魔銃の原型
休憩を終えて、三階の探索に移ろうと思っていたら、通信機にベースキャンプからの呼び出しが入った。
「ニャンゴ、聞こえとるか? ベースのガドだ。ギルドのモッゾが見てもらいたいものがあると訪ねて来ておるのじゃが、戻って来られるか?」
どうやら、別の発掘現場で何か見つかったらしい。
戻った方が良いか視線で訊ねるとケスリング教授も頷いてみせた。
「こちらニャンゴ、今は建物二の二階にいる。これからケスリング教授たちと一緒に戻るよ」
「了解した、油断せずに戻って来てくれ」
俺達チャリオットが探索しているエリアと大通りを挟んだ西側では、大規模な崩落事故が起こって作業が一時中断していたが、無事だった建物では探索が再開されている。
見てもらいたい物は、そうした建物から見つかったのだろう。
ベースキャンプに戻ると、ギルドの職員モッゾの他に見覚えのある冒険者がいた。
チャリオットが調査を始めた当初に、下見に来た発掘を専門にするパーティー、シルバーモールのヒュストとウェダムだ。
「ご無沙汰しております、エルメール卿」
「何か見つけたみたいですね」
「はい、こちらには学院の皆さんもいるようなので、ご意見を伺おうと思いまして」
「そうですか、こちらが新王都の学院で考古学部長を務めていらっしゃるケスリング教授と准教授のレンボルト先生です」
「冒険者パーティー、シルバーモールのリーダー、ヒュストです、こっちはメンバーのウェダムです、よろしくお願いします」
冒険者というよりも探索者という雰囲気のヒュストに、ケスリング教授達も好感を持ったようだ。
「それで、見せたいものというのは……?」
「この時代の魔銃だと思うのですが……」
ウェダムが持っていた小振りな木箱の中身は、油紙に包まれた歪な三角形の物体が二つと、ボロボロの発泡スチロールと思われる塊だった。
「我々が掘り当てたのは、飲食店と思われる建物だったのですが、事務所と思われるフロアの配管とかが収められている場所に置かれていました」
前世でいうところのパイプスペースのことだろう。
そんな場所に置かれていたということは、見られてはマズい品物、法律に背くような品物なのだろう。
シルバーモールが掘り当てた飲食店というのは、当時の反社会的組織の配下にあったのかもしれない。
ヒュストが手袋をして、油紙に包まれた物体を取り出して包みを解き始めた。
既に一度開けて、中身は確認しているようだ。
ベースキャンプの作業台の上で油紙が広げられ、中から出てきたのはグリスまみれの自動拳銃だった。
グリスは経年変化によって固化しているようだが、見る限り銃本体に錆は見られず、クリーニングすれば使えそうな気がする。
問題は、銃弾が使える状態かどうかだろう。
「これが魔銃の本体で、こちらが弾のようなんですが、私の知る魔銃の弾とは違っているんですよね」
ヒュストが慎重な手付きで扱っても、発泡スチロールの容器はボロボロと崩れ、中からくすんだ銃弾が現れた。
それは、この世界では一般的ではないのだろうが、俺の前世では見知った形の銃弾だった。
ケスリング教授やレンボルト先生は、銃本体に視線を釘付けにされているが、俺は銃弾から目が離せなかった。
弾丸の先端は平らに削られ、薬莢は銃のマガジンに収まる長さのようだ。
薬莢の太さから見て、マガジンには十発程度が収まるのだろう。
「おそらく……これは魔銃ではないと思います」
「魔銃ではない? では、これは武器ではないのですか?」
「いいえ、これが武器なのは間違いないでしょうが、魔法によって炎弾を撃ち出すのではなく、火薬によって銃弾を撃ち出すものでしょう」
ヒュストから受け取った銃弾はズシリと重く、内部にガンパウダーが詰まった実弾なのは間違いないようだ。
ただし、表面は薄く腐食しているし、実際に発砲できるかどうかは分からない。
「火薬? 銃弾? どういう意味ですか?」
「この内部に、燃焼することで爆発的な力を発生する薬剤が詰められていて、その力によって先端部分が高速で発射される仕組みだと思います」
