酷似した世界
嵐のごとく訪れたバルドゥーイン殿下は、嵐のごとく去っていった。
スマホについて、随分と熱心に話を聞いていったから、学院に運び込まれたものの中から自分用を確保するつもりなのだろう。
ただ、スマホを確保しても、充電器ならぬ充魔力器が無いはずだ。
発見されたスマホは、非接触方式で魔力を充填するようになっているが、充魔力器自体はコンセントに繋いで使うようになっている。
このコンセントに繋がる魔導線に魔力を流せばスマホに充填されるのだと思うが、どの程度の魔力を流せば良いのかは不明だ。
俺の使っているスマホは、俺が空属性魔法で作った魔法陣で魔力を充填したので、発見された充魔力器が使えるかどうかは分からないのだ。
まぁ、王族パワーで圧力を掛ければ、そのうち使えるようになりそうだけどね。
バルドゥーイン殿下が地上に戻ったので、また発掘に専念できると思っていたのだが、今度はダンジョンの方が騒がしくなってきた。
「ガド、何かあったの?」
「どうも、ここより下の階層で魔物の動きが活発になっているらしいぞ」
ダンジョンとの連絡通路まで様子を見に行ったガドの話によると、どうやら最下層の横穴から魔物が溢れ出してきているらしい。
合同パーティーによる大規模攻略作戦が失敗して以来、最下層の横穴に挑んだり、見物に出かける冒険者が減ったせいで、魔物が上の階層まで上がってきたようだ。
今のところは、この階層への影響は無いようだが、それも魔物の数が増えていけば分からなくなる。
下から別の魔物の突き上げを食らって、それまで住んでいた魔物が上を目指すといった状況が起こらないとも限らない。
「通路に一番近い階段は、人が通れる大きさを残して塞いでしまうそうじゃ」
「あのレッサードラゴンが上がってきたところ? 完全に塞がないの?」
「そこに階段があると知っている冒険者が、魔物の群れに襲われて逃げるといった状況になった場合、塞がれていたら命取りになるからの」
「そっか、あると思っていたルートが無かったら悲惨だものね」
この発掘現場も、場合によっては袋小路になりかねない。
冒険者だけが、お宝と命を天秤にかけて活動するのならば、魔物に取り囲まれて死んだとしても自己責任の一言で終わらせられるが、今は学術調査隊が一緒に活動している。
バルドゥーイン殿下が王都の学院から派遣された者たちと一緒に来たと言っていたから、今後こちらに下りてくる可能性が高い。
更に守るべき人間が増えて、状況は悪化の方向へと傾きつつあるように感じる。
「ライオス、こっちにも脱出経路を用意しておいた方が良いんじゃない?」
「脱出経路って、どこに逃げるつもりだ。この連絡通路を包囲されてしまったら、他に逃げ場所なんか無いぞ」
「だから、掘っておくんだよ。俺達が調べているこの建物の上の階から、ダンジョンの上の階層に向かって掘り進めておけば、逃げられる可能性が増えるんじゃない?」
「そうか、土を掘って上の階同士を繋げてしまうのか、魔物が下から湧いてくるなら逃げられる確率は上がるな。よし、どこから掘るのが良いか検討しよう」
俺達が調べている建物は、地上九階、地下一階の構造だが、ダンジョン側の広い区画は地上七階までしかない。
なので、掘り進めるとしたら七階までにする必要がある。
「ライオス、ダンジョン側の状況も調べておいた方が良いんじゃない?」
「確かにそうだな、俺達だけでは手が足りないな。ギルドの連中と相談するか」
学術調査の立ち合い、事前調査(掃除)、侵入者への備え、地上に戻って休息、現状でもチャリオットは一杯一杯の状態だ。
避難通路の選定をするなら、どこかの部門を割り振らないといけなくなる。
こちら側から掘り進める場所を調べる程度はできるが、ダンジョン側の状況を確かめることまで手が回らない。
それに、この避難通路は俺達のためだけでなく、この先発掘を進める他のパーティーにとっても命綱になるかもしれないのだ。
ライオスが、ギルド職員のモッゾに相談したところ、ダンジョン側の五、六、七階層の状況を調べてもらえることになった。
避難通路として使うのだから、ダンジョン側に逃げられたら良いというものでもない。
そこから地上までの経路を確保できて、初めて避難通路としての役割を果たせるのだ。
こちらの建物からは、南側の通りに面したガラス張りのエスカレータースペースを基点にすることにした。
エスカレーター自体は、入り込んできた土によって一部が埋まってしまっているが、その脇の階段スペースはガラス張りになっていないので問題無く通れる。
入口からも南側の廊下を進めば階段に出られるし、途中に障害物も無いから避難には持って来いだと思う。
「ちょっと待て、ライオス」
「どうした、セルージョ」
