発掘開始
「ガド、どっちに掘り進む?」
「そうじゃな……」
前回掘り進んだ場所から、ガドが地中の様子を土属性魔法で探り、ライオスと相談して掘り進む方向を決める。
「右前方じゃな、こちらに大きな建物らしきものがあるようじゃ」
俺達がいる場所は、ダンジョンから対岸に渡った道の中央で、ガドが指差したのは前方から右に三十度ほどの向きだった。
左側にも建物らしきものはあるそうだが、右側の方が規模が大きいらしい。
「よし、じゃあ始めるぞ」
ライオスが手にしているのは、俺が空属性魔法で作った彫刻刀の平刀を巨大化させたような魔道具だ。
持ち手の部分が振動の魔道具になっていて、平たい刃先が超振動する。
「おぉ、こいつは凄いな。まるでバターでも切ってるみたいだぞ」
「刃先が見えないから気をつけてね。切れ味が悪くなったら作り直すから教えて」
「了解だ」
ライオスが言う通り、熱したナイフでバターを切るように超振動ブレードが土を切り崩していく。
ライオスが崩した土をガドが魔法で丸め、更に兄貴が表面を硬化させて後ろに送る。
受け取ったレイラが通路を転がし、ダンジョン側で待ち構えているセルージョが段差を持ち上げてモッゾの方へと転がす流れ作業だ。
俺の役目はライオスが使っている魔道具の維持と、ガドと兄貴に付与している魔力回復の魔法陣の維持で、俺自身も魔力回復の魔法陣を使っている。
俺達が発掘作業に当たっている間、シューレとミリアムが風属性の探知魔法で周囲を警戒している。
そして、ギルドの職員のモッゾは、俺達が前回掘り出した土なども利用して、居住区のトイレから作り始めるそうだ。
ダンジョンは先史時代の海上都市だと思われ、内部には当時の下水管が通っている。
驚いたことに、その一部は今でも機能していて、ダンジョンのあちこちにはギルドが設置したトイレもある。
利用するものは、使用後に『肥し水』と呼ばれる特殊なポーションを汚物にふりかけた後で、水の魔道具を使って流している。
『肥し水』というのは、特殊なバクテリアを含んだ水で、これを掛けると汚物を分解してくれるそうだ。
前世の日本風に言うならば、バイオトイレみたいなものだ。
そうしたトイレを冒険者たちが利用しても、最下層の横穴が水没しないのだから、どこかで下水管がまだ流れているのだろう。
モッゾが居住区にトイレの設営を始めたのは、発掘現場近くにはトイレの痕跡が残されていないからだ。
発掘現場は、橋を渡って海上都市へ入る玄関口だ。
人の往来もあったようだが、エントランス付近にはトイレは作られなかったようだ。
そこで自前でトイレの設営を思い立ったのだろう。
シューレやミリアム以外にも、これから参加するパーティーのシーカーが索敵を行う予定なので、発掘場所の周辺は安全だが少し離れると何の保証も無い。
これ以上無いぐらい無防備になるので、安心して用を足せる場所の確保は作業を進める上で重要となるそうだ。
居住区に設置するトイレは床面を少し上げ、下を浄化槽のような構造にして、最終的には排水溝へと流すらしい。
ここでも『肥し水』が使われるそうで、魔道具を使った水洗式なのでかなり衛生的らしい。
発掘作業は前回と同様に、十メートルほど掘り進んだら一旦休憩という形で進めた。
今回は、魔道具を使ってライオスも掘削に加わっているので、前回よりも作業のペースは速い。
最初の休憩に入ったところで、モッゾも手を休めてライオスに話し掛けてきた。
「皆さん、随分速いペースで掘り進んでいるようですけど、土属性の方が集まっていらっしゃるんですか?」
「いや、土属性はガドとフォークスの二人だけだ」
「それで、この時間だけで、これだけ掘り進んだんですか? 凄いですね」
モッゾは自身が土属性なので、掘り出された土の量でペースが計算できるらしい。
「崩しはライオスがやってくれているからのぉ、ワシらは随分と楽させてもらっている。
「あれっ、ライオスさんは土属性じゃないんですよね?」
「あぁ、ニャンゴが作った魔道具のおかげだ」
「エルメール卿の魔道具ですか……」
超振動ブレードについて簡単に説明すると、モッゾが興味を示したので、ちょっと作って使わせてみた。
「凄い、凄いですよ、これ! エルメール卿、これを作って売り出したら大儲けできますよ」
「俺は空属性では作れるけれど、普通の魔道具では作れないから無理ですよ。それに、同じような物はイブーロのカリタラン商会が作り始めていると思いますよ」
超振動ブレードは、ロックタートルの甲羅を切断する時に使って、その後カリタラン商会でも実演してみせた。
