七階の対策
繭に埋め尽くされた七階を撮影した動画を見せると、モルガーナ准教授達もチャリオットのみんなも息を飲んでいた。
書棚らしきものが並んでいるのは分かるが、中身は繭に遮られて全く見えず、異形の森にでも迷い込んだように見える。
「エルメール卿、この中はどうなっていましたか?」
「こっちの動画ファイルに入ってますけど、普通の本は期待薄です」
別の動画ファイルを再生し、棚の中もストックを入れておいたらしき引き出しの中も、崩れた本の残骸しか残っていない様子を見て、モルガーナ准教授はガッカリしたようだ。
「ただ、よく見てもらうと分かると思いますが、特殊な加工をした紙は残っていますので、こうしたページの多い本ならば残っている可能性はあります」
「おぉ、では当時の様子を知る資料が残されているかもしれないんですね?」
「はい、ただし探すのは……」
「あぁ、ですねぇ……」
書棚を埋め尽くした繭を取り除くのは、手作業で行うしかなさそうだ。
火の魔法なんか使えないし、水の魔法も、残っている本を探すのだから使えない。
風の魔法では壮絶に埃が舞ってしまうだろう。
何処か外部に排出できるなら話は別だが、ほぼ密閉状態なので極力埃が舞い散らないようにしたい。
「掃除機でも作るか」
「そうじき……とは何ですか? エルメール卿」
「えっと、空気の流れを作って、フィルターで埃だけを集める道具です」
簡単に掃除機の原理を説明すると、モルガーナ准教授は目を輝かせた。
「それがあれば、七階の発掘作業が効率良く進められそうですね」
「フィルターに使える布があれば、俺が魔法で作ることも可能ですよ」
「それなら、発掘品を包む布があるので、ちょっと見てもらえませんか?」
学術調査チームは、貴重な発掘品が壊れないように、梱包するための布を沢山持ち込んでいた。
殆どが、端切ればかりだったが、中には比較的綺麗な布もあった。
その中から俺が目を付けたのは、ネルのような布だった。
目が細かく、それでいて空気は通すので、掃除機のフィルターに使うにはちょうど良さそうだ。
大きさは縦横一メートルぐらいで、これを枠に嵌め込めば大型の掃除機が作れそうだ。
早速、試作品を作ってみる。
四角い格子状の枠を作って布を挟み込んでフィルターにして、大きな箱の中央にセットした。
片側から風の魔法陣で中の空気を吸い出し、反対側にダクトを開けると空気が吸い込まれた。
魔法陣の大きさ、強さ、ダクトの太さなどを何度か作り直して調整する。
上手くいかなくても、すぐ作り直せるのが空属性魔法の良いところだ。
実際に埃を吸ってみたりしながらトライ&エラーを繰り返して、二時間ほどで掃除機は完成した。
「ライオス、俺が掃除するしかないよね?」
「そうだな、この掃除機ってのはニャンゴしか使えないもんな」
「でも、掃除機を操作してると、さすがに周囲の警戒は出来ないかも……」
「そうか、フキヤグモがいたんだったな」
七階だけでなく、他の階にもフキヤグモやヨロイムカデが姿を見せることがある。
今のところレッサードラゴンのような大きな魔物は見掛けないが、それでも居ないとは言い切れない。
「よし、レイラとセルージョ、交代してくれ」
単純な戦闘力でレイラが劣る訳ではないが、忍び寄ってくるフキヤグモなどを探知する能力では、風属性魔法を使えるセルージョの方が上だ。
「交代するのは構わないけど、休日まで交代じゃないだろうな?」
「あら、私はそれでもいいわよ」
「おいおい、勘弁してくれ。もう何日飲んでないと思ってんだ」
「体のためには良いんじゃない?」
「よせやい、酒が飲めないなら死んだ方がマシだぜ」
セルージョが俺と一緒に七階へ行き、掃除機を使って資料を探している間の護衛、レイラは兄貴と建物の入り口を監視する。
レイラに抱っこされている兄貴は、まさに借りて来た猫といった感じで固まっている。
そんなに緊張しなくたって大丈夫だが、レイラと兄貴が仲良くしているのを見るのはちょっと複雑だ。
俺としては、兄貴にノーマルな性癖にも目覚めて欲しいのだが、相手がレイラでは兄弟が兄弟になってしまう。
まぁ、それは無いだろう……てか、無いよね?
