一夜限りの冒険(セルージョ)
※ 今回はセルージョ目線の話となります。
部屋は広くて凝った装飾が施されているし、ベッドは清潔でふかふか、窓からの景色も悪くねぇ。
食事は新鮮な食材が惜しげもなく使われていて、味付けも文句の付け所が無いし、酒も美味い。
俺達が夕食を楽しむ席に近づいて来る女たちは、大きな切れ込みや透ける素材のドレスで磨き上げた肌を見せつけてくるが、全員の視線は黒猫人の仲間に向けられていた。
「はぁぁ……」
「やってられないわ」
ホテルのレストランのテラスに出て、溜息を洩らしたところで直後に続けようと思っていたセリフを横取りされた。
いたいけな中年男の心を踏みにじる無粋な奴は、いったい何処のどいつだと視線を向けると、湿気た顔をした狸人の女が手摺にもたれて頬杖を突いていた。
ストラップショルダーの白いサマードレスは、豊かな胸の膨らみを強調して見せているが、いかんせん腹回りの肉付きが良すぎる。
まぁ、狸人の多くがこうした体形だし、これはこれで需要があるらしい。
「なによ……なんか用?」
俺の不躾な視線に気づいた女が、不機嫌そうに声を掛けてきた。
「別に……ここにも冴えない夜を過ごしてる奴がいるのかと思っただけだ」
「あぁ、なるほど……男は男で出番無しってことね」
返事の代わりに両手を軽く広げて、お手上げだとポーズを取ると、女は微笑んでみせた。
少し垂れ目で丸っこい顔は、笑うと愛嬌がある。
近づいてきたウェイターに酒を頼み、女をテラスの席に誘った。
女も軽いカクテルのお替りを頼むと、俺と向かい合わせの席に座った。
「ヘレーネよ」
「セルージョだ」
グラスを合わせて互いに名乗ると、早速ヘレーネは不満をぶちまけた。
ヘレーネの家は小さなコテージを営んでいるそうで、親からチャンスを逃すなと送り出されて来たらしい。
「だいたい、私にエルメール卿とお近づきになって来いなんて、無理難題にも程があるのよ」
「普段のニャンゴはともかく、確かに今夜は無茶な要求だな……」
パーティーの仲間であるニャンゴは、出会った当時は田舎の村の小僧に過ぎなかったが、今や国中に名前を知られる名誉騎士へと出世した。
ニャンゴ本人は出会った頃と変わらぬ気さくな性格だが、周囲の反応が全く違う。
今回も巨大なツバサザメを一人で粉砕して、マハターテの街を経済危機から救ってみせたから引く手あまたの状態だ。
王族の覚えもめでたい凄腕の冒険者にして名誉騎士ともなれば、お近づきになりたいと思うのは当然だろう。
俺達チャリオットが、このホテルに無料で滞在しているのも、ニャンゴの名声を利用したいオーナーの思惑だ。
「普段のニャンゴって……もしかして、エルメール卿と同じパーティーなの?」
「そうだぜ、出会った頃は俺達の方が名前が売れていたが、今や知名度は逆転して天と地ほどの差があるな」
「それはそれは、ご愁傷様。良い女は、みんな目の前を素通りしていくって事ね?」
言いにくい事をズケズケと言ってくれやがるが、ヘレーネの言葉には嫌味や毒気が含まれていないからか腹は立たない。
「まぁな……だが、黒オークとゴブリンの討伐依頼があって、どっちを受けるか冒険者に聞けば答えが決まってるように、ただの冒険者と名誉騎士様のどっちを女が選ぶかなんて決まりきってるだろう」
「そうね……それは、スタイル抜群の獅子人の美女とポンポコ狸娘のどっちを名誉騎士様が選ぶかと同じね」
確かに、その通りなんだろうが、そこでポンポンと腹を叩いたら駄目じゃねぇの。
「まぁ、そのスタイル抜群なレイラも、新鮮な魚には負けてるんだがな」
「あははは……そうなんだ。エルメール卿は、まだ色気よりも食い気なのね? そういえば、ずっとうみゃうみゃ言ってたわね」
「あぁ、静かになってきたから、そろそろおねむの時間じゃねぇか」
昼間は砂浜ではしゃいでいたみたいだし、食う物食ったら後は寝るだけだろう。
ニャンゴもフォークスもミリアムも、俺から見ればまだまだお子ちゃまだ。
「それじゃあ、あの美人さんに抱えられて、朝までグッスリって事ね?」
「だろうな、本人は布団を独り占めにして眠りたいらしいけどな」
ニャンゴ本人が全く意識していないから、悪い虫が付かないようにレイラが奮闘している。
たぶん、ベッドに忍び込もうなんて女が現れないように、シッカリ抱えられて一夜を過ごす事になるのだろう。
「そうなんだ、やっぱり猫人なのね」
「興味を持った物はとことん掘り返して、興味の無いものには見向きもしない、良くも悪くも猫人だな」
「ちなみに、エルメール卿が興味を持っている物って、何なの?」
ヘレーネが、ぐぐっと身を乗り出してきたので、胸の膨らみに引っ張られてドレスの紐が悲鳴を上げている。
