情熱
建物二の三階を探索した後、その日のうちに四階も見て回ったのだが、ゲームの販売コーナーは見当たらなかった。
四階はエアコンや扇風機など季節物の魔道具と、ドライヤーやシェーバーなどヘルスや美容といった用途の魔道具が置かれていた。
どれもこれも、ケスリング教授とレンボルト先生の興味を満たすのには十分すぎる物ばかりだったし、チャリオットの収入となる物だったのだが、俺の欲しい物ではない。
たぶん、稼動する携帯ゲーム機が見つかれば、ディスクの中身を見れるのに……。
「ふみゃ?」
一日の探索を終えてベースキャンプに戻る途中、レイラに抱え上げられてしまった。
「ニャンゴ、明日はお休みよ」
「あぁ、もう順番かぁ……セルージョと兄貴は戻ってきたかな」
「セルージョはあてにならないけど、フォークスが一緒なら大丈夫でしょう」
俺達の後ろでは、ケスリング教授とレンボルト先生が意見を戦わせていた。
話題は、大量の魔力をいかにして確保していたかだ。
これまで発掘を続けてきた所だけでも、生活に関わるインフラの殆どが魔力によって動いている印象がある。
スマホ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、バイク……全部魔道具だ。
魔道具でなかったのは、火薬式の銃ぐらいのものだ。
生活の殆どを支えるような膨大な魔力は、いったい何処で作られていたのだろう。
それと、もう一つ気になることがある。
「ケスリング教授」
「何でしょう、エルメール卿」
「もう一つ気になったことがありまして、大量の魔導線はどうやって作っていたんでしょう? 材料とか、製法とか……」
「あっ!」
俺の質問を聞いて、ケスリング教授はハッとした表情を浮かべた後でレンボルト先生と顔を見合わせました。
「そこは気付きませんでした。あまりにも普通に魔導線が存在しているので、感覚がマヒしていたのかもしれません」
現在使われている魔導線は、魔物から採れる素材を使って作られていると聞いている。
大量生産はされておらず、かなり高価だという話も聞いている。
「この建物にも、隣の建物にも、膨大な長さの魔導線が使われています。被覆に劣化はみられますが、素材として再利用は出来るんじゃないですかね」
「確かに、おっしゃる通りですね。これは建物全体が……いや街全体が一財産という感じですね」
俺が前世で一生を終えた頃も、発展途上国では送電線が盗まれるといった事案があると聞いた事がある。
日本でも、アルミや銅などの金属はスクラップ業者が買い取っていた。
ふとした思いつきだったが、二つの建物の魔導線を全部回収したら、かなりの財産になりそうだ。
「ニャンゴのおかげで、お宝の鉱脈を掘り当てたみたいね」
「うん、でも回収するのは大変そうだよ」
明かりを灯さなければ真っ暗闇で、その闇の中には魔物が潜んでいるかもしれないのだ。
岩盤を掘り進んで回収するよりは楽だろうが、それでも危険を伴う重労働だ。
「なにも、全部自分達だけでやろうとしなくたっていいのよ。それこそ人を雇って回収させれば良いんだし」
「採算が合うかな?」
「心配ならば歩合制にすればいいわ。そうすれば、私達が損をすることはないから」
レイラはサラっと言ってのけたけど、それってブラックな職場を作ることに繋がらないかな。
自分が酷使される訳じゃないけど、ちょっと心配になる。
まぁ、その辺りの判断はライオスに任せよう。
ベースキャンプに戻ると、モルガーナ准教授達の調査隊も戻って来ていて、ケスリング教授とレンボルト先生は、早速魔導線の回収について話を持ち掛けていた。
すると、魔導線以外の建築素材の回収にも話が広がっていった。
一番重要視されているのは、ショーウインドに使われている大きなガラスだ。
今の時代でも窓ガラスは作られているが、壁面全体になるような大きなガラスを作る技術は無いらしい。
いずれ、ここには専門の業者が呼ばれ、切り出し工事が行われるらしい。
ただし、それをどうやって地上まで運ぶかが問題だ。
今現在、地上へ戻る道はエレベーターシャフトと非常階段の二つのルートしかない。
大きなものを運び出すとなれば、エレベーターシャフトの方が適しているが、それでも大きさには限界がある。
ケスリング教授達は、入口から二階までの吹き抜け部分に、装飾として使われている大きな板ガラスを見上げながら溜息を漏らしている。
かつて、ここは地上一階で、建設当時の外壁が完全に出来上がっていないうちに運び込まれ、設置されたのだろう。
これを分割せず地上まで持ち帰るには、地上までの大きな抜け道を作るしかない。
「いやぁ、もったいない」
「切るしかないなんて……」
「なんとかならないですかね……」
教授陣三人が溜息交じりに見上げているガラスを調査隊のメンバーも同じように見上げていた。