魔導車のフレームに使われる堅い樫の端材をザクザクと削ってみせたら、是非作ろうと意気込んでいたから既に実用品が出来ているかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って下さい……えっと、イブーロのカリタラン商会ですね?」
モッゾはギルドに報告する日報に、超振動ブレードの事も書き添えていた。
地上のギルドに報告が届けば、カリタラン商会に掘削用の魔道具が注文されるかもしれないが、実際に届くまでには時間が掛かるだろう。
それまでの間、俺達にとっては掘削のためのアドバンテージになりそうだが、土属性を使える者を大量に揃えた場合と比べると分が悪いだろう。
休憩を終えたら、更に掘削作業を進める。
掘り進めていくうちに分かったのは、かなり幅の広い道が通っていたらしい。
路面はアスファルトではなく、コンクリート状の物で出来ているようだ。
「ガド、この路盤は新王都の物よりも精度が高いんじゃないか?」
「そうじゃな、どんな風に作られたのかは分らんが、まるで継ぎ目のない一枚岩のように見えるのぉ」
見た目は珪藻土の板のようだが、硬度は遥かに高く、軽く叩いてみても岩にしか思えない。
アスファルトに比べると、作業性の面で劣りそうだが、それをカバーするだけの技術があったのかもしれない。
二回目の作業の途中で、シューレが鋭い声を発した。
「下から二頭上がってくる! たぶんレッサードラゴン」
「ニャンゴ、追い払ってくれ」
「了解」
掘削を進めている穴から出ると、前回と同じ止まったままのエスカレーターからレッサードラゴンが頭を覗かせたところだった。
どうやら、この辺りは奴らの狩り場の一部のようだ。
「雷!」
「ギィィィ……」
鼻面に強めの雷の魔法陣を食らわせてやると、レッサードラゴンは後ろにいたもう一頭を巻き込んでエスカレーターを転げ落ちていった。
「どう? まだ上がって来そう?」
「揉めてるみたい……」
「揉めてる?」
「後ろにいた方が下敷きになって怒ってるみたい……」
レッサードラゴンでも階段落ちは痛いらしく、巻き込まれた方が噛み付いていったらしい。
そのまま立ち去るかと思ったが、また止まったままのエスカレーターを上がってきた。
「雷!」
「ギピィィィ!」
さっきよりも大きな悲鳴を上げて、また二頭のレッサードラゴンは転げ落ちていった。
直後に争うような唸り声が響いた後で、二頭は立ち去っていったようだ。
「諦めたみたい……」
「モッゾさん、大丈夫ですよ」
シューレの警告を聞いて、こちらに避難してきていたモッゾに声を掛けた。
土属性魔法を使った設営はかなりの腕前のようだが、戦闘はあまり得意でないらしい。
「今のもエルメール卿の魔法なんですか?」
「えぇ、雷の魔法陣を使いました。雷の魔法は、どんなに皮が堅かろうが内部に通りますし、普通では体験しない痛みを伴うから追い払うには最適なんですよ」
火災の心配も要らないし、そもそも相手にはどこにあるのか見えず、突然電撃を食らうのだから回避のしようも無い。
威力を調整すれば、ただの脅し、動きを止める、息の根を止めると調節が出来るのも便利だ。
レッサードラゴンを追い払った後、作業を再開したが建物らしきものまでは辿り着け無かった。
道を斜めに突っ切る形で掘り進めているからだろうが、何も出て来ない、辿り着かないと気持ちが焦ってくる。
二度目の休憩は、食事を兼ねて少し長めにとった。
ダンジョン内部だから手の込んだ食事は取れないし、成果の出ない状況にストレスを感じていたらレイラに頬を突かれた。
「美味しい食事は地上に戻らないと無理よ」
「分かってるよ……早くお宝を発見して、ガッポリ稼いで、タハリで美味しいお魚が食べたいにゃ」
「居住区が出来て、発掘に関わる冒険者が増えれば食糧事情も良くなるんじゃない?」
「そうなんですか、モッゾさん」
「えぇ、どのぐらいの人が参加するかにもよりますけど、人が増えればギルドの食堂の調理人が出張してくるかもしれません。美味い食事は活力になりますからね」
参加するパーティーが増えて、守りを固められるようになれば、調理をして匂いが流れても魔物に対抗できるようになる。
当然、地上で食べるよりも大幅に割高になるようだが、少し手の込んだ食事にもありつけるようになるようだ。
「ニャンゴのうみゃが聞けるようになるには、目ぼしい発見をしないと駄目ね」
「うん、休憩が終わったら頑張ろう」
食事を終えたら、レイラに抱えられて暫しの仮眠で英気を養った。





