再生
ポップでキャッチーなフレーズを電子楽器が奏で、色とりどりの照明が点滅するステージではスカートをひる返しながら七人の少女達が踊り、歌う。
曲調こそ前世の日本で聞いたものとは違っているが、スマホの画面に映し出されているものは、間違いなくアイドルユニットのミュージックビデオだ。
ノリの良い音楽に釣られて体が動き出しそうだが、生憎と微動だに出来ない。
スマホの小さな画面を見るために、ベースキャンプに居合わせた、発掘調査に関わっている殆どの者が集まって来てギューギューのすし詰め状態なのだ。
パソコンやタブレットの売り場で見つけた外部ディスクドライブは、携帯型のプリンターと同様に、あっさりとスマホに無線接続することが出来た。
ディスクをスロットに差し込むと、プレーヤーが自動で立ち上がり、再生ボタンと思われるものをタップしたら、すんなりとディスクが再生されたのだ。
抱えた俺の頭の上から、レイラも食い入るように画面を見詰めている。
「ニャンゴ、これはどうなってるの? この子達、空を飛んだり、水に潜ったりしてるわよ」
「そういう風に見えるように映像を加工してるんだよ」
ミュージックビデオは、ステージを映した映像の他に、コンピューターグラフィックで作られたバーチャルな空間と合成した映像も映し出されていた。
前世の頃に、特撮やコンピューターグラフィックを見慣れている俺が見ても驚くほどのクオリティだ。
「加工って?」
「別々に撮影した映像を組み合わせて一つの映像にしたり、実際には存在しない風景とかを描いて映像にしたり、色々と組み合わせて一つの映像作品にしているんだと思う」
「このアーティファクトで、そういう加工も出来るの?」
「どうだろう、まだ全部の機能を把握していないから分からないや」
「例えば、ワイバーンの背中に乗って空を飛ぶ……なんて映像も作れたりするの?」
「このアーティファクトに加工をする機能があって、加工するための映像の素材があれば作れると思うよ」
ここで見つけたスマホは、まだ完全に使いこなせていないけど、かなり高性能だと感じる。
もっと時間をかけて弄り倒せば、静止画、動画の編集加工は色々と出来そうな気がする。
「映像の素材?」
「例えば、俺が空から旧王都の街を撮影して、そこにここで撮影したレイラの映像を切り取って合成すると、レイラが空にいるような映像が作れたりするんだ」
「凄い、凄い、それやってみたい」
「うーん……実際に作るには光の当たり方とか、色合いとかを調整しなきゃいけないから難しいかも。というか、レイラが空に浮いてる映像は、空属性魔法で足場を作って立ってもらって、それを撮影した方が簡単だよ」
「それもそっか……」
空属性魔法で作ったボードは透明だから、撮影しても写らない。
単純に空に浮いている映像を撮るならば、魔法を使った方が遥かに簡単だ。
「そう言えば、映像の演出には魔法は使われていないみたいだなぁ……」
アイドルユニットのミュージックビデオにはメイキング映像も付属していて、そこには砂漠みたいな場所で巨大な送風機を使って撮影している様子が映っていた。
「例えば、この場面だったら、風属性魔法を使える人がいたら、こんなに大きな送風機とか用意しなくても良い気がするんだよね」
「確かにそうね。風を吹かせるだけならば、そんなに複雑な魔法のスキルは必要ないものね」
この時代の人達は、自前の魔力を持っていなくて、属性魔法を使えなかったという疑惑がある。
これまで発見された魔道具は、自前の魔力を充填する形ではなくて、蓄魔器から魔力を供給するタイプばかりだ。
「映画とかドラマを見れば分かるかな?」
「なんの話?」
「こういう音楽関連のディスクじゃなくて、演劇を撮影したディスクならば当時の戦闘の様子とかも見られると思うんだ。合成映像じゃないか注意して見る必要はあるけど……」
戦争を題材とした映画やアクションのある刑事ドラマならば、当時の人が魔法を使って戦闘していたのか、それとも魔道具とか銃を使っていたのか分かるかもしれない。
「じゃあ、明日も作業があるから今夜の再生はここまでにしまーす!」
ディスクが最後まで再生されて、プレーヤー画面に戻ったところで再生を止めた。
すぐにケスリング教授やモルガーナ准教授、レンボルト先生が詰め寄ってきた。
「エルメール卿、これは大発見ですよ」
「どのようにしてやっているのですか」
「これは、すぐさま研究すべきです!」
「待って、ちょっと待って下さい」
オーガの突進かと思うほどの勢いに、後退りしたかったけどレイラに抱えられているから圧力をもろに食らう形になってしまった。
「ディスクの再生方法は教えます。ただ、課題があります」
「再生するアーティファクトですか?」
