誘導
新区画の発掘が行われている階層が、ダンジョンが埋まる以前の地上一階にあたる。
スロープは北側中央にある連絡通路から、ダンジョンの外周をグルっと回る形で設置され、南側で最下層まで辿り着く。
途中、東西南北の四ヶ所には、バス停らしき車寄せも設置されている。
ダンジョンの大きさは、東西に約二キロ、南北はその三分の一ほどの大きさがあり、最下層には地下鉄が通っているので、それなりに利用者もいたのだろう。
スロープは馬車がすれ違える程の道幅に作ってあるが、たぶん一方通行だったと思う。
どちらかが下り専用で、逆は上り専用になっていたはずだ。
俺達が向かっているのはダンジョン最下層の南側、二ヶ所のスロープを下りきった地点で、ここを封鎖してアースドラゴンが上の階層に向かうのを阻止する。
とは言っても、アースドラゴンが壁を壊して侵入してきたら防ぎようがないと思うのだが、そこまで考えてしまうと何も出来なくなってしまうだろう。
ギルドとしては、出来る措置は全て講じて、新区画によって復活したダンジョンの賑わいを何としても守りたいようだ。
勿論、まだ最初に発見した建物さえ発掘途中の俺達も、ギルドの措置には賛成だ。
「エルメール卿、ここから最下層へ向けて階段を降ります。先行する明かりは、ここまでで結構です」
「えっ、明るい方がフキヤグモとかは発見しやすいと思いますけど……」
「そうなんですが、どうやらアースドラゴンは明かりに寄って来る習性があるらしいのです」
スロープ封鎖を目指す一団のまとめ役ヘリングの話によると、咆哮の調査に向かった一団に対して、アースドラゴンの方から近付いてきたそうだ。
そこは最下層の大空洞の見通しの利く所だったそうで、調査隊が明かりを消しても近付いて来たらしいが、近くまで来た時点で目標を見失ったらしくキョロキョロしていたそうだ。
「それじゃあ、まともに作業が出来ないのでは?」
「手元を明るく照らして……という訳にはいかないので、明かりの魔道具には傘を付けて、極力アースドラゴンの方から見えないようにして作業を進めるつもりです」
魔物から身を守る際、視覚による情報に頼る冒険者にとっては、好ましい状況とは言い難い。
それに、周囲の状況が見えないと作業自体進められないだろう。
「はい、なのでスロープの登り口に辿り着いたら、魔物除けを撒き散らしてから作業を始める予定です」
「アースドラゴンの接近が止まらない場合には俺の出番、それでも駄目なら撤退ですね?」
「はい、そうなります」
ヘリングは俺と話をしながら、階段にも魔物除けを撒いている。
どれほどの効果があるのか分からないが、撤退に備えて少しでも安全な経路を確保するためらしい。
「ねぇ、ちょっといい?」
「どうしたの、レイラ」
俺とヘリングの話が途切れたタイミングで、レイラが声を掛けて来た。
「アースドラゴンは、追い払うんじゃなくて、誘き寄せた方が良いんじゃない?」
「えぇぇ、誘き寄せちゃったら作業が出来なくなっちゃうよ」
「それは、私たちのいるところに誘き寄せたら……でしょ?」
「あっ、そうか……俺達がいない場所、スロープの登り口とは離れた場所に誘導すれば良いのか」
アースドラゴンに光に引き寄せられる習性があるならば、光を使えば誘き寄せられるかもしれない。
「ですが、エルメール卿、誰が囮になるのですか? ちょっと危険すぎるのでは?」
「いいえ、誰も囮になる必要なんかありませんよ。さっきの明かりをもっと遠くに灯せば良いだけです」
「あっ、なるほど……エルメール卿の魔法を使えば良いのですね」
空属性魔法で作る明かりの魔法陣は、どこでも自由に設置できる。
作業しているスロープの登り口が見えにくい場所にアースドラゴンを誘導出来れば、明かりを灯して作業できる。
「それには、アースドラゴンの居場所を特定しないと駄目ね」
「とにかく、最下層まで降りてみてだね」
俺達が降りているのは、ダンジョンの南東にある階段だ。
階段を下りきった所が、東側のスロープの登り口になる。
最下層から一つ上の階層まで下ったところで、またアースドラゴンの咆哮が響いてきた。
「グォォォォォ……」
一階下の階層から響いてくるので、アースドラゴンがすぐ近くにいるように感じる。
「そこで止まってくれ」
最下層へと降りる階段の手前で、へリングが前衛の二人を止めて前に出た。
「この先は、周囲が見渡せるように壁が無くなる。アースドラゴンの位置を確認してから進む」
この下は最下層の大きな空間で、階段はスロープの壁に沿って設置されている。
スロープと逆側は手すり程度の壁しかないので、最下層側から明かりが丸見えになってしまうのだ。
へリングは風属性の探知魔法を使って、慎重にアースドラゴンの位置を探っていく。
その最中にも咆哮が響いてきて、封鎖作業を進めるために集まった冒険者達は気配を消すように押し黙っていた。
「いた……北側だ」
