七階を支配していたもの
大公の屋敷から拠点に戻り、レイラにどんな感じだったか聞かれたので、ケーキが美味しかったと答えたら呆れられてしまった。
でも、イブーロのケーキ屋よりも二段ぐらいレベルが高かったんだと力説したのだが、やっぱり呆れられてしまった。
というか、俺としては王族とか貴族とは、なるべく関わりたくないと思っている。
それよりも、今は発掘作業に専念したいのだ。
翌日、買い出しした食料などを空属性魔法で作ったカートに載せて、ダンジョン内部の発掘現場に戻った。
昇降機を使って発掘が行われている階まで降りて、明かりの灯った通路を歩いていく。
ダンジョンから対岸へと渡る通路までは、地上から十五分も掛からずに到着できた。
安全、確実に冒険者の活動を支え、実利を追求するギルドの姿勢は正しいのだろうが、なんと言うか、冒険するワクワク感が物凄く薄れてしまった気がする。
発掘中の建物の入り口には、ベースキャンプが出来上がっていて、俺達が戻ったところでガドとミリアムが入れ替わりで地上へと戻る。
探知ができる者同士、土属性同士が一緒にならないように分けたのだが、チャリオットの中では珍しい組み合わせだ。
普段、あまり一緒にいる機会の無い者同士が組むのは、交流を促進する意味もあるのかもしれない。
手荷物をまとめたガドは、待っていたミリアムをひょいっと肩に乗せた。
「ふみゃぁぁぁ! 急に持ち上げないでよね」
「すまんすまん、フォークスと一緒の時のクセがでてしまった」
「ホント、脅かさないでくれる? というか、自分の足で歩けるわよ」
「そうじゃな、地上までの通路は整備されているようじゃが、念のためにそこで探知に専念してくれ」
「しょ、しょうがないわねぇ……そう言うなら探知してあげるわよ」
担ぎ上げられた時には悲鳴を上げたミリアムだが、いつもとは違う高い目線が気に入ったようで、ガドの肩の上からキョロキョロと周囲を見回していた。
肩車してもらった子供かよ。
ガドとミリアムの組み合わせって大丈夫なのか少々不安だったが、これはこれで、なかなか良いコンビみたいだ。
でも、ガドを巡って兄貴とミリアムで三角関係になって、痴情のもつれから……なんてことにはならないか。
モルガーナ准教授たちの学術調査は五階の売り場へと移っていた。
俺の見つけたい家電品などは残っていなかったが、家具売り場は当時の生活を調べる上で重要なようで、調査しない訳にはいかないらしい。
当時の生活用品などは、ダンジョン側からも見つかっているが、どのような形態で、どんな物が売られていたのか調べるらしい。
「ライオス、七階から上を見てくるよ」
「分かった、こっちの立ち合いは俺がやっておく。一応、通信機は置いていってくれ」
「了解」
建物は地上九階建てなので、家電品の売り場があるとすれば、七、八、九階のいずれかだ。
ただ、ここまで飲食店は二階にフードコートがあった程度なので、九階は飲食店街のような気がする。
なので、七、八階には、いやでも期待してしまう。
ライオスに空属性魔法で作った通信機を手渡して、レイラと一緒に七階を目指したのだが、何だか様子がおかしい。
「何これ、クモの巣かしら?」
「いや、何かの繭みたいだ」
これまでにもクモの巣はよく見かけているが、ここはちょっとレベルが違う。
六階から七階へと上がる階段の途中から、壁も床も天井も、ビッシリと糸のようなもので覆われていたのだ。
よく見ると糸の中には楕円形の物があり、昆虫が幼虫から成虫になる過程でつくる繭のようだ。
繭は大きなものだと長さが十センチぐらいで、太さは五、六センチぐらいある。
何種類か混じっているらしく、長さ五センチぐらいのものや、一センチ程度の小さなものもあった。
見渡す限り、繭と繭を固定する糸で埋め尽くされているが、それを作ったと思われる虫の姿は無い。
「かなり前に作られたものみたいよ」
「うん、埃に埋もれてるね」
床や壁、天井まで埋め尽くしている繭には、埃が厚く積もっていて、中身は入っていないようだ。
「どうするの?」
「うーん……いずれは踏み荒らすことになると思うけど、その前に撮影しておく」
「例のアーティファクトで?」
「うん、ちょっとここで待っていて、撮影しながら様子を見てくるから」