いや、腹の出っ張りに引っ張られてるのか。
「ニャンゴが興味を持っているのは……まずは美味い物、次は気持ち良く寝ること、それから魔法陣って感じだな」
「魔法陣……? 魔道具集めが趣味とか?」
「いいや、あいつは魔法陣を使って魔法を発動させている。だから、火も水も風も使えるし、温熱、冷却、粉砕、そして魔銃の魔法も発動出来るってことだ」
「えぇぇぇ……それって凄い事なんじゃないの?」
「そういえば、王都で学位をもらったとか言ってたな」
「えぇぇぇ……名誉騎士様で学士様なの?」
「まぁ、ニャンゴなら驚かねぇな……」
俺達がニャンゴと知り合ったブロンズウルフの討伐に始まり、イブーロの学校の占拠事件の解決、ワイバーンやロックタートルの討伐などを話してやると、ヘレーネは目を輝かせて聞き入っていた。
「あぁ、いいなぁ……あたしも冒険者になってたら、エルメール卿の活躍を近くで見れたかもしれないのに」
「酒の肴として話を聞くなら冒険者って商売はいいかもしれねぇが、安定して食っていけて、老後の貯えを残せるなんて、一部の奴に限られてるんだぜ」
「そうかもしれないけど、コテージだって今回の鮫騒ぎみたいな事が起これば商売あがったりだし、時化が続けば船が出せずに食材に困る事だってあるのよ」
マハターテに暮らす者にとっては、海の恵みが全てと言っても過言ではないそうだ。
悪天候が続けば漁に出られず、海産物の取り引きが落ち込めば、街の景気に影響が出る。
潮の流れが変わって、例年ならば捕れる魚が全く捕れない年もあるそうだ。
漁の最中に命を落とす事だって珍しくはないらしい。
「そらそうだろうが、冒険者よりは安定してるだろう」
「まぁね……でも、退屈って思う時はあるわよ」
「退屈か……確かにニャンゴと一緒にいると退屈はしねぇな」
「いいわねぇ、うちのコテージのためとか抜きでも、エルメール卿の活躍を近くでみてみたいわ」
「そいつは、あんまりお薦めしないぜ。ニャンゴが活躍するような場面は、とびきりヤバい魔物が出る現場だからな、下手すりゃバクっとやられて終わりだ」
ブロンズウルフの時も、ワイバーンの時も、ヴェルデクーレブラの時も冒険者が餌食になっている。
危険度の高い魔物は名前を売るためのターゲットであると同時に、奴らからみると俺達は腹を満たすための標的だったりするのだ。
「退屈って言ったって、ここからなら王都に遊びに行ったりするんだろう?」
「そんなに気軽には行けないわよ。馬車で一日半も掛かるのよ。往復四日も掛けて行くなら、ゆっくり時間を掛けて見物したいし、馬車代に宿代に滞在中に遊ぶお金……数年に一度行ければ良い方ね」
冒険者の俺達は、依頼であちこちに足を延ばす。
特に護衛の依頼の時は移動自体が報酬を生むのだから、金を払って出掛ける一般人とは感覚が懸け離れているのかもしれない。
「それじゃあ、ここの連中は何を楽しみに生きてやがるんだ?」
「春分と秋分の祭り、それと……王都から来た金持ちとお近づきになる?」
「なんで疑問形なんだ?」
「女は夏になると、自慢の肌に磨きをかけて、お気に入りのドレスで着飾って……なんてやってみても、結局は王都の垢抜けた女には敵わない……一夜限りの火遊びが精々ね」
「まぁ、そんなもんだろう……生涯を共にする伴侶を一時の気の迷いじゃ選べねぇし」
「そうよねぇ……ねぇ、浜に下りてみない?」
「何かあるのか?」
「無いわ……あるのは、砂と海だけ……」
テラスの階段をフラフラ下りていくヘレーネを追い掛けて、夜の砂浜に下りた。
へレーナは、脱いだサンダルを両手に下げて真っすぐに波打ち際へと歩いていく。
おれもブーツを脱いで裸足になると、砂浜には昼間の熱気が残っていた。
西の空には半月が浮かんでいる。
「満月みたいな尻だな……」
「何か言った?」
「いい月だって言っただけだ」
「ホント、いい月ね……それに静か、鮫騒ぎが無かったら、この時間でも浜には人がいっぱいなのよ」
「へぇ……それじゃあ、今夜は貸し切りか」
「そうみたい……」
波打ち際を見渡しても、俺達以外の人影は見えない。
聞こえてくるのは、波の音だけだ。
「セルージョは泳げるの?」
「当たり前だ、泳げもしないで冒険者なんかやってられねぇぜ」
「へぇ、水の中からでもお宝を拾い上げるとか?」
「そこにお宝があるならな……」
「じゃあ、拾い上げてみせてよ……冒険者さん」
ヘレーネは、サンダルを砂浜に投げ捨てると、サマードレスも脱ぎ捨てて波に向かって走っていく。
ドレスの下には何も着けておらず、月明かりにヘレーネの裸身が照らし出された。
「ふっ、いい満月だぜ……」
俺も急いで服を脱ぎ捨てて、海辺の街娘の一夜限りの冒険に付き合う事にした。





