レイラ vs ……
「えっ、飛ぶの……?」
「あぁ、ツバサザメとかいう種類が巨大化したらしく、飛ぶというか大きく跳ねるらしいぞ」
漁師たちから話を聞いてきたライオスの話では、俺が想像している鮫とは少々形が違うらしい。
大きな胸ビレを持っていて、トビウオみたいに滑空までするらしい。
「ただし、ヒューっと飛ぶのは普通のサイズの話で、船を襲っている奴はその場で跳ねる姿しか目撃されていないらしい」
「そりゃあ、外洋に出る船よりも大きいんでしょ? そんなのが飛んだらヤバいよ」
「まぁ、そうなんだが、飛べないと決めつけない方がいいぞ。それに、その場で跳ねるといっても、頭の位置は灯台よりも高かったらしいぞ」
「みゃっ……そんなにか」
マハターテの港には、夜間や霧の日に船が砂浜の方向へ迷い込まないように灯台が立っている。
海面からの高さは四、五階建ての建物ぐらいはあるだろう。
それほど大きな鮫では、俺なんかパクっと一飲みにされてしまうだろう。
安全性を考えるならば、三十メートルぐらいの高さから対処しないと駄目そうだ。
ライオスは、俺が対処法を考え始めると、セルージョに話を向けた。
「浜の方の様子はどうだった?」
「商売あがったりみたいで、浜に出て来ていた宿の支配人が真っ青になってたぜ」
「話に聞くようなデカい鮫なら、遠浅の浜には近付いて来ないんじゃないのか?」
「と思うだろう。ところが、沖から勢いを付けてズザーってな感じで突っ込んで来て、浜で遊んでいた奴を一飲みにしたら、ヒレで這って戻っていったそうだぞ」
「とんでもないな」
「おかげで、また浜は立ち入り禁止、この話が王都に伝われば客が減るって頭を抱えてたぜ」
「漁港の方も漁に出られる目途が立たず、途方に暮れてたな」
マハターテの人々にとっては死活問題だけど、言葉を交わすライオスとセルージョの口許は緩んでいる。
問題が深刻であればあるほど、討伐依頼の報酬を引き上げられるからだ。
なんとなく、他人の不幸に付け込んでいるようで罪悪感を感じてしまうと呟いたら、すかさずセルージョに否定された。
「馬鹿だな、ニャンゴ。仕事なんてものは、みんな他人が困っている事を代わりにやってやるから金を貰えるんだぞ。パン屋はパンを焼くのが面倒な人のため、服屋は服を仕立てられない人のため、冒険者は魔物を討伐できない人のため……。誰かに代わって仕事をこなして金を貰うんだ、内容が専門的になって難易度が上がれば、報酬額が増えるのは当然だろう」
「それも、そうか……」
確かにセルージョの言う通り、他に引き受けてもらえる人がいない仕事の報酬が高額になるのは他の仕事でも同じだ。
討伐は空の上からやるつもりでいるが、実際に人を襲っている鮫を相手にするのだから命の危険が全く無い訳ではない。
陸地での活動がメインの冒険者どころか、魚を獲るエキスパートである漁師でも退治できないのだから、討伐報酬が高くなるのは当然なのだ。
「そんで? 鮫退治の方法は思い付いたか?」
「うーん……もうちょっと」
「ロックタートルの時と同じやり方で良いんじゃないか?」
「ゴブリンを浜に追い込んで餌にするの?」
「体にチョイチョイっと傷を付けて、血の臭いが流れるようにしてから海に放り込めば寄って来るだろう」
「うん、まぁ、浜で討伐した方が確実だとは思うけど、後始末が大変じゃない?」
海の中、水の中にいる相手に対して、砲撃や粉砕の魔法陣だと水の抵抗で威力が落ちてしまう。
雷の魔法陣を食らわせれば動きを止められそうだが、深い所に居る相手にも効果があるのかは疑問だ。
俺の手持ちの攻撃手段で討伐を行うなら、浅瀬になっている浜の方が確実だが、今度は討伐した後の死骸の処理が問題になる。
リゾートビーチに巨大な鮫の死体が転がっていたり、肉片が飛び散って腐敗していたら観光客が寄り付かなくなってしまうだろう。
「なるほど、それもそうだな。後処理に手間や金が掛かるような方法だと、報酬が減額されそうだ。どうするよ、ライオス」
「討伐作戦を進めるのに良い場所が無いか、漁師達に聞いてみるか。ニャンゴ、やり方としては何か餌を使っておびき寄せて、上から叩く感じで良いのか?」
「うん、他に方法を思い付かないから、水面に餌を浮かべて、それを襲いに上がって来た所を一気に仕留める感じにしたい」
「飛び上がる相手への対策は?」
「餌からは十分に距離を取って攻撃するし、むしろ水中から姿を見せてくれた方が強い攻撃を当てられると思う」
飛び上がって来る相手は脅威ではあるが、同時に攻撃を当てるチャンスになる。
