襲撃犯
「うわっ、重たい……痛たたた」
「何か言った?」
「いえ、にゃんでも……」
いつもは一人で空属性魔法で作ったボードに乗って空を移動しているので、レイラと一緒に乗ったら動かすのに倍以上の魔力が抜き取られる感じがしたのだ。
実際、俺二人分よりも重たいはずなんだけど、口に出してしまったらレイラに頬を抓られてしまった。
いつもの感覚で飛んでいると危なそうなので、重量を意識しつつ動きをアジャストさせていく。
まずは真っすぐ上空へと上がり、建物の上まで移動した。
そのまま通行人の視線を避けるようにして学院の方向を目指すと、また爆発音が聞こえた。
食事をした店は、ダンジョンと大公殿下の屋敷を繋ぐメインストリートの南にあったが、爆発音の後で煙が上がったのは通りを挟んだ北側だった。
「ニャンゴ、あっち!」
「了解!」
ボードは、飛行船の時と同じく座席型に作ってあり、レイラが俺を抱える格好のタンデムシートになっている。
レイラが指差す煙が上がっている方向へ、通りを見下ろしながら移動していくと、鎧姿の騎士が倒れているのが見えた。
別の騎士が倒れている仲間を安全な場所へと引きずっていき、無事だった者達は通りから路地の奥の様子を窺っていた。
「ニャンゴ、上から路地の奥を見れる?」
「任せて」
建物の上をショートカットする形で路地の上へと出たが、そこには大砲の残骸らしきものが転がっているだけで人影は見当たらない。
「ニャンゴ、あっち!」
レイラの指差す方向へとボードを移動させると、仲間に肩を借り、足を引きずりながら移動している男がいた。
路地を移動しながら、被っていた黒い布を脱ぎ捨てていく。
襲撃の瞬間は見ていないけど、見るからに怪しい。
そもそも、なにもやましい事が無ければ、怪我をした状態でこんなに急いで移動する必要なんか無いはずだ。
「ウォール……」
肩を組んだ男二人が進もうとする路地を空属性魔法で作った壁で封鎖した。
「痛ぇ……」
「何だ?」
肩を組んだ男達は、見えない壁にぶつかって尻餅をついた。
「おいっ、何してんだ、さっさと来い!」
男は二人だけかと思ったら、もう二人先行している男がいた。
「ここに壁があって通れねぇんだ」
「はぁ、何言ってんだよ!」
先に行っていた二人もノコノコと戻ってきたので、最初に作った壁を消して四人を閉じ込める形で壁を作り直した。
「何にも無ぇじゃねぇか、早くしろ!」
「うぐぅ、足が……」
負傷している男は、火属性の攻撃魔法を食らったのか、左足が焼け爛れている。
「しょうがねぇな、背負っちまえ!」
さっきまで肩を貸していた男が、負傷した男の前に回って背中を向けた。
「ほら、早くしろ。騎士団が来るぞ」
「分かった、うがぁぁ……」
負傷した男が歯を食いしばって仲間の背中に体を預けた時、路地の奥からガシャガシャと鎧の音が響いてきた。
「やべぇ、来たぞ! 急げ……がぁ!」
「何してんだ!」
「壁が……」
「壁だと……何だこれ、どうなってやがる!」
怪しい男達は、空属性魔法で作った壁をバンバン叩いているけど、その程度ではビクともしないよ。
飛び上がって乗り越えようとしてるけど、高さは三階くらいまであるから無理だろう。
持っていたナイフを突き立てたり、蹴りを入れたり男達が足掻いている所へ、騎士達が追いついてきた。
「いたぞ! 武器を捨てて投降しろ!」
「くそぉ、手前らなんかに捕まってたまるかよ!」
「よせ、やめろ!」
追いついてきた騎士達に向かって、男の一人が猛然と走り始めた。
背中に黒い板を背負っていて、右手に何かを握っているのが見えた。
「伏せろ!」
「シールド!」
騎士の近くまで駆け寄った男が仲間に向かって叫んだのと同時に、男の周囲を取り囲むように円筒形のシールドを展開した。
ドーン……という爆発音がした直後、男は肉片となって円筒形のシールドから打ち上げられた。
俺達が乗っているボードの底にも血飛沫が飛び散ってきた。
円筒形のシールドを強化するために、路地を塞いだ壁は消してしまったのだが、残った三人は地面に伏せて頭を抱えていた。
その頭上にもビシャビシャと、かつての仲間だった肉片が降り注いでいく。
まさか、また自爆攻撃を目撃することになるとは思ってもいなかった。
うん、先に食事を済ませておいて良かったよ。
路地を封鎖する壁を作り直し、俺達の乗ったボードも作り直して、上から成り行きを見守る。
「ちくしょー! どうなってやがるんだよ、まるで無駄死にじゃねぇかよ!」
騎士達も血まみれになってはいるが、爆風によって怪我を負った者は一人もいない。