「分かったわ、六階まで下りておく」
六階まで下りたレイラにも通信機を渡し、周囲には明かりの魔法陣を設置しておいた。
これで何かあっても連絡が付くし、暗がりから不意に襲われる心配もない。
「ニャンゴ、気を付けてね」
「うん、ヤバそうだったら戻って来るよ」
空属性魔法で作ったフルアーマーで身を固め、繭を踏まないようにステップを使って宙を歩いて七階まで上った。
「うわっ、フロア全体が繭だらけだ……」
動画モードにしたスマホを構えて七階のフロアへと足を踏み入れた。
「ここは……本屋か!」
ずらっと棚が並んでいる様子は、本屋のように見えるのだが、棚も繭で埋め尽くされていて中身が見えない。
「ちょっと掘ってみるか……うわっ、ボロボロだ」
空属性魔法で小さな箒を作って、棚を埋め尽くした繭を払ってみたが、出てきたのは本の残骸だった。
残っているのは、コーティングが施された表紙や背表紙のノリの部分だけで、他は食い荒らされてしまったらしい。
「本を食い荒らす虫が大量に発生して、食い物である本が無くなったから死滅したのか?」
あるいは、食料を求めてどこかに移動したのかもしれないが、もうここには居ないようだ。
へばり付いた繭を払っていくと、棚の下にはストック用と思われる引き出しがあった。
この中ならば、無事な本が残っているかもしれない。
「うわっ、ここも駄目かぁ……」
空属性魔法で鈎棒を作って慎重に開けてみたのだが、引き出しの中もビッシリと繭で埋め尽くされていた。
僅かな隙間から入り込んでしまうような小さな虫もいたのだろう。
「本が残っていればと思ったんだけど、これじゃあ期待薄かなぁ……うにゃ!」
引き出しを覗き込んでガッカリしていたら、突然背中のアーマーがカツーンと音を立てた。
驚いて振り返ると、俺と同じぐらいの大きさのフキヤグモが忍び寄っていた。
「雷!」
棚を伝って近づいてきたフキヤグモを雷の魔法陣をぶつけて倒した。
フルアーマーを着込んでいなかったら、毒の入った牙をまともに食らってしまうところだった。
よく見ると、書棚の上の方にはフキヤグモが巣食っているようだ。
明かりに怯えて姿を隠しているだけで、ネズミとかも居るのかもしれない。
撮影を中断してスマホをしまい、シールドを追加して七階のフロアを見て回ったが、どこもかしこも繭だらけで、無事な書籍を見つけるのは難しそうだ。
「この分だと、紙の書籍は全滅っぽいな……いや、待てよ……」
紙を食糧とする虫たちは、コーティングが施された紙は食べずに残していた。
だとすると、上質な写真集とか、中身が見れないようにラップのようなもので包んである本ならば残っているかもしれない。
つまり、ちょっとエッチな写真集などは残っている可能性が高そうだ。
今の世界には、写真自体が存在しない。
なので、 当時のエロい写真集などは、マニアに高額で売れるのではなかろうか。
というか、俺自身ちょっと見てみたい。
ただし、書棚はどこもかしこも繭で埋め尽くされているし、そもそも文字が読めないから、どこにどんなジャンルの本が置かれているのかも分からない。
「残念だけど、ここは後で学術調査のグループに、時間を掛けて調べてもらうしかないかな」
六階で待っているレイラの所に戻り、空属性魔法の通信機でライオスに連絡を入れた。
『ライオス、聞こえる?』
『おぅ、何かあったのか?』
『七階なんだけど、どうやら本屋だったみたい』
『おぉ、それじゃあ、当時の資料が手に入ったんだな?』
『いや、殆ど虫に食い荒らされていて、その虫の繭で床も壁も天井も埋め尽くされちゃってるんだ』
『全く資料は残っていないのか?』
『詳しく調べれば残っているかもしれないけど、アーティファクトで七階の様子を撮影したから、一旦戻って説明するよ』
『了解した、気を付けて戻ってきてくれ』
七階は本屋で、資料が残っている可能性はあるものの調査に時間が掛かると判明した。
残すは八階と九階、それに地下一階の調査が済んでいない。
俺が求めているパソコンとか、電子辞書などは見つかるのだろうか。
紙の資料が残っている確率が低そうなので、なんとか電子データだけでも発見したいものだ。





