レンボルトの指摘
旧王都の学院が襲撃されたと聞いて、モルガーナ准教授やイレアス達は少なからず動揺しているようだ。
今のところ死者が出ているという知らせはないが、教職員や生徒に怪我人が出ているらしい。
詳しい情報が届いていないので、怪我の程度は分からないし、親しい友人知人が巻き込まれていないか心配になるのは当然だろう。
このままでは調査に集中できないので、調査隊を実質的に仕切っている形のイレアスが代表して学院に戻ることになった。
直接学院に行って、詳しい情報を収集してくるらしい。
残ったメンバーは、イレアスの情報を待ちながら調査を続行するそうだ。
襲撃に屈して調査を打ち切ってしまうなど、決して許されないと全員で意思を固めたらしい。
一晩の休息の後、俺達も建物二の先行調査に戻った。
今日は三階から調査を再開する。
メンバーは昨日と同様、俺、レイラ、ケスリング教授、レンボルト先生、ハウゾの五人だ。
「これは……冷蔵庫かな」
「現代のものと比べると、随分と大きいですし、洗練された形ですな」
三階の売り場は、いわゆる白物家電の売り場らしい。
冷蔵庫や洗濯機と思われる品物が、所狭しと置かれている。
ケスリング教授が言うとおり、冷蔵庫は前世日本で売られていた物に近く、現在シュレンドル王国で使われている物と比べるとデザインも機能も優れているように見える。
今現在の冷蔵庫は、木の板の内側に銅板などの金属板を張って、内部に冷却の魔道具を設置したものが一般的だ。
当然、断熱性能は著しく劣るので、ここで発見された冷蔵庫を参考にすれば、性能は一気に向上するはずだ。
「これは、内部の冷気が外に漏れない構造になっていたんだと思います」
「なるほど、このベタベタした部分が漏れを防いでいたのですね」
冷蔵庫のドアのシールは溶けてベタベタになっていて、確かに知らない人からするとベタつきが重要に思えてしまうかもしれないけど、そうじゃないんだよなぁ……。
「どうでしょう、ここまでベタつくと使いにくそうなので、これは変質してしまっているのかもしれませんね。柔らかく、密着するようになっていたんじゃないですか」
「おぉ、たしかにこれだけベタつくと困りますね。柔らかく密着……なるほど」
「壁の材質も熱を伝えにくい物が使われているんじゃないですかね」
「そうですね、見たことも無い素材のようです」
こうした場合、名誉騎士という称号があって良かったと思う。
もし、ただの冒険者のままだったら、ケスリング教授はここまで俺の意見を尊重してくれないだろう。
「エルメール卿、このドアがいくつも付いているのには、どんな理由があると思われますか?」
「さぁ……温度の違いですかね」
「温度の違い……ですか?」
「うちの拠点でも、たまにありますが、葉物の野菜を入れておくと、冷えすぎて凍ってしまって駄目になる時があるんです」
「おぉ、なるほど、凍るぐらいに冷やす部屋、凍らない程度に冷やす部屋などに分けているのですね」
「その可能性が高いんじゃないですかね」
展示されている冷蔵庫のドアを開けると、中身が入った様子を映したPOPなどが入っていた。
書いてある文字は分からなくても、野菜、肉、氷などの写真は見れば分かる。
「なるほど、なるほど……確かに使い分けているようですね」
ケスリング教授は、並んでいる冷蔵庫のドアを片っ端から開けたり閉めたりして、中身を確かめながら話し掛けてくる。
一方、普段は賑やかなレンボルト先生は、小型の冷蔵庫を動かして、裏側を調べているようだ。
「レンボルト先生、どうかしましたか?」
「エルメール卿、この魔導線やプラグは、下にあったアーティファクトと同じものですよね?」
レンボルト先生が手にしている冷蔵庫から伸びる配線とプラグは、液晶モニターから出ていた物と同じに見える。
「そうみたいですね」
「この壊れた部分を見ると、エルメール卿が使われている中空構造の魔法陣に似た物が使われています。つまり、これは魔道具ということですよね?」
「何が言いたいんだ、レンボルト」
「教授、この売り場を見れば、こうした魔道具が一般的に広く売られていたのは間違いありません。つまり、こうした魔道具が大量に使われていた……この魔導線を通じて。では、その大量の魔力は、いったいどこで生み出されていたのでしょう?」