ガラスの他にも金属板なども回収の対象となるようだ。
アルミなどの非鉄金属の需要が高いらしい。
文明が発展すればアルミも珍しくなくなると思うのだが、今の時点では軽い金属として利用価値が高いらしい。
新王都の学院から調査隊が来た時には、縄張り意識というか、派閥争いみたいなかんじにならないか心配だったが、現状は所属の垣根を越えて活発に議論が交わされている。
その一因は、ケスリング教授、モルガーナ准教授、レンボルト先生の三人が本当に発掘調査に情熱的に取り組んでいるからだろう。
それだけの情熱を傾ける価値が、この遺跡にはある。
発見されたアーティファクトや百科事典などの解析が進めば、確実に魔道具文明は進化する。
「ニャンゴも一緒に入ってきたら?」
「うん、なんか圧倒されちゃって……」
「確かに、あそこにいる人達の熱意はちょっと近寄りがたいものがあるわね」
「俺も、この遺跡が栄えていた時代のことには興味はあるけど、あそこまで全てを注ぎ込むような情熱は無いかなぁ……」
「でも、あっちはニャンゴを逃がしてはくれないわよ」
「はぁ……だろうね」
俺には、前世の知識という他の人には無いアドバンテージがある。
遺跡の時代の文明とは異なっているけれど、良く似ている部分も沢山あるから、謎の解明には協力できるだろう。
でもそれは、同じクイズの問題を答えるのに、俺だけ沢山ヒントをもらっているような感じで、だから教授たちほど熱くなれないのかもしれない。
調査隊の様子を眺めていたら、セルージョと兄貴が戻ってきた。
「おぅおぅ、盛り上がってるみたいだな。また何か見つかったか?」
「安心していいよ。またお金が入ることは確実になったから」
「ヒューッ、そいつはいいな」
セルージョはにんまりと笑みを浮かべた後で、ちょっと表情を引き締めて声を落とした。
「ちょっと最下層が賑やかになってきているみたいだ。まだ、どうこうする段階じゃねぇみたいだが……こっちに人が集まるようになって、下に向かう冒険者が減った影響みたいだな」
「分かった、昇降機の中でも周りはシールドで囲って備えておくよ」
「あぁ、その方がいいな」
セルージョは、同じ話をするためにライオスの方へと歩いていった。
「ニャンゴ」
「お帰り、兄貴、ゆっくり休めた?」
「あぁ、この前言い忘れたんだが、地上に戻ったらピケって魚を食った方がいいぞ。今が旬らしくて脂が乗ってて美味かった」
兄貴がうっとりしながら語るピケという魚は、どうやらサンマのようだ。
旬のサンマと聞いたら、これは食べない訳にいかないだろう。
スダチかレモンのような果実もあるらしく、聞いているだけで口の中に唾液が溢れてきた。
「レイラ、早く地上に戻ろう。ピケが俺を呼んでる」
「はいはい、分かりましたよ、騎士様」
ライオスに地上に戻ると伝えて、レイラに抱えられてベースキャンプを後にした。
セルージョが降りて来たのが夕方だったそうだから、これから戻れば夕食時には間に合うはずだ。
明かりの魔道具も灯され、掃除もされて綺麗になった通路を進み、昇降機の乗り場へと向かった。
昇降機の乗り場には、七人ほどの冒険者が待っていた。
三人と四人の二グループに別れて、何やら手元の品物について話をしている。
四人組が手にしているのは、土に塗れているがスマホのようだ。
発掘の途中で、どこかに落ちていたものが掘り出されたのだろう。
三人組が手にしているのは、小さな金属製の物体で、前世で見覚えのある品物だった。
「すみません、その金属製の物、ちょっと見せてもらえませんか?」
「あんた、もしかして……エルメール卿っすか?」
「そうですよ。それ、新区画で掘り出したものでしょ?」
「そうです、そうです。きっとアーティファクトだと思うんですが、何に使うのか……」
冒険者の一人が差し出した物を手に取る。
ズシっとした重みを感じるそれは、オイルライターのようだ。
壊さないように慎重に蓋を開けると、間違いなくライターだったが、ここでまたあの疑問が頭に浮かんだ。
ライターとして使うならば、火の魔道具の方が遥かに便利だ。
何しろ、オイルやガスを補充しなくても、魔道具が壊れるまで半永久的に使えるからだ。
それなのに、オイルライターが存在するということは、この時代の人は自分の魔力を持っていないか、使えなかったからではないか。
冒険者にライターを返して、用途と残されている意味を伝えると、めちゃくちゃ感謝された。
ただの火を点ける道具では価値を低くみられるが、そうした意味を伝えると買い取りの値段が上がるらしい。
オイルライターとかはコレクターも存在する品物だったので、いずれ稼動品が見つかるだろうが、早く発見した特権として高い買い取りの恩恵を受けられるだろう。
やはり、この時代の人は魔力を持たなかったのか、それとも単に趣味の品物としてオイルライターが売られていたのか、謎は深まるばかりだ。





