暗い影
ブルゴスさんからの情報収集を終えてギルドを出ると、ダンジョンの方向が騒がしくなっていた。
「上げろ、上げろ! 急げ、モタモタするな!」
指示を出す大声と共に、ゴロゴロと重たい物が転がるような音が響いてくる。
「ダンジョンで何かあったのかな?」
「行ってみれば分かるんじゃない?」
俺を抱えたレイラの瞳が、好奇心でキラキラと輝いているように見える。
聞こえてくる声の感じからして、ポジティブな事態とは思えないが、ダンジョンを見下ろす壁には多くの野次馬が集まっていた。
ゴロゴロと音を立てていたのは、縦穴を使った昇降機の太いロープを巻き取る大きなリールで、屈強な男達が腕木を押してシャフトを回している。
てか、人力で上げてるのかよ。
おそらく身体強化魔法を使っているのだろうけど、三百メートルもの高さを人力で引き上げるなんて気の遠くなるような作業に思えるが、結構な速さでロープが巻き取られている。
「ねぇ、何があったの?」
「なんだぁ? あぁ、横穴に潜った連中がヨロイムカデの群れに襲われたらしい」
レイラに声を掛けられた野次馬は、抱えられている俺を見て一瞬驚いていたが、噂話を聞かせてくれた。
「今引き上げてる連中は、三度目ぐらいだ。一度に十人程度だから、もう二十人ぐらいが治癒院に運ばれてる。酷い奴は、足をバッサリだ……」
ブルゴスさんから聞いたばかりだが、ヨロイムカデは外殻が非常に硬い大型のムカデで、普通の剣や槍程度では攻撃を弾き返されてしまうらしい。
倒すには戦斧や戦槌などで叩き潰すぐらいの勢いで攻撃するか、外殻の隙間から刃を突き入れるしかないらしい。
殻が硬いので、水や風などの魔法は余程強力でないと効果が無いそうだ。
火属性の魔法ならば焼き殺せるらしいのだが、密閉した地下空間で火属性の魔法を大々的に使うわけにはいかない。
「対策はしてなかったんですかね?」
「いいや、潜んでいる魔物に対抗できるように、盾を並べて警戒していたらしいが、横穴の壁面に出来た割れ目から突然湧き出してきたらしい」
日本の地下鉄のトンネルには、非常時の避難用であったり、保守点検のために人が通れる通路が作られている。
もしかすると、そうした通路があって、その中を伝って移動したのかもしれない。
盾を構えた前衛が通り過ぎたところで、ヨロイムカデが壁の穴から湧き出してきて、中衛に居た連中に襲い掛かって来たそうだ。
勿論、防具は身に着けていたそうだが、ヨロイムカデの強力な顎までは防げなかったらしい。
怪我の程度が酷い者は、足を切断されてしまっているそうだ。
俺達が話をしている間も昇降機の引き上げは続いていて、ようやく怪我人を載せたゴンドラが上がってきたようだ。
「あと十! あと五! あと三、二、一……止めろぉ! 固定!」
ゴンドラが縦穴から出たところで引き上げを行っていた屈強な男達は動きを止め、太い綱を巻き上げていたリールにはロックが掛けられた。
一回目、二回目の引き上げ作業では、一度に十人程度が運ばれてきたらしいが、今回は六人しか乗っていない。
急を要する怪我人は、これが最後なのかもしれない。
六人の内の一人は左足の膝から下が、もう一人は右の足首から先が失われていて、その他の者も怪我の程度は軽く無さそうだ。
到着したゴンドラには踏板が渡されて、怪我をした冒険者は次々と運ばれていく。
確か、横穴に挑んでいるのは総勢百人程度だと聞いている。
そのうちの二十五人となると、全体の四分の一にもなる人数だ。
果たして、横穴の攻略は続行出来るのだろうか。
合同パーティーの活動に不安を感じていると、俺よりも悲観的な見方をする者がいた。
「おいおい、こりゃ失敗じゃねぇの?」
「へたすりゃ全滅じゃねぇか?」
「もう、ダンジョンで稼ぐ時代は終わりだな」
「いつまでも未練たらしく横穴なんかに潜ってるから、こんな目に遭うんだよ」
「とっとと帰って移籍先の話でもしようぜ」
同じパーティーなのだろうか、七人ほどの冒険者がゾロゾロとダンジョンを囲む壁から離れていく。
周囲の空気も一気に暗く重たくなったような感じだ。
冒険者は、判断力を求められる仕事だ。
魔物の討伐でも、どこに目標の魔物がいるのか、その魔物は自分たちの手に負える相手なのか、倒したとして割が合う依頼なのか……他の多くの仕事でも判断はついて回るだろうが、冒険者の場合には命に直結する判断を求められる。
