護衛依頼完了
襲撃を退けた翌日は、朝から雨模様の一日となった。
照りつける日差しに晒されるよりはマシだが、シトシトと降る雨によって上がった湿度によって不快感は増している。
加えて、霧のような雨は視界を遮り、襲撃に備える俺達は余計な神経を使わされた。
『ニャンゴ、先の様子はどうだ?』
『馬車の前方におかしな物は見当たらないけど、視界が悪いから畑の中とかは見落としがあるかも……』
『そうか、こちらでも注意を続けるから、そのまま警戒していてくれ』
『了解』
外はジトジトと蒸し暑いのだろうが、俺は空属性魔法で囲った冷房除湿の効いた空間に籠っているから快適なのだが、とにかく見通しが利かない。
楕円形のドーム型に作った覆いの外側にも雨の雫が滴り、監視の足を引っ張っている。
昨日までよりも高度を下げ、街道を中心としてジグザグに移動してカバーはしているつもりだが、晴れた日ほど監視の効果を発揮出来ていない気がする。
上空からの監視は最強……なんて思っていたが、霧雨や靄が掛かるような状況では効果が半減するのだと実感させられた。
ジグザグの移動を強いられているので、当然普段よりも魔力を使う。
魔力回復の魔法陣を使用しているから、魔力切れ自体の心配は無いのだが、確実に疲労が蓄積していく。
正直、早く王都に到着してくれと願うばかりだ。
昼の休憩時間は、黒パンを一枚齧っただけで、レイラに抱えられながら仮眠を取った。
セラート商会の馬車で警戒を続けているガドとライオスは勿論、チャリオットの馬車で後方の警戒をしているセルージョもピリピリとしていた。
昨日の襲撃を退けたので、もう大規模な襲撃は無いだろうというのがライオス達の予測だが、だからと言って完全に安心は出来ない。
ラガート子爵の車列が反貴族派に襲われた時のように、粉砕の魔法陣を使えば一人でも襲撃は可能だし、自滅覚悟ならばいくらでも方法は考えられるのだ。
細かな雨は昼過ぎになっても断続的に降り続いていて、俺達の神経を擦り減らし続けているが、その一方で馬の疲労度は快晴の日よりも格段に下がっている。
道がぬかるむほどの降りではないし、陽炎が立つほどの地面からの照り返しも無いので、昨日までよりも休憩の間隔は長く出来たので、旅程自体は順調に進んだ。
街道の両側に建物の姿が目立つようになった頃には雨も上がり、空には大きな虹が掛かった。
セルージョに渡してある無線機からは、兄貴が驚いている声が聞こえてきた。
『凄いな……新王都はこんなに広いのか……』
『フォークス、ここはまだ新王都の外だぞ』
『にゃんだって! そうか、検問を通ってないもんな……』
兄貴とムルエッダの会話を聞いて、初めて新王都に来た時にラガート子爵の魔導車の御者台でナバックとの話を思い出した。
前世では新王都よりも遥かに広い東京の街で暮らした記憶を持つ俺でも、兄貴と同じように驚いていた。
『ニャンゴ、そろそろ降りてきてくれ』
『了解、後ろにいるのは乗合馬車みたい、見たところは怪しいところは無さそうだよ』
新王都が近付いてきたので上空からの監視を中断して、セラート商会の馬車の御者台へと降りた。
目立つ行動をして王国騎士団から咎められたとしても、俺が王家の紋章が入ったギルドカードを提示すれば大丈夫だとは思うが、騒ぎによって隙が生じるのは避けたい。
上空からの監視を中断する代わりに、セラート商会の馬車は空属性魔法のシールドで囲っておいた。
王都近くで粉砕の魔法陣などを使えば、それこそ王家に対する反逆行為として厳罰に処されるだろうが、万が一に備えて馬車の底にもシールドを施してある。
今日は生憎の雨模様だったが、王都への入場を待つ列は長く続いていた。
ラガート子爵の魔導車は、王国騎士団の先導を受けて貴族専用の入り口へ案内されたが、今日は一般の列に加わって検問の順番を待つ。
ジリジリとしか進まない車列の中で、検問を待つ時間こそが危険だと身構えていたら、ライオスに肩を叩かれた。
「ニャンゴ、そんなに緊張していなくても大丈夫だぞ」
「でも、こんな無防備な状況じゃ……」
「ここは新王都の玄関みたいなものだからな、誰も見ていないように見えても、実は多くの監視の目が光っているんだ」
ライオスが言うには、制服姿の騎士団員以外にも私服姿で監視を行っている者がいるらしい。
まさか護衛の依頼を受けた状態で新王都を訪れるとは思っていなかったので、こんな事ならばオラシオ達に警備状況を聞いておけば良かった。
新王都への入場を待つ車列には、道の両側から多くの物売りが寄ってくる。
食べ物、飲み物、土産物など、前世の頃にも海外の観光地の様子を映したテレビ番組で良く目にした光景だ。
入場を待ちながら、自ら馬車を降りて買い物をする人もいるし、乗合馬車から降りる訳にいかず物売りから買う人もいる。
