還を目指すことにした。





