ドーレの尋問
オラシオ達と別れて、チャリオットのみんなが滞在しているケラピナル商会へ向かおうとしたのだが、王国騎士マルコ・エーベントに捕まってしまった。
反貴族派のアジトで捕えた、ドーレという男の取り調べに協力するように求められたのだ。
前回、イヌ人の男を取り調べた時に、たまたま俺の脅しが功を奏して供述を引き出せたのに味を占めたのだろうが、下っ端とリーダーでは格が違う。
俺が行っても舐められるだけだと断ったのだが、そこを何とか、名誉騎士として協力してもらいたい……などと言われると断りにくい。
仕方がないので協力することにして、シューレとミリアムには先に帰ってもらった。
べ、別にハチミツたっぷりのデザートを用意するという言葉に釣られた訳じゃないからにゃ。
ドーレの取り調べは、先日と同じ部屋で行われていたが、今日は廊下にまで響いてくるような怒鳴り声は聞こえなかった。
ドアをノックしたエーベントに続いて部屋に入ると、ドーレは落ち着いた表情で俺に視線を向けて来た。
俺が椅子に腰を下ろす間も、じっと視線を逸らさず、口元には笑みすら浮かべていた。
「お前さんが、かの有名なニャンゴ・エルメール卿かい?」
「勝手に話し掛けるんじゃない」
グロブラス家の騎士が咎めても、ドーレは意にも介さずに話し続ける。
「まぁ、そんなに堅い事を言うなよ。俺達、反貴族派にとっては疫病神か魔王かと言われてる人物だ。全身に古傷を持つ猫人だと言う者もいれば、猫人なのに見上げるほどの大男だと言う者もいる。だがどうだ、目の前にいるのは何処にでもいそうな猫人じゃねぇか。お前さん、本当に本物なのかい?」
「失礼な事をぬかすな! こちらに居られるのは、正真正銘、本物のニャンゴ・エルメール卿だ」
「あんたに聞いてるんじゃない。俺はこっちの猫人に聞いてるんだ? それで、どうなんだい?」
ドーレは、心底楽しそうな表情で俺に問いかけて来る。
対処に困って視線を向けて来たグロブラス家の騎士に頷き返して、ドーレに返事をした。
「俺がニャンゴ・エルメールだよ。なにか疑う要素でもあるのかい?」
「いやぁ……噂とは違い過ぎるんでね」
「それは噂を流した奴の目が節穴だったんだろう。俺が偽者だったとしたら、もっとそれらしい人物を用意するんじゃないか?」
「なるほど……確かにそうだな」
「それに、俺が偽者だとしたら、あんたは偽者に敗れて捕えられたことになるけど……」
「おっと、こいつは一本取られたな。さすがに俺も偽者に負けたとは思っちゃいねぇよ。どうやら頭が切れるというのは噂通りみたいだな」
「そいつはどうか、俺自身には分かりかねるよ」
なるべく落ち着いて話そうとしているが、内心の動揺を悟られないかドキドキものだ。
「それで、エルメール卿は俺に何を聞きたいんだ?」
「反貴族派の本拠地は何処にある?」
「それなら、もう何度も答えたぜ。新王都の王城だ」
「首謀者は?」
「それを聞かされたら困るんじゃないのか?」
「なぜ困るんだ?」
「決まっている、首謀者が王族だからさ」
ドーレの返事の内容は、ここに来る前に知らされている。
騎士達は、ドーレが本当の本拠地の場所を知っていると考えているようだが、本拠地は王城、首謀者は王族だと繰り返すのみで、まともな返事をするつもりは無いらしい。
そこで俺に雷の魔法陣を使わせて、ドーレから供述を引き出したいようだが一筋縄ではいかなそうだ。
「ふむ……ここまでは騎士団から頼まれて聞いたのだけど、ここからは俺自身が疑問に思っている事に答えてくれないか?」
「何だい、俺に答えられる内容なら、いくらでも答えるぜ」
「なぜ、女性や子供をアジトに匿ったんだ?」
「そりゃあ、放っておいたら飢えて死んじまうからに決まってるだろう。金に汚いアンドレアス・グロブラスの野郎のせいで、一体どれ程の住民が飢えて死んだか、お前さんだって噂ぐらいは聞いているだろう」
「だから反貴族派が匿って、食事を与えた?」
「そうだぜ、俺達は弱い者を助け、みんなが笑って暮らせる世の中を作るんだ。そのために命を懸けて戦ってる。お前さん達のように、王族や貴族に尻尾を振ったりしねぇんだよ!」
ドーレは、後ろ手に縛られて椅子に座らされたまま、傲然と胸を張ってみせた。
だが、その姿には素直に共感する気になれない。
「なるほど……でも、なんであのアジトに匿ったんだ?」
「はぁ? だから言ってんだろう、放っておいたら飢えて死んじまうからだって」
「だが、あのアジトは、いずれ騎士団に発見されると思っていたんだろう? だから、街道には粉砕の魔道具まで埋めて備えていた」
「それがどうした?」
「なんで、そんな危険な場所に女性や子供を匿った? もっと安全な別の場所に匿った方が良いだろう?」
「そ、それは……女子供だけで置いてたら、野盗に襲われたりして……」
「だったら、元の村に食糧だけ置いていけば良くないか? わざわざ危険なアジトに引き込んだ理由は何だ?」