「こんな小さな物を飛ばすだけなんですか?」
「撃ち出される銃弾が、目では捉えられないほど速かったらどうですか? 小さいとは言っても、頭を貫通するような威力を持っているとしたらどうですか?」
「それは……」
今の時代の魔銃の炎弾は、火薬を使った銃弾に比べると遅い。
以前、イブーロの学院で見たまともな魔銃であっても、弾速はせいぜい時速二百キロ程度だと思う。
至近距離から撃たれれば避けるのは難しいが、身体強化を使っている冒険者ならば躱せる速度だ。
それに魔銃の炎弾は燃やすことに主眼を置いている。
頭を貫通するなんて物騒な話を耳にしたからか、ケスリング教授達も俺に視線を向けていた。
「ケスリング教授、もしかして魔銃の原型となったアーティファクトは、これなのではありませんか?」
「いいえ、このような形ではなく、もっと長い筒が上下に二本付いていて、引き金を引くと弾が出る形だったそうです。弾もこのような形ではなく、筒状の容器に小さな粒の金属片が沢山詰め込んであったそうです」
どうやら、魔銃の基になったのは、散弾銃だったようだ。
それが複製されずに炎弾を撃ち出す魔銃が世に出回っているのは、火薬が作れなかったからだろう。
今の時点でも火薬は作れないだろうが、文字が解読されて、百科事典の内容が読めるようになれば、そこに火薬に関する記述があるはずだ。
勿論、銃弾に使われているような火薬についての専門知識は載っていないだろうが、基礎の部分は分かるはずだ。
散弾銃が作れるようになれば、村人でもオークやオーガに対抗できるようになるだろう。
冬場に食べ物が無くなり、飢えたゴブリンの群れが里に降りて来た時でも、銃声や火薬の匂い、弾の威力によって追い払えるだろう。
冒険者ギルドが無いような小さな村でも、魔物から身を守れるようになるはずだ。
その一方で、犯罪に悪用されれば、世の中の治安が一気に悪くなる恐れがある。
「モッゾさん、ヒュストさん、これは危険度の高い武器ですから、学院と騎士団が連携して調べた方が良いと思います」
今すぐ火薬や銃を製造できるようになるとは思えないが、反社会的組織に情報が流れるのは可能な限り遅らせた方が良いだろう。
銃に関する知識や情報などは、学院を中心として国が管理した方が良い気がする。
シルバーモールが見つけた拳銃二丁と銃弾は、ギルド経由で学院の買い取りという形になった。
話が一段落したところで、じっと成り行きを見守っていたレイラが話し掛けてきた。
「ねぇ、ニャンゴ」
「なぁに、レイラ」
「あの銃っていうのが使えたとして、ニャンゴは弾を防げる?」
「分からない、たぶん防げるとは思うけど、不意打ちを食らったら盾を作るのが間に合わないと思う」
「そんな攻撃が、誰でも出来るってことよね?」
「うん、狙って、引き金を引くだけでね」
「普及したら、冒険者なんて要らなくなっちゃうんじゃない?」
「どうだろう。普及したら悪党も使うようになる訳で、冒険者は銃も装備して活動するようになるんじゃないかな」
「なるほど、装備として増えるかもしれないのね」
魔法が普及しているこの世界で銃が普及したら、たぶん、アメリカの開拓時代みたいな感じになるような気がする。
山賊や盗賊が銃を使うようになれば、騎士団や官憲も対抗して銃を使うようになるだろうし、規制が行われなければ一般市民も銃を手にして自衛するようになるだろう。
「あの銃が普及したら、ニャンゴの強みが減っちゃいそうね」
「そうだね。でも、一般的に出回るには時間が掛かると思うし、あっちは弾を補充しないといけないけど、俺は魔力切れを起こすまでは撃ち放題だからね」
「まだまだ、エルメール卿の天下は続く訳ね」
「いや、俺の天下ってほどじゃないけど、銃が普及するようになったら冒険者を辞めて学者に鞍替えしちゃおうかな」
「それもいいかもね」
などと言いつつも、学者に鞍替えした俺なんか、レイラにとっては退屈な存在になりそうだ。
ケスリング教授とレンボルト先生は、発見された銃に夢中なようで、この日は建物二の調査には戻らずに探索は終了する事になった。