「はい、ケスリング教授がおっしゃる通り、再生にはアーティファクトが必要で、アーティファクトには魔力を充填する必要があります」
現状、スマホや外部ディスク、電子辞書ならぬ魔力辞書を稼働させるのに必要な魔力は、俺が空属性魔法で作った魔力回復の魔法陣を使っている。
他の人が永続的にアーティファクトを使用するならば、最低でも魔力を充填する方法を確立する必要がある。
「それでは、魔力回復の魔道具さえ確立できればディスクの再生は出来るのですね?」
「魔力回復の魔法陣で魔力の充填が出来る機器を揃えれば……ですけどね」
「是非お願いします!」
「エルメール卿、あの小さな辞書も使えるようにしていただけませんか!」
「出来れば、エルメール卿がお使いのアーティファクトと同じものも!」
「待って、待って、そんなに一度には出来ませんから!」
どうやら、ミュージックビデオの再生は教授達には刺激が強すぎたようだ。
舞台演劇しか無い時代に、いきなり撮影、編集技術満載の映像を見せられれば、こうなってしまうのは仕方のないことなのだろう。
とりあえず、明日の先行調査は一旦中止にして、ディスクと再生させるための機器の回収を行うことにした。
でも、これを地上に持ち出すと、また大公殿下から呼び出されたり、下手をすると新王都の王城からもお呼び出しが来たりするんじゃないのかな。
まぁ、呼び出しが来たら、その時にでも考えよう。
調査隊の面々も解散したので、俺も休もうかと思っていたら、レイラに別の場所へ誘われた。
「さぁ、ニャンゴ、お風呂に行くわよ」
「みゃ? お風呂って……居住区の?」
「違うわよ、フォークスとガドが作ってくれたの」
「ホントに?」
ガドと兄貴は、ベースキャンプにいる間に色んな設備を拡充していたらしい。
そういえば、一番近いトイレまでは明かりが灯されるようになっているし、水も流せるようになっていた。
通路もベースキャンプからトイレまでの間を隔離して魔物が入り込まないようになっている。
風呂場もトイレ近くの空きスペースを利用して作ったようだ。
空属性魔法はとても便利な魔法だけれど、一時的な風呂桶とかは作れるけれど、恒久的な設備までは作れない。
設備の構築に関しては、土属性魔法の独壇場だ。
「結構大きな浴槽だね」
「そうね、じゃあニャンゴ、お湯張りお願いね」
「やっぱりか、まぁしょうがないか」
風呂場は出来たけど、お湯を出す魔道具までは置いていない。
そこは、俺が猫人給湯器となるしかないのだろう。
「レイラ、ちょっと離れて」
「どうして?」
「ダンジョンの内部は魔素が濃いから、加減しないと温度とかお湯の量とかが大変なことになりそうだからね」
「なるほど……でも、ちょっと熱めにしておいてね」
「なんで?」
「だって、何度もお湯張りするのは大変じゃない?」
「まぁ、そうだけど、大した手間じゃないから構わないけど」
ライオスとシューレは地上から戻ってきたばかりだし、兄貴とセルージョは地上に戻る。
あと風呂に入るとすればミリアムとガドだけど、あの二人は一緒に入るのかな。
何度か作り直しをして、温熱の魔法陣と水の魔法陣を組み合わせた給湯用の魔法陣を作った。
お湯張り用の大きなものを稼働させながら、後でシャワーに使う小さいものも調整しておく。
「レイラ、お湯張れたよ」
「じゃあ、入りましょう」
お湯が張れたと伝えると、待っていたレイラはパパっと服を脱ぎ捨てた。
まぁ、もう見慣れているとは言え、まったく隠すつもりも無いから目のやり場に困る。
「ほら、ニャンゴも早く!」
「はいはい、分かりました。いま行きますよ」
レイラが脱ぎ捨てた服と下着、それに自分の服と下着を空属性魔法で作ったドラム型の洗濯機に放り込む。
ぬるま湯を注入して、攪拌の魔法陣を発動させて洗濯開始。
「にゃっ、どこから石鹸なんて手に入れてきたの?」
「ひ・み・つ」
さすがに浴槽には入れず、洗面器で泡立てた石鹸でレイラの体を洗い、レイラに丸洗いされる。
シャワーで泡を綺麗に流してから、レイラと一緒に湯舟に浸かった。
「ふにゃぁぁぁ……やっぱお風呂はいいにゃぁ……」
「でしょう? ガドに頼んだ甲斐があったわ」
「お布団も持ってこようかな?」
「いっそダンジョンに住んじゃう?」
「うーん……それはちょっと嫌かなぁ」
「でも、この時代の人達は、ここに住んでいたんじゃないの?」
「そうだけど、その時代は地上にあった頃だからね。ずっと日の光の差さないところで暮らすのは嫌かなぁ」
「あたしが居ても?」
「うん、やっぱり暮らすのは地上がいいよ」
「まぁ、そうよね……」
まさか地下でも御奉仕させられるとは思っていなかったよ。
まぁ、ちょっと踏み踏みさせてもらったけど……。