「行くぞ、ニャンゴ」
「うん、行こう」
休憩が終わったところで、セルージョと一緒に七階へと向かう。
空属性魔法で明かりの魔法陣を作って、歩いて行く前方を照らしているから足下の心配は全くない。
ただし、前方に新しい明かりを作る度に、ザザっと生き物が動く気配が伝わってくる。
「デカい魔物はいないが、小さい連中は結構いるみたいだな」
「一斉に襲ってきたりしないかな?」
「たぶん無いと思うぞ」
「なんで?」
「これまで、俺達ぐらいの大きさの生き物は、この建物にはいなかったはずだ。魔物だろうと獣や虫だろうと、自分よりも大きな相手には進んで戦いを仕掛けたりしないもんだ」
「でも、フキヤグモが……俺と同じぐらいの大きさだったか」
七階まで上がる途中で、セルージョはフキヤグモを二匹仕留めた。
探知魔法で明かりが届いていない場所まで探り、風属性魔法で矢を誘導して隠れているフキヤグモを仕留めたのだ。
「別に驚くほどじゃないだろう。ニャンゴだって探知と攻撃の魔法を組み合わせれば、この程度の事はできるだろう?」
「まぁ、やろうと思えばできるけど、セルージョみたいに気軽にはできないよ」
「とか言って、ちょいと練習すれば簡単に追い越していくんだろう? 別に妬んだりしねぇから、腕は磨ける時に磨いておけよ」
「うん、分かった」
六階から七階へと上がる階段に辿り着くと、セルージョは繭で埋め尽くされた様子をしげしげと眺めた。
「いやぁ、実際にみると凄ぇな、さすがに、ここへ踏み込んで行く気にはなれねぇな」
「うん、俺もステップが使えなかったら、中まで入るのは躊躇したと思う」
「こいつを全部掃除していたらキリがねぇぞ。足下と、目ぼしい棚に絞ってた方が良いな」
「そうだね。とりあえず、掃除機の性能テストをしながら進めるよ」
早速、フィルターとなる布を広げて枠で挟み、掃除機本体を作り上げていく。
ホースの先に付けたパイプを階段を掃くように動かすと、ズボボボボ……という吸引音と共に、積もっていた埃と繭が一気に吸い込まれていく。
「おぉ、凄ぇな、これならお宝も、あっさり見つかるんじゃないか?」
「だと良いけど、階段を掃除しただけでも、こんなに埃が溜まってるし、もうフィルターが詰まって来てる気がする」
七階まで上がったところで風の魔法陣を消して、一旦掃除機を止めた。
箱の内部には埃と繭が絡まったものが積もっていたが、フィルター代わりの布にもビッシリとへばり付いている。
「あっ、そうか……サイクロン型にすればいいのか」
「サイ……なんだって?」
「ちょっと掃除機を改良するから、待ってて」
「あぁ、構わないぜ。俺がやる事に変わりは無いからな」
周囲の監視はセルージョに任せて、掃除機をサイクロン型に変更する。
円筒形の容器を作り、外周に沿わせるように吸込み口を付け、中央に風の魔法陣を設置する。
こうすると、容器の中でグルグルと気流が回り、ゴミは下に落ち、空気だけが排出されるのだ。
しかも、容器が透明だからゴミが溜まっていく様子が良く見える。
気流が上手く渦を巻くように容器の形を何度か作り直して、ニャンゴサイクロン掃除機が完成した。
これならば、最後まで吸引力が落ちないはずだ。
「できたよ、セルージョ」
「おう、んじゃぁ、ちゃっちゃと始めようぜ」
新型の掃除機は、思った通りの性能を発揮してくれたけど、いかんせん集めるゴミの量が多すぎる。
そこで、床の掃除はパイプの先の形を幅広に変えて、ガーっと一気に吸い取るようにした。
床を掃除し終えたら、棚の部分はパイプを少し離して、埃と繭だけを吸い込むようにしたのだが、本の残骸らしき物もちょっと吸い込んでしまった。
想定よりも、ボロボロになってしまっているみたいだ。
例え、吸い込まずに済んだとしても、解読できるとは思えない。
容器がゴミで一杯になったら、ギューっと圧縮して邪魔にならない隅っこに置いておく。
五つほど書棚を掃除してみたが、残っていたのは表紙などの装丁部分だけで、肝心の中身は全滅みたいだ。
「にゃにゃっ?」
「おっ、何か出てきたか?」
「なんでマグカップが……にゃぁぁぁ!」
「どうした、ニャンゴ」
「これ、真空断熱だ……」
「何だって?」
「注いだものが冷めにくかったり、温くなりにくい特殊な構造になってるんだ」
中が真空状態になった二重構造について説明すると、セルージョはカップを手にして、指で弾いたりして確かめ始めた。
「何だか良く分からねぇけど、凄ぇ技術で作られた物なのは分かった。けどよ、何で本屋にカップがあるんだ?」
「もしかすると、本のオマケか、カップのオマケに本が付いてたのかも……」
「はぁ? 何で本のオマケがカップなんだ?」
「アウトドアに関する本が置いてあったのかも……」
「アウ……なんだって?」
「えっと、野営の楽しみ方……みたいな?」
「野営は楽しむものなのか? 必要だからするけど、宿で寝た方が楽だろう」
「まぁ、そうなんだけど、野営の必要性が減った世界では、あえて野営をして楽しむみたいな趣味があるんだよ」
「わざわざ野営をして、楽しむ? よく分からねぇな」
冒険者にとって野営は好き好んでやるものではないが、前世日本みたいに森は安全で、交通機関が発達して野営する必要も無い世界では、キャンプを趣味とする人が多くいた。
たぶん、この書棚には、そうした趣味に関する書籍が置かれていたのだろう。
結局、この日は真空断熱のマグカップと、トートバッグの残骸しか見つけられなかった。