だから拠点を置く場所にこだわらず、実入りの良い場所を探して移籍していくのは、冒険者にとっては当たり前の行動だ。
当たり前なのだが、他者の判断ミスや不幸を笑い、これまで稼がせてもらったダンジョンに後足で砂をかけるような言葉は不愉快だ。
「ニャンゴ、怒ってるの?」
「えっ……うん、ちょっとね」
「でも、ニャンゴには勝算があるんでしょ?」
「うん、まぁ、いろいろと誤算はあったけど希望はあるよ」
「だったら、帰って皆と攻略の相談をしましょう」
「そうだね」
旧王都に到着して以来、最新のダンジョンの見取り図やブルゴスさんから聞いた話など、予想外の内容が連続している。
ダンジョンが先史時代のショッピングモールという予測は外れた感じだが、それでも地下都市ではなく地上にあったものが埋まったのは確かだと思う。
あとは、俺の予想とのズレを修正して、発掘する方法を見極めれば、結果は自ずからついてくるはずだ。
拠点に戻ると、買い出しに出掛けていたライオス達も帰ってきていた。
ダンジョンに持ち込む品物を整理し、総菜屋で買い込んで来たという串焼きと黒パンで簡単に夕食を済ませ、明日からの行動の相談を始める。
テーブルの上にダンジョンの見取り図が広げられ、ライオスが話を切り出した。
「さて、ダンジョンに潜るための装備は大体整った。ただし、実際に潜るのは初めてだし、勝手が分からない。そこで、最初は見物に行こうと思う」
ライオス達も買い出しをしながら、店の人などから聞き込みを行ってきたそうだ。
話を聞いた人達が口を揃えて言っていたのは、まずは内部の構造を把握することだそうだ。
ダンジョンは密閉された空間で、内部には共用の明かりが灯されているらしいが、アクシデントが起これば真っ暗闇になる事も考えられる。
その時に、自分のいる場所がどこなのか、どの方向に何があるのか分かっていないとパニックになり、その結果として命を落としかねないそうだ。
「俺達全員がダンジョンの内部構造を把握して、例え暗闇に取り残されたとしても生き残れるようにする」
「まずは、ダンジョン観光ってところだな」
セルージョの気楽な言葉に場が和むが、実際はそんなに気楽なものではないらしい。
最下層の横穴に生息しているヨロイムカデやフキヤグモなどは、他の階層にも出没する場合がある。
油断をすれば大怪我を負って、探索を打ち切らざるを得なくなる。
数十人単位の大規模パーティーならば、負傷者を後方に残して先に進むという方法も取れるだろうが、チャリオットの規模では一人が行動不能になれば帰還するしかない。
「気負いすぎても上手くいかないだろうが、油断しすぎないように注意してくれ」
ライオスは念のための注意を与えた後で、俺に話を向けて来た。
「ニャンゴ、ブルゴスから聞いた情報を教えてくれ」
「分かった。今日聞いてきたのは、主に深層の広い部分についてなんだけど、やっぱりイブーロで予想していた状況とはちょっと違っている」
ブルゴスさんから聞いた情報を皆に伝え、俺の予想との相違点も話した。
「ニャンゴはダンジョンは単独の建物だと考えていて、周囲には街が広がっていると思っていたんだよな?」
「うん、そうなんだけど……実際には周囲に道路の痕跡が無いらしいんだ」
「どういう事なんだ?」
「分からない。分からないけど、この『大いなる空洞』からスロープで上がった一番上、この北側の通路を調べてみたい」
『大いなる空洞』が地下駐車場だったならば、スロープを上がった先には道路がなければおかしい。
だが、実際には道路の痕跡は残されていないという話だ。
それならば、道路の痕跡が無くなった理由が残されていないか確かめてみたい。
「ニャンゴは、何かが残っていると思ってるんだな?」
「うん、最下層の横穴は北側に向かって伸びている。スロープを上がった先もダンジョンの北側。他の建物や街があるとすれば、それはダンジョンの北にあるはず」
「なるほど、分かった。それじゃあ俺達の最初の目標は、この六十五階層近辺の北側の調査だ。明日中に全ての準備を整えて、明後日の朝からダンジョンに潜る。いいか?」
ライオスの決定に反対するメンバーはいなかった。