「それは……あいつらが勝手に押し掛けて来て……」
「どうやって知った? 騎士団すら知らない反貴族派のアジトをどうやって探し当てたって言うんだ? いや、当人たちに直接聞けば良いのか、探し当てたのか……それとも誘われたのか?」
さっきまで傲然と胸を反らしていたドーレは、いつの間にか前かがみの姿勢で俺を睨み付けている。
「それを聞いてどうするつもりだ?」
「利用するつもりだったんだろう?」
「何を言ってやがる。俺達は弱い者を助けるために……」
「それはさっきも聞いたよ。助けるためなら危険な場所からは遠ざけるべきだよな。それなのに誘い込んだのは、利用するためなんだろう?」
「ふざけるな! 何を証拠にぬかしてやがる!」
「証拠もなにも、騎士の見習いを誘い出すのに子供を利用してるじゃないか」
「あ、あれは……あのガキが自分から手伝いたいと……」
「そう言ったとしても、助けたいと思ってる者達を危険な場所には送り込まないだろう。言ってる事と、やってる事がメチャクチャだぞ、ドーレ」
「こいつ……」
ドーレが取り乱すほどに、俺はますます冷静に相手を見て考える余裕を持てた。
反貴族派のアジトの様子には、空から見た時から言い知れぬ違和感を感じていたのだ。
こうしてドーレと話をしているうちに、違和感の理由に気付き、その目的も理解出来た気がする。
「襲撃があった直後、女性や子供は中央の建物に集まって来た。武器も持たない非戦闘員ならば、山に逃げた方が良かったんじゃないのか?」
「馬鹿を言うな、守るために一ヶ所に集めたんだ」
「その割には、誰も建物の警護をしていなかったのは何でだ?」
「それだけの手勢がいなかったからに決まってんだろう」
「戦況がヤバくなったら、建物に火を着けて焼き殺すつもりだったんじゃないのか?」
「そ、そんな事をする訳ないだろう!」
「自分達で焼き殺しておいて、その罪を騎士団に押し付けるつもりだったんじゃないのか?」
「ふ、ふざけるな! 何を証拠にぬかしてやがる!」
「だったら、これも確かめて来てもらおう。女性や子供が避難した建物の戸は、内からカギが掛かるのか……それとも外から掛かるのか」
今やドーレは、顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。
その姿を見て、恐ろしいと思うよりも、おぞましいと感じる。
こいつは、善人面して貧しい人々を集めて、自分たちの計画に利用しただけだ。
「何が狙いだ? こうなってくると、反貴族という旗印すら怪しく感じるな」
「いいや、俺達は反貴族派だ。無能な貴族を排除して、貧しい者達を助けるのが目的だぜ」
「反貴族が建前だとしたら……本音は何だ……?」
「だから、言ってんだろう、無能な貴族を皆殺しにするのが目的だって!」
ドーレが喚き散らしたが、無視して考えを巡らせる。
反貴族が目的ではないとしたら、裏で糸を引いているのは貴族である可能性もある。
特定の貴族が、特定の貴族を陥れるために、反貴族の看板を利用しているとしたら……。
視線をドーレに戻して、改めてジックリと観察する。
部屋に入った直後の穏やかな感じも、話が進んで剥き出しになった敵意も去り、ドーレの表情には狼狽の色が浮かんでいた。
特別な事をやったつもりは無いのだが、俺が勝手な推論を並べていくうちに、勝手に自滅してった感じだ。
「な、何を見てやがる!」
「所詮は捨て駒か……」
「な、何言ってやがる……」
「捕えられても、喋らなければ大丈夫だ……とか言われたんだろう?」
「なっ……い、いや、知らねぇ! 何の話か分からねぇ!」
「ふっ……大丈夫だ、じきに身をもって思い知る事になる」
「待て、何の話だ? お前、何を知ってやがる?」
ドーレの問い掛けを無視して、俺はエーベントに視線を向けた。
「もう、こいつに話を聞いても無駄そうだから、牢に戻して良いでしょう。それと、見張りには王国騎士を付けて下さい」
「かしこまりました。でも、エルメール卿、今更こいつを取り返しに来るとも思えませんし、無駄じゃないですか?」
「あぁ、確かにそうですね。でも、まぁ念のためって事で……」
「なるほど……かしこまりました」
エーベントの指示で、ドーレは牢へと戻された。
部屋を出て行く時まで、俺に視線を向けて、話そうか話すまいか迷っているように見えた。
ドーレの足音が遠ざかると、エーベントが口を開いた。
「あいつは、エルメール卿がおっしゃる通り捨て駒のようですね」
「だと思いますが、まだ情報は持っていそうなので、上手く揺さぶりを掛ければ、あっさり口を割るかもしれませんよ」
「そうですね。私も、あと一押しだと感じました。それと、一つ気になる事があるのですが……」
そう言いながら、エーベントは尋問を担当していたグロブラス家の騎士にチラリと視線を向けた。
どうやら、まだ帰れそうもないし、ハチミツたっぷりのデザートもお預けのようだ。
 





