反貴族派への違和感
場所を移しましょうというエーベントの言葉に従って、取り調べに使っていたのとは別の部屋へと移動した。
部屋の内部には、俺とエーベント、それに先程まで尋問を担当していたバハロスというグロブラス家の騎士の三人だけ。
廊下は人が近づかないように、エーベントが騎士の見習いに見張りを命じた。
エーベントの念の入れように、バハロスは少々怪訝な表情を浮かべている。
四人掛けのテーブルに、俺と向かい合うようにエーベントが座り、その隣にバハロスが座った。
最初に話を切り出したのは、バハロスだった。
「お疲れ様でした、エルメール卿。おかげ様で、だいぶドーレを追い詰められました」
「いえ、たまたま上手くいっただけですし、俺は俺が疑問に思った事を聞いただけで、ドーレが勝手に自滅した感じですね」
「我々が尋問を進めている間は、余裕たっぷりに落ち着いた様子で、本拠地は王城、首謀者は王族だとぬかすだけでしたから助かりました」
「ドーレの口を割らすには、あと一押しでしょうから、上手く追い詰めて下さい」
ここでエーベントが口を開いた。
「エルメール卿は、グロブラス家の騎士の中に内通者はいると思いますか?」
「そんな者がいる訳ないだろう!」
俺よりも先に、バハロスが声を荒げた。
「落ち着いてくれ、我々は全ての可能性を考慮しなければならない」
「それはそうかもしれないが……」
「俺は、内通者はいない可能性の方が高いと思ってます」
俺の言葉を聞いてバハロスが笑みを浮かべ、エーベントも頷きながら問い掛けてきた。
「理由を聞かせていただいても構いませんか?」
「その前に、一つ聞かせてもらいたいのですが、これまでに捕えた反貴族派が脱走したという事例はあるんですか?」
「ありませんよ! 王国騎士団の皆さんやエルメール卿が到着する以前にも、反貴族派の活動に加担した者を何人も捕えましたが、脱走された事は一度もありません」
バハロスが心外だとばかりに強く主張した。
「だとすれば、内通者がいる可能性は低いですね。もし本当に内通者がいるとすれば、昨日のアジトの制圧も上手くいかなかったでしょう」
カーヤ村から反貴族派のアジトに向かう道には、何人もの見張りと思われる男が潜んでいた。
それも、一人や二人ではなく、アジトからかなり離れた場所にまで潜んでいたのだ。
もし内通者がいたとすれば、いくら王国騎士が理由を付けても、不自然な人員の動きを察知して知らせに走ったはずだ。
アジトまで行かなくても、途中の見張りに伝えるだけでも警戒態勢を調えたり、脱出の手筈を調えておけただろう。
だが、反体制派のアジトでは何の準備も進められていなかった。
女性達が洗濯したり、弓矢の訓練が行われていたのだから騎士団の摘発には気付いていなかったはずだ。
「私もエルメール卿と同様に、内通者が存在する可能性は低いと思っています。ただ、そうなるとドーレの落ち着きようが理解出来なかったのですが……」
エーベントは、俺に話の続きを促すように視線を向けて来た。
それは俺も感じた事だった。
反貴族派のリーダーとして捕えられれば、厳しい取り調べの末に処刑という結末が妥当だろう。
それなのに、全く命の危機を感じているように見えなかったのだ。
「たぶん、内通者がいるかのように騙されていたんじゃないですか?」
「そうでしょうね。最後の狼狽ぶりは、絶対に助かるはずだった当てが外れたといった様子に見えました」
「確か、アジトがもう一つあるんですよね?」
「はい、レスタホという開拓村の跡地のようです」
グロブラス領には、開拓が行われたものの土地が農耕には向かず、結局放棄された開拓村の跡地がいくつもあるそうだ。
レスタホも、そんな開拓村の跡地の一つらしい。
「そこのリーダーは誰か分かっているのですか?」
「シザラスと言う水牛人の冒険者崩れだという話です」
「ドーレやシザラスに指示を出していた男は?」
「不明です。そこに話が及ぶと……」
「王城だ、王族だという話になるんですね?」
「えぇ、おっしゃる通りです」
ドーレ以外の反貴族派の者達に尋問をした結果では、アジトには指示を記した手紙が届くだけで、ドーレよりも上の立場の者は姿を見せていないらしい。
しかも、手紙には封がされていて、読み終えたドーレはその場で燃やしていたようだ。
「燃やすように指示が書かれていたんですかね?」
「それか、別の者が目にするとドーレの立場を危うくするような内容だったのかもしれませんね」
ドーレは、アジトにいた女性や子供まで道具として利用しようとしていたので、エーベントの言うようにアジトにいる者に見られたら不味い内容が書かれていたのかもしれない。
「問題は、ドーレが指示を送ってくる人間の事をどれだけ知っているか……ですかね?」
「そうですが……期待は薄いかもしれません」
「それならば、もう一つのアジトの制圧にもエルメール卿の力を借りて、シザラスを生きたまま捕えれば……」
バハロスは途中まで話して、エーベントの表情を見て話を止めた。
ドーレが知らなければ、シザラスも知らない可能性が高い。
