地上の騒動
午後の探索が中止になったので、気になっていた場所に行ってみる事にした。
「ガド、ちょっとこの先の店を見に行って来る」
「了解じゃが、一人では駄目だぞ」
「あたしが一緒に行くわ。どこに行くの?」
「最初に確認に入った時に、レイラと一緒に見た店」
「じゃあ、一階ね」
向かった先は、レイラが等身大のPOPを人間だと間違えた店だ。
改めて店の中を眺めてみると、ポスターやフィギュアなどのグッズだったらしい物が所狭しと並べられている。
「ニャンゴ、ここは何の店なの?」
「アイドル関連の店かな」
「アイドル?」
「アイドルは、歌とかダンスを披露する人で、たぶんこの時代には遠く離れた所にも映像や音を届ける技術があって、一つの街の人気者じゃなくて、国全体の人気者のような存在だったんだと思う」
「あら、それじゃあニャンゴとエルメリーヌ姫みたいね」
「にゃっ……俺は違うと……いや、そんな感じなのかなぁ……」
芝居になって、国のあちこちに名前が売れている状態は、ある種のアイドルと言えなくもない。
グッズの中にあった写真集を見てみると、やはり前世に見たアイドルのようにライブを行っていたらしい。
「凄いわねぇ……こんな広い会場で公演するなんて、よっぽど人気があったのね」
「今の時代よりも人口も多かったと思うし、交通機関が発達していたから現地に行くのも容易だったんだと思う」
「なるほど、いくら広い会場を作っても、人が来れないんじゃ満員にはならないわね」
地下鉄が存在していたようだし、公共交通機関は乗り合い馬車しかない現代よりも遥かに進んでいたはずだ。
「それで、ニャンゴは何を探しに来たの? もしかして、こういう写真が見たいの?」
レイラが手にしているのは、アダルトムードのアイドルの写真集だ。
布面積が少なめの水着とか、バスタオルを巻いただけの姿とか、ちょいエロな写真集だから見たくない訳ではないが、レイラの方が凄いんです。
「ううん、この手の店ならば、ディスクも売っていたんじゃないかと思ってね……ほら、あそこ」
「なるほど、歌や踊りだったら、動きの無い写真ではなく映像で見た方が良いって訳ね」
ミュージックビデオやライブ映像、音楽ディスク等が置かれていたが、ここでも実物ではなくカードをレジに持っていく方式になっていた。
「あれっ、これって……」
「何かあったの?」
ディスクの売り場に置かれていた物は、スマホを一回り大きくして、横長にしたようなものだ。
画面の左右には、ジョイスティックと複数のボタンが付いている。
「それって、ニャンゴが使っているアーティファクトとは、ちょっと違う形をしてるわね」
「うん、これはゲーム機だと思う」
表面は液晶画面と操作部、裏側にはスマホと同様に非接触の充魔力を表す記号と、ディスク用のスロットが付いていた。
「これだ! これの新品があれば、当時の映像ディスクが見れるかもしれない」
「はい、ストップ!」
「みゃっ、何で止めるのレイラ」
「なんでじゃないわよ、倉庫を調べるつもりなんでしょうけど、ちゃんと安全を確認してからよ」
「そうでした……」
まったく何度も何度も同じような失敗の繰り返しで、我ながら情けなくなってくる。
この猫まっしぐらな性格を改めないと、そのうちに痛い目に遭いそうだ。
倉庫になっていると思われる、スタッフスペースを空属性魔法の探知ビットで探り、さらにはシールドで防御しながら内部に足を踏み入れた。
「うわぁ……ごっちゃごちゃだ」
「何か魔物が住み着いていたみたいね」
「今はいないみたいだよ」
「でも、油断は禁物よ」
「うん、分かってる」
部屋の隅まで照らせるように、灯りの魔法陣を複数展開しても、大きな魔物の姿は見当たらなかった。
ただし、部屋の内部は家探ししたように荒らされていて、どこに何があるのやら分からない状態だ。
「あっち、奥の棚じゃない?」
「あっ、そうかも」
空属性魔法でシールドを紡錘形に作って、床に散らばったグッズの残骸を掻き分けるようにして奥へと進んだ。
「ニャンゴ、やっぱり何かいるわよ」
「そうみたいだね」
俺達が進むことで、積み上がったグッズの残骸が動かされ、その下に潜んでいる何かが動き回っているようだ。
「ヨロイムカデかな? そんなに大きな個体じゃないと思うけど」
「そうね、でもこのシールドは解かない方がいいわ」
シールドに守られたまま、ズリズリと部屋の中を進んで、ようやく奥の棚まで辿り着いた。
ニャンゴサイクロン掃除機をハンディサイズで作って、棚の埃を吸い取っていくと、ズラっと並べられた新品のディスクが姿を現した。
