辞書
携帯型プリンターを発見した翌日は、建物二の五階へと向かった。
地下一階から地上四階まで見て無かったのだから、いい加減ゲーム機の売り場があっても良さそうだと思ったのだがパソコン関係の売り場だった。
「あれ、待てよ。モバイルPCとかならディスクを再生できるのかな?」
気を取り直して売り場を見て回ると、新品があれば面白そうな商品がいくつか見つかった。
まずは、携帯型のビジネスプリンターだ。
昨日見つけたプリンターは、専用の用紙を使って写真をプリントするタイプだが、こちらはインクジェットで大きな用紙にプリントするタイプだ。
幅約三十センチ、奥行き十センチ、厚さ五センチ程度で、魔力回復の魔法陣によって魔力を充填するタイプだ。
昨日のプリンターはスマホに簡単に接続できたから、こいつも同様の手順で繋げられるだろう。
ただし、これもインクが無ければ印刷できないし、印刷するには今の時代に出回っている紙よりも薄くて上質な用紙が必要となる。
プリンターは、魔導線から魔力の供給を受けるタイプならば沢山展示してあるし、新品も残っているだろう。
そちらが使えるようになれば、一定の期間は研究や検証は出来るはずだから、その間にどこまで復元できるかが今後の鍵になってきそうだ。
パソコンやタブレットの中で目を惹き付けられたのは、折り畳み式の二画面タブレットだ。
実動するタブレットはあれば便利だが、持ち歩くのには少々邪魔になるし、かと言って下手な場所に保管しておけば盗まれるだろう。
その点、折り畳み式の二画面ならば、持ち運ぶ時は小さくできるので余り邪魔にならない。
スマホよりも遥かに大きな画面で見られるも良いのだが、ディスクのスロットは備わっていなかった。
「これでディスクが再生出来れば最高なんだけど、この時代もネットに繋いで見る方が主流になりつつあったんだろうな」
「ニャンゴのお眼鏡にはかなわなかったみたいね」
「うん、あれば便利だけど、あれもこれも持ち歩けないからね」
売り場を見て歩いていると、レイラと家電量販店に買い物に来ているかのような錯覚に陥る。
展示されている品物は、どれも経年劣化によってボロボロだけど、商品として展示されていた時代だったらどれほど楽しかっただろう。
いや、意外にその時代だったら、レイラはもっと退屈していたかもしれないな。
こんな所をデートコースに選ぶようではまだまだね……とか駄目出しをくらいそうな気がする。
「ねぇニャンゴ、もっと面白いものは無いの?」
「うーん……この辺の物も、動いていればそれなりに面白いとは思うけど……」
レイラのお眼鏡に叶うものは無いかと探していたら、展示スペースの片隅に置かれている物に目が留まった。
ノートパソコンらしき物の四分の一ほどの大きさで、折り畳み式の両面液晶になっているが、タブレットよりも分厚い。
画面が片側だけで、もう一面はキーボードになっているタイプもある。
「これって、もしかして電子辞書なのか?」
「面白そうな物があった?」
「あったかも……」
片面がキーボードのタイプは蓄魔器を入れ替えて使うタイプだが、両面液晶のタイプは魔力回復の魔法陣によって魔力を充填するタイプだった。
「エルメール卿、それは何ですか?」
「まだ確実ではないですが、この中に先日発見した百科事典と同じぐらいの情報が入っているかもしれません」
「はぁ? その小さなアーティファクトの中にですか?」
「その可能性がある……という段階ですけどね。さてと、新品は残ってるのかにゃぁ……」
展示台の下を物色すると新品らしき箱を発見、ボロボロになった箱から中身を取り出すと固定化の魔法陣がシッカリと付けられていた。
中には本体の他には、タッチペンが二本と薄っぺらい説明書が入っているだけだった。
魔力回復の魔法陣を作って、早速魔力の充填を開始する。
パイロットランプは、赤点滅状態なので、魔力の充填を続けながら、他に目ぼしい物がないか探してみる。
パソコンやタブレットのアクセサリーの売り場には、キーボードやマウス、液タブらしき物やWEBカメラらしき物などが置かれていた。
他には、パソコン用のパーツらしき物や、外部記憶装置らしき物、外部メモリーらしき物も置かれている。
「あっ、これは使えるかな」
「今度は何を見つけたの?」
「外部ディスクドライブみたい……」
「何それ?」