ヘリングに続いて、俺も空属性魔法の探知ビットで探ってみると、スロープの登り口から北に六百メートルほど離れた場所に大きな生き物がいた。
背中は岩かと思うほどゴツゴツしているが、ゆっくりと動いているので生き物なのは間違いない。
「こんなに大きいのか……」
まるで大型のトレーラーに手足を付けたようで、レッサードラゴンが二口で食われたという話も納得の大きさだ。
「この位置だと、明かりを灯して作業したら丸見えですね」
「エルメール卿、さきほどの誘き寄せる作戦を試してみてくれませんか?」
「どの辺りに誘導すれば良いですか?」
「この辺りまで誘き出してもらえれば、こちらの作業は見えなくなります」
ダンジョンの中央付近は吹き抜けの構造になっていて、降り積もった火山灰と思われる土で埋まっている。
その北側にアースドラゴンを誘導してしまえば、土の壁が邪魔になって作業場の明かりは見えなくなるという訳だ。
「かなり距離がありますけど、ちょっと試してみましょう」
「お願いします」
光を使って誘き出す作戦は、ワイバーンの討伐の時にも使った方法だ。
ただし、ここからは距離が離れているので、上手くいくかどうか分からない。
「じゃあ始めますね。ヘリングさんはアースドラゴンの動きを探っていてください」
「分かりました」
アースドラゴンのいる場所から、更に北側に百メートルほど離れた場所に空属性魔法で明かりの魔法陣を発動させた。
チカッ、チカッ、チカッ……と点滅させた後、フワフワと揺らしながら北側へと移動させていく。
「動いた……北に動き始めました。エルメール卿、そのまま……」
距離が離れているし、俺のいる場所からは全く見えない状況で操作しているから集中力を要求される。
途中、柱や天井に当たったように感じる度に軌道を修正して、意図した形とは違うものの明かりの魔法陣を北へ北へと移動させます。
「速度が上がりました」
「あっ!」
「どうされました、エルメール卿」
「魔法陣が壊された」
「アースドラゴンに食われたのかもしれませんね」
ヘリングの言う通り、おそらくアースドラゴンに噛み砕かれたのだろう。
それでも、かなり北側に移動させられた気がする。
「今、どの辺りにいます?」
「そうですね、この辺だと思いますから、もう少し北に誘き出して、そこから一気に西に誘導しましょう」
「分かりました、やってみましょう」
地形を把握するために探知ビットを動かしながら、更に北側に明かりの魔法陣を発動させた。
このまま西の方角へ誘導すれば、土壁の向こう側へと入るはずだ。
「動き出しました。追ってます……追ってます……」
今度はアースドラゴンとの距離を把握するための探知ビットも展開している。
フワフワと移動させながら、時折ツイっと速度を上げる。
「追ってます……追ってます……よし、影に入った。そのまま、そのままお願いします!」
思い通りにアースドラゴンを誘導できて、ヘリングの声も熱を帯びてきている。
「よし、みんな作業を始めてくれ。まずは魔物除けの散布からだ」
「おう、やっと出番だな」
「なるべく静かに、音を立てるとアースドラゴンが戻ってくるかもしれないからな」
アースドラゴンが西に向かっている間に、土属性の冒険者達が急いで、でも静かに作業を開始した。
「くそっ、壊された」
「エルメール卿、もう一度お願いします」
「ちょっと待って」
ヘリングの要望にしたがって再度明かりの魔法陣を発動させようかと思ったら、レイラがまったを掛けてきた。
「ニャンゴ、その近くにアースドラゴン以外の魔物はいない?」
「えっ、別の魔物? ちょっと探してみないと……」
「見つけたら、ここから討伐出来る?」
「えっ、ここから?」
「そう、殺して血の臭いを流せばアースドラゴンを足止め出来るんじゃない?」
「なるほど……」
アースドラゴンの監視は引き続きヘリングに任せて、おれは周囲を探知ビッドで探し回った。
「これは……レッサードラゴン?」
物陰にジッと身を潜めている生き物は、形から見てレッサードラゴンだろう。
二、三頭が身を寄せ合って動きを止めている。
「悪いな……俺達のために犠牲になってくれ。デスチョーカー。タイプRR」
レッサードラゴンの近くに集音マイクを設定して、久々にデスチョーカーを発動すると、程なくして悲鳴が響いてきた。
「動いた……速い!」
デスチョーカーの槍は、レッサードラゴンの首筋に深く刺さった感触があった。
悲鳴を上げ、血の臭いを撒き散らせば、アースドラゴンの追跡を躱すのは困難だろう。
「大成功です、エルメール卿。アースドラゴンは北西の端まで移動しました。これなら戻って来るまで時間も掛かりますし、明かりを見られる心配もないので、安心して作業が進められますよ」
「アースドラゴンが戻って来そうになったら、もう一度誘導を仕掛けましょう」
「はい、よろしくお願いします」
とりあえず、アースドラゴンの誘導には成功したようだ。
後は、無事に作業が終わるのを祈るだけだ。