「避難経路を作るってことは、そっちからも人が出入りできちまうってことだよな? 誰か見張りを置いておかないと、お宝を勝手に持ち出されちまうんじゃねぇのか?」
「確かに、その心配はあるが、そこはギルドに職員を配置してもらうしかないだろう」
「まぁ、俺らの稼ぎを横取りされなきゃそれで良いぜ」
セルージョが心配するのも当然で、他の冒険者達が焦れているのだ。
連絡通路の拡張補強は完了し、今はこちら側の発掘をどう進めるかで冒険者とギルドで少々揉めている。
ギルド側が問題視しているのは、無暗に掘り進んだ場合の落盤事故だ。
元々架かっていた連絡橋は、片側二車線プラス広い歩道ぐらいの幅がある。
こちら側の街の中央を貫く通りは、それよりも更に幅が広い。
そこを埋まっている建物を求めて冒険者たちが闇雲に掘り進めれば、いつ天井が崩落したって不思議ではないような状況が生じかねない。
ギルドとすれば安全を確保しながら発掘を進めたいが、冒険者とすれば我先にと掘り進めたい。
双方の思惑がぶつかり合って、話し合いはなかなかまとまらないようだ。
もっとも、俺達チャリオットにとっては、他の冒険者達の発掘作業が遅れるのは大歓迎だ。
「奴らが揉めているうちに、こっちの建物の全容を掴んで、隣りの建物に移動する準備を始めよう。ニャンゴ、七階の掃除を一旦中止して、八階、九階の様子を見てきてくれ」
「了解」
ライオスの指示で掃除を一時中断、コンビをレイラに戻して八階から上を確かめる。
ここまでの探索では高値で取り引きされそうな品物が出てくる一方、俺の探している家電品が出ていない。
建物の八階は七階と同様に本屋と文房具のフロアで、目ぼしい発見としては、固定化の魔法陣によって保存されていた高級万年筆、ボールペン、鉛筆ぐらいだった。
かなり年数は経っているはずなのに、木製の鉛筆が無事に残っているのは意外だった。
逆にシャープペンらしき物は、芯を支える樹脂製の部品が劣化して使い物にならなくなっている。
シャープペンの芯も、芯自体は問題なさそうだが、樹脂製のケースがボロボロだ。
ボールペンも高級品として固定化が掛けられて残されていたものは書けるが、他はインクが固まっていたり、樹脂部分が劣化して使い物にならない。
ノートの類は本と同様に全滅だったが、樹脂製のフィルムでラッピングされたルーズリーフの一部は残っていた。
「こんな上等な紙が普段使いされていたの?」
「たぶんね。人間が手作業で漉くんじゃなくて、機械で大量生産されていたんだと思う」
「ニャンゴの前世もそうだったの?」
「うん、上等な紙も手頃な値段で買えてたよ。ただ、データは電子化が進んでた」
「デンシカ?」
「アーティファクトの写真や映像と同様に、文章もデータとして残す形になりつつあったんだ」
「この世界も同じだったと思う?」
「たぶん……でも、紙は虫に食われてるし、電子データは記録媒体が劣化して、どちらもあまり残っていないみたいだけどね」
そのほかの文房具として、絵の具は新品が残っていたが、綺麗なのは形だけで、中身は固まっているようだ。
糊、接着剤、テープなども容器の形を保っているものはあるが、どれも使用不能のようだが、こうした製品が調査されて復元され、世の中に出回るようになると便利になりそうだ。
「みゃみゃっ! 食品サンプルだ!」
「えっ、昔の料理が残っているの?」
九階は、レストラン街とアミューズメントスペースだったらしい。
ショーウインドの中には食品サンプルの料理が並んでいる。
「これは、こんな感じの料理が出てきますっていう作り物だよ」
「へぇ……よくできてるわね」
食品サンプルといえば、前世では日本特有の文化だった。
その食品サンプルが、あちこちの店に飾られているのを見ると、やはりここは日本なのかと思ってしまうが、言語は違うし、こんな施設も知らない。
「パラレルワールド……?」
「ねぇねぇ、ニャンゴ。これって、注文すると同じものが出てくるの?」
「同じようなものね。これは作り物だし、全くおなじものは出てこないけど、見た目が近いものは出てくる……はず。俺の前世では、見本と違うって文句を言う客もいたけどね」
「へぇ……面白いねぇ。本物の料理は無くなっちゃったけど、これを見たら昔の人がどんな料理を食べていたのか目で分るものね」
「うん、そうだ……ね」
俺は前世が日本人だから、食品サンプルを当り前のように見ていたけど、料理の種類も前世の日本と良く似ている。
全然違う世界ならば、もっと俺の知らない文化が栄えていてもおかしくないのに、やっぱりこの世界は日本に似すぎている気がする。
この文明を築いた人たちが何者なのか、どこから来て、どこへ行ってしまったのか。
その答えは、俺が生きているうちに出るのだろうか。