「ディスクを再生する機械なんだけど、問題は上手く繋がるかどうかだね」
ディスクのパッケージよりも一回り大きく、厚みを三倍ぐらいに増した本体には、ディスクのスロットと電源スイッチが付いているのみで、コネクタを接続する場所も無い。
裏面には魔力回復の魔法陣を当てるように印が付いているし、無線接続に特化したタイプならばスマホとも繋がりそうな気がする。
これも本体を探して確保した。
ディスクを再生できるとなると、やはり大きな画面で見たい。
「やっぱりさっきのタブレットを探してくるべきかにゃぁ?」
「迷うくらいなら持ってきちゃえばいいのに」
「うん、でもあんまり一杯あっても持ち歩くのが大変だし、預けておくんじゃ余り意味が無い気がする」
それに、どうせ見るならば、もっと大きい五十インチぐらいの液晶モニターで見てみたい。
それには、魔導線による魔力供給システムを復元する必要がある。
売り場には、インクや印刷用紙などのサプライ品も置かれていた。
プリンター用のインクは、メーカーや機種によって対応品が限られているようだ。
この時代にも、プリンター本体は安く売って、専用インクは高く売るみたいな商売が行われていたのだろうか。
用紙の置かれている棚には、繭と埃の山が出来ている場所があった。
推測だが、一般的なコピー用紙が積まれていたのだろう。
すぐ近くの棚の写真用紙は、樹脂製のパッケージに入っていたから無事のようだ。
とは言え、まだインクジェットプリンターで印刷する体制は整っていないので、また後日取りに戻ろう。
「にゃ! これは!」
用紙売り場の片隅には、携帯型のプリンターの専用用紙も置かれていたので、すかさずゲットしておいた。
「にゃ、にゃんだか鞄が重い……」
「色々詰め込みすぎね。このままだと夜逃げニャンゴが出来上がりそうね」
実際、スマホに携帯型のプリンター、専用用紙、電子辞書らしき物、ディスクドライブらしき物、持ち出してきたディスク数枚……確かにちょっと詰め込み過ぎだにゃぁ……。
どれも、その場では絶対に必要だと思って鞄に詰めてしまっているが、実際に使うかどうかは分からない。
使わない物は、盗まれるかもしれないけどベースキャンプに置いておくしかなさそうだ。
「おっ、魔力の充填が終わったみたい、どれどれ……」
電子辞書らしきアーティファクトの電源ボタンらしきものを長押ししてみたら液晶画面が点灯した。
液晶が点いたのを見て、ケスリング教授とレンボルト先生が、ググっと近付いてきた。
「どうですか、エルメール卿」
「ちょっと弄ってみないと分かりませんね」
点灯した上側の液晶画面には、幾つものアイコンが並んでいる。
下側の液晶画面には、枠が表示されていて、どうやら手書き入力するタイプのようだ。
適当なアイコンをタッチペンで触れると、画面が切り替わって入力画面になった。
手書きでは入力が出来ないので、下の画面を適当に操作しているとキーボードが表示された。
適当に記号をタッチすると、上の検索画面に候補が並び始めた。
そのうちの一つをタッチすると、また画面が切り替わり、何やら説明文らしきものが表示された。
文章の中に色が変わっている文字列があったので、タッチペンで触れてみると何かの植物の写真が表示された。
どうやら、俺が適当に入力した文字列の候補の一つが、この植物の名前だったのだろう。
これは、間違いなく電子辞書だ。
「教授、おそらく、この中に百科事典以上の情報が入っています」
「本当ですか?」
「おそらくですが……間違いないと思います」
「この小さなアーティファクトの中に、あの辞典の中身が入っているとは驚きですね」
文字が読めなくても、今回のように写真が表示されれば意味は分かるが、全ての項目に写真が載っている訳ではないだろう。
その点、紙の百科事典は図を見て逆引きすることが可能だ。
単純な使いやすさだったら、紙の事典の方が楽そうだが、持ち歩く事は出来ない。
今後、この遺跡の発掘を進める上では、携帯出来る電子辞書は威力を発揮するだろう。
ただし、それは操作方法を理解できればの話だ。
「教授、これはもう少し詳しく試してみて、操作方法を確認します」
「そうですね。我々が検証するよりも、エルメール卿にお願いした方が早そうですね」
この日は、建物二の五階を確認した後、電子辞書を検証するためにベースキャンプに戻った。