「当たり、例のディスクだ」
「あのゲーム機っていうのは?」
「ここには置いてないかも、たぶん、建物二の探索を進めていれば見つかると思う。ただ、ゲーム以外のディスクを再生できるかどうかは不明だけどね」
スロットのサイズも同じような大きさだが、規格が同じとは限らない。
というか、同じであって下さい、お願いします。
「ニャンゴ、このディスクはどうするの?」
「このままにするのはもったいないから、後で回収しに来よう」
「あたし達で持って帰ってもいいんじゃない?」
「一応、学術調査が入っているから、全部を持ち出すのは後にした方が良いと思う」
「それもそうね……」
念のために、倉庫内部の様子をスマホのカメラで撮影しておいた。
その後も、棚を掃除しながら探してみたが、残念ながらゲーム機本体の新品は発見できなかった。
探索を終えてベースキャンプに戻ると、ギルド職員のモッゾが慌てた様子で駆け込んで来たところだった。
「学院が、何者かに襲撃されたそうです」
「えぇぇぇぇ!」
その場に居合わせた全員が驚きの声を上げたのは無理もない話で、旧王都の学院は王家が開設して、現在は大公家が管理を引き継いでいる施設だ。
そこを襲撃することは、即ち王家に弓を引くのと同じだ。
「それで、学院は大丈夫なんですか?」
「あっ、はい、かなりの規模の攻撃を受けたようですが、学院内部への侵入は許さなかったようです。ただ、教職員や生徒の一部には怪我人が出ているようです」
モッゾの話によると、ダンジョンからアーティファクトなどの発掘品が運び込まれるようになって以後、大公家が学院の警備を強化していたらしい。
それでも怪我人が出ているのだから、相当な規模の襲撃だったのだろう。
「まだ情報だけなのですが、王都の『巣立ちの儀』が襲撃された時と同様の武器が使われたらしいです」
「えっ、まさか粉砕の魔法陣を使った大砲ですか?」
「そのようです」
俺が名誉騎士に叙任される切っ掛けとなった、王都の『巣立ちの儀』襲撃事件では、下水管と粉砕の魔法陣を使った榴弾砲が使われた。
上空から降り注ぐ石礫によって、多くの人が傷付き、命を落とした。
今回の襲撃事件でも、その大砲が使われて、学院の正門の強行突破が試みられたらしい。
「ですが大公家では、王都の襲撃事件の詳細を調べ、騎士の装備の見直しを行っていたそうです」
具体的な内容としては、盾の強化と運用方法の見直しらしい。
学院の正門を固めていた騎士達は、自分の身の丈ほどの鉄の大盾を斜めに傾けて構えることで、水平発射された榴弾を受け流したらしい。
襲撃者達の最大戦力は、粉砕の魔法陣を使った榴弾砲だったようで、その強みを打ち消されてしまうと、後は寄せ集めのゴロツキみたいなもので、騎士達の敵ではなかったようだ。
教職員や生徒の負傷者は、この榴弾砲の流れ弾や壊れた建物の破片が当たるなどして発生したらしい。
「襲撃してきたのは、反貴族派の連中なんでしょうか?」
「さぁ、今の時点では分かっていないようですが、犯人の何人かを拘束しているようなので、追々判明していくと思われます」
反貴族派というと、ダグトゥーレという白虎人の若い男のことが頭に浮かぶ。
グロブラス領で捕まえた奴は黒幕は王族だなんて寝言を言っていたが、王族が貴族を潰す理由も分からないし、話を鵜呑みにするのは危険な気がする。
もう一人、白虎人のキナ臭い人物というと、大公アンブロージョが頭に浮かぶ。
王家に弓を引くことになったら、自分の味方になってくれるか……なんて物騒な話を持ち掛けられた。
勿論、協力しますなんて言う訳にはいかないので、言葉を濁しておいた。
民のためならば王家に弓を引くのも辞さないという姿勢は共感したくもなるが、どうも腹の底で何か企んでいるようにも見えるのだ。
まさか、自作自演なんてことは無いのだろうが、どうも裏がありそうで、全面的に信用するのは躊躇してしまう。
「モッゾさん、こちらの発掘調査はどうなるんですか?」
「現状は、今まで通りに作業を進めていただいて結構です。地上の雑事に気を巡らせるだけ時間の無駄ですからね」
「了解です、襲撃の詳しい内容とか分かったら教えてください」
「はい、冒険者の噂ではなくて、ギルド経由で届いた情報だけお知らせします」
話しているうちに落ち着きを取り戻したのか、モッゾはいつもと変わらない足取りで連絡通路の向こう側へ戻っていった。
それにしても、襲撃の手口を聞いた感じだと反貴族派のように思えるが、やはり狙いはアーティファクトなんだろうか、それとも……何だか急に雲行きが怪しくなってきた気がする。