騎士団の訓練所の的を粉砕するような砲撃を食らわせれば、いくら巨大な鮫であっても討伐出来るだろう。
「ねぇ、ライオス」
「なんだ、レイラ。ギルドで何かあったか?」
「いいえ、ギルドは今まで関与していないみたいだから、契約の間に入ってもらうだけね。それよりも、その鮫って倒した後にはオークみたいに売れないの?」
「皮は滑り止めの素材として活用されるらしいな。それと内臓から油が取れる。肉は食うと腹を下すらしく、全体で見ると価値は少ないそうだ」
「じゃあ、討伐の報酬をガッチリいただかないと駄目ね」
「そうなるな」
陸の魔物のケースでは、オークは食用として利用されるので素材として高く買ってもらえる分だけ討伐の報酬は安かったりする。
逆に食用に適さないオーガの場合は、素材として売れない分だけ討伐報酬が高くなる。
「じゃあ、報酬はいくらで話をつけるつもり?」
「漁業、貿易関係から大金貨十枚、観光宿泊関連から更に大金貨十枚ってところだな」
「合計大金貨二十枚……もう少しいけるんじゃない?」
「まぁ、その倍の条件でも飲むだろうが、漁師どもは大分経済的に疲弊しているようだからな、あまり吹っ掛けるのも可哀そうだろう」
「それも、そうね」
明日はライオス達が漁業関係の者達と、セルージョ達がリゾート関連の者達と金額交渉を始めるそうだ。
特殊な相手で、しかも他に受け手など存在しないであろう依頼だから、相応の価格は請求するが、相手が支払えないような法外な値段までは吹っ掛けるつもりは無いようだ。
明日のそれぞれの役割分担が決定して打ち合わせが完了したら、おまちかねの新鮮な海の幸が満載の夕食だ。
「あみゃ! 貝柱の刺身、あんみゃぁ! 白身の刺身は、プリプリコリコリで、うんみゃぁ!」
新鮮な刺身にライオスたちは酒がすすみ、俺はご飯がすすむすすむ。
刺身の他にも、茹でた大きなカニ、殻ごと焼いたエビ、酒蒸しにされたアワビなど……どれも軽く塩を振った程度だが、素材の旨味が濃厚でメチャメチャうみゃい。
「うみゃい……やっぱり、ここに住む」
「ライオス、やっぱり鮫の討伐なんて止めにして出発した方が良いんじゃないの? お魚食べるからダンジョンには行かない……なんて言いそうよ」
「そこはレイラが上手く首輪を付けて引っ張ってくれよ」
「ニャンゴ、お魚と私、どっちが良い?」
「えっ? えっと……」
「もう、そこで考えちゃうの? 即答しないと駄目じゃないの」
「うにゅぅぅぅ……だって、お魚うみゃいし……」
そりゃぁ、いっぱい踏み踏みしたいとも思うけど、新鮮な魚の誘惑には抗いがたいものがあるのだ。
その証拠に夕食が始まってから、兄貴もミリアムも一言も口を利かず、一心不乱に食べ続けている。
この新鮮な刺身から溢れ出して来る魚のエキスが、猫人の胸の内に眠るソウルを呼び覚まして……。
「うんみゃあ! だって、お刺身うんみゃあ!」
「はぁぁ……まさか魚に負けるとは思ってなかったわ」
お腹いっぱいになるまで、うみゃうみゃして、抗いがたい眠気にうつらうつらしていたら、レイラに部屋に戻って寝ろと追い払われてしまった。
大人は、これからゆっくりとお酒を楽しむらしい。
いいもん、ふかふかな布団で兄貴と一緒に……って、ガドの膝の上でグッスリ寝てるし、ミリアムもシューレに抱えられて眠っている。
というか、その目が半開きのまま眠る癖は、メッチャ不細工に見えるから何とかした方が良いと思うぞ。
仕方がないので、一人で部屋に戻って眠っていたら、暫くして起こされた。
「起きて……ニャンゴ」
「うにゃ? レイラ……?」
「起きた? ニャンゴ……」
「にゃにゃ? シューレ……?」
「シャンとしなさいよね」
「ミリアムまで?」
宿では四人部屋と二人部屋を取り、男性五人と女性三人に分かれて眠ることになってたのに、なぜだか女性用の部屋に連れて来られている。
ニッコリと微笑んだレイラが顔を近付けてきて、俺の耳元で囁く。
「私達を満足させるまで、寝かせてあげないんだからね……」
「にゃにゃにゃっ! 三人とも……?」
眠気が吹っ飛ぶような一言だったけど何てことはない、潮風に吹かれた髪を綺麗に洗った後ドライヤーで乾かし、更に冷風で涼ませろという要求だ。
熱いとか寒いとか、注文が多いんだよねぇ……まったく。
終わった後も、四人部屋の方には戻らせてもらえずに、レイラに抱き枕にされてしまった。
くっついていても暑くないように冷房は入れなきゃいけないし、便利な生活家電にされてる気分だよ。
まぁ、メッチャ踏み踏みしたんだけどね……。





