新たな疑問
「えっ、魔道具が無い……?」
最初に気付いたのはライオスだった。
地上での休息を終えた後は、またお掃除ニャンゴとして書店の倉庫の清掃を進めていたのだが、作業を終えてベースキャンプに戻ると学術調査隊で議論が起きていたのだ。
「いや、魔道具自体はあるぞ。明かりや火、水と思われるものや、俺達では使い方も分からないものまで沢山あるんだが、こういうタイプの魔道具が無いんだ」
ライオスは、自前の火の魔道具に魔力を流して火を点けてみせた。
つまり、自分の魔力を流して発動させるタイプの魔道具が存在していないらしい。
六階にあるスポーツ用品の売り場で、発見された魔道具を調査隊が分類している時に気付いたそうだ。
そこはキャンプ用品のコーナーで、俺もレイラと一緒に下見を行って魔道具の存在を伝えておいた場所だ。
俺は、ハンドライトやランタンなど様々な形のライトや、その魔力源にオモチャにも使われていた統一規格の蓄魔器が使われていることに気を取られて気付かなかった。
分類されて運び出されてきたものを見ると、確かに火の魔道具にも、水の魔道具にも蓄魔器が使われていて、自分の魔力を流すようには作られていない。
「どう思われますか、エルメール卿」
研究バカの教授が多いせいか、いつの間にか調査の監督をする立場になっているネルデーリ学部長が期待が籠った視線を向けながら訊ねてきた。
「どうと言われても……この時代の人は、自前の魔力を持っていなかった……かも?」
「断定するのは無理ですが、その可能性が高いと私も考えます」
「でも、現代よりも遥かに進んだ魔道具技術のある世界で、人間が魔力を持っていないなんてあり得るのでしょうか?」
「分かりません。分かりませんが、我々が道具を使わずに発動できる属性魔法や身体強化魔法と、魔道具に使われている刻印魔法は根本的に違うものです。仮に、人間が魔法を使えなくても、世界に魔素が存在し、陣を使うと火や水などが発生すると気付けば、活用の道を探るのではありませんか?」
前世の日本人だった頃を思い出してみると、人間は神経の伝達などに微弱な電気を体内で使っていたが、それを明かりなどの家電品には使えなかった。
それでも電気は、様々な分野で活用され、生活には無くてはならない存在だった。
この遺跡の時代には、まだハッキリと確定はしていないが、電気の代わりに魔力が様々な分野に活用されていたらしい。
キャンプ用品売り場にあったライトや火や水と思われる魔道具は勿論、スマホやモニター、魔導車の動力など、日本の電気と同等かそれ以上に使われていたようだ。
魔法が使えない人間が、これほどまでの魔道具文化を築けるものか疑問は残るが、電気と同じように魔素の存在を認識、把握できていたなら可能なのかもしれない。
「状況的には、人間は魔力を持たなかったか、あるいは持っていても微弱だった可能性が高いと思いますが、言葉の解読が出来ればハッキリするんじゃないですかね」
「そうですね。今回の調査では、エルメール卿が多くの資料を発見してくださいました。百科事典や小説を解析すれば、文法や言葉の意味も分かってくるでしょう。そうすれば、魔道具に関する知識や情報も、おのずと判明するでしょうね」
言葉の解析には俺も期待している。
百科事典を読み解けるようになれば、膨大な知識と情報が手に入り、文明が一気に進むだろう。
この時代の人間が、魔法を使えたかどうかも判明するはずだ。
とりあえず、この件は学術調査に直接的な影響は与えないので、考慮しつつ調査を進めるということで話は決まった。
論議が一段落したところで、食事の時間となった。
チャリオットは自前の食糧も用意しているのだが、新王都から来た調査隊には食事の世話をする料理人が同行していて、我々もご相伴にあずかれることになった。
「うみゃ、オークのシチュー、うみゃ! お店で食べてるみたい」
旧王都の学院の食堂と連携して、食材を配送する体制も出来上がっているそうで、これからは食事の準備もしなくて済むようだ。
「たしかに美味いな、あとは、これで酒が飲めれば言うこと無しなんだがなぁ……」
「セルージョは贅沢すぎるよ」
「なに言ってんだ、待遇ってのは良くしようと思わなければ、どんどん悪くなっちまうもんなんだぞ。我慢するのと快適なのと、どっちが良いんだよ」
「そりゃあ快適な方が良いけど」
「だろう? こんな地下の空間だから、快適なはずがない。だから、せめて食うものだけでも……ってことで料理人が同行してるんだ。快適ってのは作るもんだぜ」
「うーん……そうかもしれないけど、お酒が飲める飲めないは別の話だと思うよ」