定価なんてものは存在していないから、価格交渉をして買うのが基本のようだが、チャリオットの値切り担当であるセルージョは、いつもとは違う厳しい声で物売りを追い払っている。
『ここは駄目だ。警護の依頼中だから近付くな!』
セルージョだけでなく、御者台に座っているムルエッダやディムも同じように断っていた。
「ああして、最初に断ると。後の連中は寄って来なくなる」
「そうなの?」
「そりゃ、無駄だと分かっていれば声を掛けて来ないだろう。他にも客になりそうな連中は沢山いるのだから」
言われてみれば、チャリオットの馬車の後ろにいる乗合馬車に声を掛けた方が買ってもらえる可能性は高いだろう。
それに、馬車の者とトラブルになれば周囲で見張っている騎士団に捕まる可能性もある。
その辺りは、割り切って商売をしているようだ。
入場を待つ車列に並んでいると、制服姿の騎士団員が事前のチェックに来た。
細かいチェックは検問所で行うのだが、それ以前に新王都に入る資格の無い者が含まれていないか先に確かめておくらしい。
「これは、ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますか」
「はい、今はこちらの馬車の護衛の依頼を行っています」
「そうですか、でしたら貴族用の入り口を使っていただいて結構ですよ」
「でも、後ろの馬車もパーティーの仲間が乗っているので……」
「あぁ、構いませんよ。私が先導いたしますので、ご一緒にどうぞ」
「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきます」
まだ行列の三分の一程度しか進んでおらず、新王都に入るまでどのぐらい時間が掛かるのかと少々うんざりしていたので、この申し出は有難かった。
騎士団員によって王族貴族用の入口へと誘導されたが、入都に関わるチェックは行われた。
入都を希望する者の身分証明書、入都の目的、馬車の積み荷などがチェックされた。
特に問題も無く入都を許可され、その上、商工ギルドまで先導してくれることになった。
商工ギルドの本部は、新王都の第二区画にあるそうだ。
第一区画は貴族の屋敷が建ち並ぶエリアで、第二区画は大聖堂や学院、劇場などの施設、貴族御用達の高級店などある富裕層のエリアだ。
冒険者ギルドが、更に外側に位置する第三区画にあるのに比べて、新王都における商業の中心は第二区画だと示しているらしい。
実際、第二区画に店を構えるのは、新王都の商売人にとっては一種のステータスだそうだ。
「ニャンゴのおかげで、貴族専用の道を使えたのはラッキーだな。さすがに、ここへは襲撃を掛けられないだろう」
新王都の中心部へと向かう道も、一般用と王族貴族用とで分けられている。
前世の日本でいうなら、自動車専用のバイパスと側道みたいな感じだ。
王族や貴族がスムーズに新王都の中心地まで辿り着けるように、それと境界を設けることで安全を確保しているそうだ。
新王都に入った後も、第三区画から第二区画へ入るには検問を通らなければならない。
ここでも入場を待つ行列が出来ていたが、俺達は貴族専用の入り口を使って並ばずにチェックを受けられた。
第二区画では、王都に滞在する貴族たちも買い物を楽しむので、胡乱な人物が入り込まないように、更に厳しいチェックが行われるのだ。
「ここまで来れば大丈夫だろう」
「そうじゃな、襲って来るとしても第三区画までじゃろ」
第二区画へ入る検問所を通り抜けると、ライオスとガドも緊張を解いた。
巡礼者が出入りするミリグレアム大聖堂の周囲を除けば、第二区画の中は貴族街と呼んでも過言ではない雰囲気がある。
道行く人の殆どが、仕立ての良い服を着て従者を連れている。
俺を含めたチャリオットのメンバーやマリス達三人は、ここでは浮いた存在だ。
襲撃を請け負った者がいたとしても、ここでは間違いなく目立つだろう。
更には、制服姿の騎士団員が先導しているのだから、襲撃が行われるなどとは思ってもいなかった。
だから、商工ギルドに到着して、先導してくれた騎士団員にお礼を言ってる最中に、セラート商会の馬車の横で火の手が上がった時には心底驚いた。
馬車を降りたカペッロが、献上品を抱えて商工ギルドに入ろうとした瞬間、ギルドの入り口近くに佇んでいた男がいきなり火球を放って来たのだ。
俺もライオスもガドも、それに騎士団員すら油断しきっていたが、一人だけ緊張を持続していた。
カペッロを火だるまにするかと思われた火球は、シューレの風属性魔法によって上空へと逸らされた。
魔法を放った男は呆気に取られた次の瞬間には、滑るように接近したシューレが繰り出した槍のごとき前蹴りを鳩尾に食らい、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「油断しすぎ……まだ依頼は終わってない……」
シューレから釘を刺されて、俺達は首を竦めるしかなかった。