「うむ、それは確かに疑問だな……」
今現在使われている魔道具の動力は二つに分けられる。
一つは自分の魔力、もう一つは魔物から取り出した魔石だが、近年色々な魔道具が普及し始めたことで、魔石不足に陥りつつある。
俺の場合は、空気中の魔素を使うという第三の方法なので、魔石不足とかは殆ど影響が無いが、今後更に魔道具が増えた場合や魔物の数が減った場合には破綻する恐れがある。
だが、もし大量の魔力を生み出す方法が存在して、国中に魔導線のインフラが整備されれば、魔石不足の心配は解消されるだろう。
「レンボルト、良いところに目をつけた。これは、今後の魔道具発展のためにも、取り組まねばならない最重要課題となるだろう」
「はい、私もそう思います。エルメール卿、魔力を生み出す仕組みについて、例の百科事典には載っていると思われますか?」
「そうですね。基礎的な理論は載っていると思いますが、効率良く運用するための工夫は必要になるんじゃないですかね」
この時代に、どういった方法で魔力を生み出していたのか分からないが、前世日本では火力や原子力などを用いて電気を作っていた。
いってみれば、エネルギーを別のエネルギーに変換していた訳だ。
だとすれば、この時代にも何らかの方法を用いて、火力や水力などから魔力を生み出す方法があったのかもしれない。
もしくは、この星の内部には大量の魔力が眠っているのかもしれない。
いずれにしても、魔力という形にして取り出す方法の確立は急務となるだろう。
「あっ……」
「どうしましたか、エルメール卿」
「そう言えば、固定化の魔法陣って魔力を注がなくても勝手に発動していましたよね?」
俺が問い掛けるとレンボルト先生は大きく頷いてみせた。
「そうです、そうです、動力となる魔石などは見当たりませんでした」
「だとしたら、あの魔法陣に使われていた素材を使うと、空気中の魔素を取り出せるんじゃないですかね?」
「確かに! 魔素を集める素材というのは一つの可能性ですね」
太陽光発電パネルのように大きく広げたオリハルコンのパネルや、地中深くに埋設したオリハルコンのシャフトから魔力を抽出する……なんて絵が頭に浮かんだ。
そうした仕組みが現実のものとなれば、世の中は大きく発展するだろう。
ケスリング教授やレンボルト先生も、同じような仕組みを考えているのか、魔力の取り出し方法について、あれこれ議論を始めている。
急速に魔道具が発展する未来を想像するのは楽しいが、同時に一つの懸念が生まれてしまった。
「どうしたの、ニャンゴ。浮かない顔してるわよ」
「なんだか、いつもレイラに見透かされてるにゃ……」
「何か心配事?」
「また、こんなに発展していた人達が、どこに行ってしまったのか考えてた」
前世では、化石燃料の大量消費によって地球温暖化が進んだと言われていた。
もし、魔素の大量消費が同様の事態を招いたのだとしたら、この時代の人々は星レベルの災害によって滅んでしまったのではなかろうか。
魔力の大量消費による天変地異、環境悪化による健康問題、魔素枯渇によって新たなウイルスが流行して人類が死滅……そんな事態が絶対に起こらないという保証は無い。
たぶん、俺が生きている間には起こらない気がするが、次世代にツケを残すような発展は避けたい。
「心配だったら、ニャンゴが警鐘を鳴らすしかないんじゃない?」
「でも、俺一人じゃ無理じゃないかな?」
「そこは名誉騎士様の人脈を活かさないと……」
「そうか……でも、まだ何も分かっていないから、とりあえずは色んな調査が進むのを見守るしかなさそうだね」
三階の売り場には、冷蔵庫の他に洗濯機や電子レンジみたいな製品、洗練された形のコンロなどが置かれていた。
冷蔵庫とレンジが普及したら、冷凍食品も売られるようになるのだろうか。
冷凍オーク饅とか、冷凍ワイバーンのから揚げとか売ってたら買っちゃいそうだ。
魔道具がもっと普及したら、シュレンドル王国にもコンビニが出来るのだろうか。
その頃には、冒険者という職業は残っているのだろうか。
コンビニに寄ってから討伐の依頼に出掛ける……なんて未来も楽しそうだ。