「まぁな、今の所は何も無いが、ダンジョンの中で酔っぱらう気はねぇよ」
ギルドが作った居住区や、通路で開かれている出店では酒も売られているが、ダンジョンに潜っている間は酒を飲まないとチャリオットでは決めている。
ダンジョンはいつも危険で、地上ならば安全とは限らないが、何かが起こった時の危険度はダンジョンの内部の方が高い。
今回の発掘で、チャリオットが巨万の富を獲得するのはほぼ間違いない。
せっかく稼いだのに、使う前に死んだら意味が無くなってしまう。
そこは、セルージョも分かっている。
分かってはいるけど、他の冒険者たちが飲んでいるのを見ればボヤきたくもなるのだろう。
「ニャンゴ、食い終わったら、一風呂浴びにいくか?」
「いいね、行こう行こう」
ギルドが作った居住区には、酒場、宿泊施設の他に風呂場が作られた。
発掘作業で土埃にまみれる冒険者にとって、風呂は最高のリラクゼーション施設といっても過言ではないだろう。
食事を終えて、風呂に行く支度をしていたら、外が騒がしくなった。
発掘品の搬出のために、連絡通路へと繋がるトンネルも拡張したのだが、そちらから言い争うような声が響いてきた。
「行くぞ、ニャンゴ」
「はいはい、ホント退屈してんだね」
苦笑いしつつセルージョの後に続いて連絡通路に向かうと、言い争う声のボルテージが上がっていた。
「ふざけんじゃねぇ、俺らの方が建物に辿り着いてたんだよ」
「だからなんだ、入口に辿り着いたのは俺らが先だ!」
「何だと、この盗人野郎!」
「うるせえ、ノロマ!」
今や怒号というレベルの声は、連絡通路の端から冒険者達が掘り始めた穴の奥から聞こえてくるようです。
「どうやら、同じ建物の権利を巡って争ってるみたいだな。うちの儲けを横目に眺めながら待ってた連中じゃ、必死になるのも当然じゃねぇの?」
「こういう場合は、どうなるんだろう?」
「さぁな、最終的にはギルドが調停するんだろうが、揉めて怪我する前に山分けにしちまって、さっさと次を掘った方が良さそうだけどな」
確かにセルージョの言う通り、一つの建物でも当たりを引けば利益は膨大だし、山分けにしてもかなりの金額になるはずだ。
だったら、さっさと権利を確定して、次の建物を手に入れることを考えた方が良いと思うのだが……。
「どけ、ここは俺達のものだ!」
「ふざけんな、行かせるかよ!」
「どわぁぁぁぁ……」
何やら大きな物音と共に、争っていた声が小さくなった。
「なんだ? どうなったんだ?」
「建物の中に入ったんじゃない?」
「あぁ、なるほど……あっちは、どんな建物なんだ?」
「さぁ、さすがにわからないけど……一番手前の建物は、そんなに大きくなかったと思ったけど」
スマホの地図画面に表示された建物は、チャリオットが発掘した側が大型施設、道を挟んだ反対側はゴチャっとした建物の集まりのように見えた。
もしかすると、こっちサイドが古い町並みで、俺達が発掘している方は埋め立て地なのかもしれない。
セルージョと一緒に耳を澄ませていると、今度は混乱した声が響いてきた。
「手前、勝手に触んな!」
「うおっ、良く見えねぇぞ、明かり持って来い!」
「てか、行き止まり? 嘘だろう……?」
「上だ、本命は上に違いねぇ!」
「待て、この野郎!」
ドタバタと入り乱れる足音と共に、また怒号が響いていいたが、だんだん声のトーンが下がって静かになっていった。
「ふふーん、どうやらハズレみたいだな」
「当たりなら、歓声が上がるか、怒号が響くか、もうちょっと……」
反応があっても良さそうだと言おうとしたら、反応があった。
「くそっ、なんでこんな何もねぇところに……」
「毒消し……早く毒消し持って来い!」
歓声でもなければ怒号でもなく、悲鳴に近い反応からするとフキヤグモにでも襲われたのだろう。
「欲に目が眩んで、警戒を怠るからだ」
「でも、毒消しがあれば死なないよね?」
「食らった毒の量にもよるが、酷いと高熱を出して寝込むことになるぞ」
「うわぁ、建物もハズレでフキヤグモに毒を食らうなんて、踏んだり蹴ったりだね」
「まぁ、他人は他人だ……風呂行くぞ」
「だね……」
本日の教訓、権利は素早く主張し、揉めるなら山分けで解決。
新しい発見があっても、周囲の警戒は怠るべからず。
うん、さっさと風呂に入って寝ちゃおう。
お待たせしました!『黒猫ニャンゴの冒険』コミカライズ。
9月9日発売の月刊ドラゴンエイジ誌上で連載開始です。
https://dragonage-comic.com/magazine/next-magazine.html
作画担当は佐藤夕子先生。
漫画になったニャンゴの冒険をお楽しみに!