「そうだ、無駄だよ」
ゆっくりとボードの高度を下げながら声を掛けると、路地にいる全員の視線が俺に向けられた。
「俺がいる限り、絶対に逃がさないし、騎士にも危害は加えさせない。大人しく投降しろ」
「浮いてる……」
「エルメール卿だ!」
「くそっ、食らえ!」
騎士達が歓声を上げ、怪しい男共は攻撃魔法を放ってきたが、事前にシールドを展開しているから俺には届かない。
「雷!」
「がぁぁ……」
抵抗を止めそうもないので、男達に雷の魔法陣をぶつけて制圧した。
ボードを地面の近くまで降ろしたが、そこら中が血飛沫で酷い有様なので、地面には下りないで対応させてもらう。
「ありがとうございました、エルメール卿」
「爆発音を聞いて来たんですが、こいつらが襲撃犯で間違いないですか?」
「はい、また学院を襲って来て、今回も撃退したのですが、追跡中に待ち伏せを食らってしまいました」
学院を襲撃したらすぐ逃走し、騎士が追い掛けてきたら路地に逃げ込み、そこに隠しておいた粉砕の魔法陣を使った大砲で攻撃してきたようだ。
発射口が布などで隠されていて、至近距離から発射されたために多くの死傷者が出ているらしい。
「エルメール卿のおかげで、ようやく襲撃犯を捕えることができました。これで奴らのアジトを聞きだせますよ」
ベテランっぽい騎士が笑顔を浮かべてみせたのだが、鎧が血塗れなので物凄い絵面だ。
騎士の話によれば、前回の襲撃では捕縛する直前に自爆されてしまい、生きた状態で捕まえられなかったために全く情報を聞き出せなかったそうだ。
「素直に話しますかねぇ?」
「ふふっ、捕えた人間から情報を引き出す術は心得ています。どんなに強情な奴でも、三日もすれば自分から話させて下さいと言い出しますよ」
再びベテランの騎士は笑みを浮かべてみせた。
今度は、血塗れの鎧を抜きにしても凄みのある笑みだった。
おそらく、尋問ではなく拷問という手段が使われるのだろう。
ましてや、仲間の騎士に死者が出ているならば、手加減無し、死んでも構わない、死んだ方がマシというような拷問が行われてもおかしくない。
今回は、仲間を守るために自爆が行われたが、捕えられて拷問されないために自爆という道を選ぶのかもしれない。
「エルメール卿、取り調べをご覧になられますか?」
「いいえ、俺はそちらは専門外なんで、今はダンジョンの発掘に専念させてもらいます。安心して発掘が出来るように、地上はお任せしますよ」
「はっ! ご期待に沿えますように、奮闘いたします!」
この後、待ち伏せに使われた大砲の実物を見せてもらった。
基本的に、王都の『巣立ちの儀』襲撃に使われたものと同じ構造のようだが、中には砲身として使われている土管が破裂しているものもあって、威力が増しているのかもしれない。
先程の自爆に使われた粉砕の魔法陣も、ラガート子爵の馬車が襲われた時のものよりも威力が増しているように見えた。
それに、あの時は魔法陣に魔石を接触させて爆発させていたが、今回は手元に持ったスイッチのようなもので起爆させていた気がする。
改めて大砲を確認してみると、粉砕の魔法陣からは魔導線が伸びていて、起爆スイッチらしきものに繋がっていた。
これならば、たとえ大砲の砲身が破裂しても、物陰に隠れた撃ち手の安全は確保出来るということなのだろうが、どうにも違和感がある。
「どうかされましたか、エルメール卿」
「何のために、離れた場所から発射できるようになってるんだろう?」
「それは、発射させる人間を守るためでは?」
「でも、捕まったら処刑は免れないんですよね?」
「そう、ですね。大公家に弓を引いた形ですからね」
「捕まったら、死んだ方がマシって思うような取り調べを受けるんですよね?」
「ま、まぁ、場合によっては……」
「だから捕まらないように自爆してるんですよね?」
「おそらくは……」
「だったら、ここで安全策を講じる必要は無い気がしますが」
「そうですね」
ふと感じた違和感を話すと、案内してくれた騎士は首を捻っていた。
捕まったらアウトの状況では安全策もクソも無いと思うのだが、それとも中途半端に負傷して捕まるのを恐れているのか、もしくは別の人間が使うためのテストなのだろうか……。
違和感を突き詰めていくと、やっぱり反貴族派の黒幕について考えてしまう。
一体誰が、何の目的で、こんな大砲まで提供しているのだろう。
一体どこで製作され、誰が資金を提供しているのか……でも、さっきの連中を拷問しても黒幕には辿り着けないのだろう。