それに、もう一つのアジトのあるレスタホという開拓村の跡地は、カーヤ村よりもエスカランテ領寄りの場所にあるらしい。
俺が討伐に参加するとしたならば、チャリオットとは別行動になってしまう。
「私は、ドーレもシザラスも、その上にいる人間の素性を知らないような気がしています。エルメール卿がおっしゃった通り、奴らは捨て駒でしょう」
エーベントが言う通り、ドーレやシザラスは恐らく捨て駒なのだろうが、そうなると別の疑問が湧いてくる。
「反貴族派の真の目的って、何なんですかね?」
俺の問い掛けに、エーベントはバハロスと顔を見合わせた後で答えた。
「それは、グロブラス家をはじめとして貴族制度を廃止に追い込むことではないのですか?」
「それは、何のためにですか?」
エーベントは、今度は少しバツが悪そうにバハロスに視線を向けた後で答えた。
「悪徳領主を排除するためでは……」
「でも、ドーレのやり方だと、貧しい住民は道具であって、本当に救おうとか、世の中を良くしようとは考えていませんよね?」
「それは……そうですね」
「魔銃などの武器や食糧、相当なお金が掛かっていると思うのですが……採算が取れるんですかね?」
「それは、金持ちの店や馬車を襲って得た金ではないのですか?」
「王都に連行されてきた反貴族派の連中は、ダグトゥーレという男が盗みを働いた金で支援をしていたと供述してますね」
バハロスの答えを補足するようにエーベントも言い添えたが、犯罪で得た金だけで賄えるのだろうか。
王都の『巣立ちの儀』の会場の襲撃などは、もっと金が掛かっていたように感じる。
「それだけのお金を掛けて、どれほどの利益というか、目的を達成出来たのでしょう?」
「我がグロブラス領での活動では、少なくとも王国騎士団を引き入れる事には成功しています」
グロブラス伯爵には、以前から王家が定める以上の税を課しているとか、悪辣な入札方法を行っているとか、後ろ暗い噂がある。
今回の王国騎士団の派遣では、そうした疑惑への査察も行われるらしいので、悪徳領主を排除するという意味では成果と言えそうだ。
「王都での襲撃では、第一王子アーネスト様が亡くなられています」
エーベントが苦々しげに口にした第一王子の暗殺も、反貴族派らしい行動に見える。
「それだけ聞くと、いかにも反貴族派らしい行動に思えてしまうけど……どうもしっくりしないんですよね」
「確かにエルメール卿がおっしゃる通り、実際に起こった事柄だけを見ると王族貴族体制を破壊しようとする行動に思えますが、捕えた反貴族派の連中は殆どが捨て駒のような扱いですし、民衆に手を差し伸べるのはその駒を手に入れるためのように感じますね」
「言われてみれば、うちの領内で起こった騒動も領主の館がある丘が燃やされた以外は、殆どが盗賊みたいな犯罪行為ばかりです」
反貴族派について話していく程に、喉に魚の骨が引っ掛かったような気持ち悪さを感じる。
「そう言えば、ここ以外の領地にも王国騎士団が派遣されているんですよね?」
「はい、ラエネック男爵領に派遣されています」
「ラエネック男爵は、その……どんな方なんですか?」
「可もなく不可もなく普通の貴族ですが、領地はあまり豊かではありません」
「男爵に問題があって、反貴族派の活動が活発化している……訳ではないのですか?」
「そうですね。元々林業程度しか産業が無く、農耕には不向きな土地なので、領地経営に問題があって貧しくなった訳ではありません」
ラエネック男爵領は、その多くが山間の土地のため元々裕福な土地ではなかったそうだ。
「だとしたら、貧しさゆえの住民の不満に付け込まれた……という感じでしょうか」
「そう言われてみると、王都周辺の領地の中で、最も貧しくて、最も騎士団の規模が小さい領地がラエネック男爵ですね。手頃と言っては何ですが、反貴族派にとって攻めやすい領地だったのは確かでしょう」
貴族体制を崩壊させるために攻めやすい領地を標的としたと考えれば納得できるのだが、どうも別の理由があるように思えてならない。
たぶん反貴族派の活動に加わっている末端の人々は、飢えずに済むと誘われ、貧しい生活からの脱却を望んで本気で活動しているが、それを指揮する人間の目的は別にあり、その食い違いが違和感を産んでいる気がしてならない。
「エルメール卿、ここで考えても結論は出ないでしょうし、この問題は騎士団本部にも上げておきます。今はドーレの扱いを決めてしまいませんか?」
「そうですね、ここでいくら考えても推論の域を出そうもありませんね」
ドーレに関しては、減刑の可能性をチラつかせながら、指示を送ってきた人物に関する情報を出来るだけ引き出す事となった。
俺は明日にはチャリオットの一員としてカーヤ村を離れてしまうが、その後の経緯については王都の騎士団に問い合わせれば情報をもらえるようにしてくれるそうだ。
反貴族派について完全解決とはいかなかったが、そもそも俺一人の手に負えるような問題でもないし、今後も可能な限りの協力を約束してエーベント達と別れた。





