旧王都への道中
この世界で旅をするのは大変だ。
交通手段は、自分の足か馬か馬車。
魔導車も走っているが、殆どが王族や貴族の所有で庶民の足とは言い難い。
大きな川が流れている場所は船も使えるが、陸上の交通手段は限られる。
一人旅をする場合には、駅馬車を利用するのが一般的だ。
場所にもよるが、道中には魔物や盗賊などが出没する可能性がある。
隣街まで親戚や友人を訪ねる程度ならば歩いて行くが、荷物やお金を持っての移動となると馬車を利用した方が安全だからだ。
とはいえ、駅馬車の本数は限られている。
前世で暮らしていた東京の電車のように、数分おきに次の電車が来るような状況には無い。
早朝、午前、昼、午後の四本もあれば良い方だ。
自由な時間に移動したいと思うならば、自分で馬や馬車を用意するしかない。
自分で交通手段を用意すれば、比較的自由な時間に行動が出来るが、それでも移動の時間は太陽が昇っている時間に限られる。
街の中には街灯があるが、街や村の間の街道には街灯なんて存在しない。
新月の夜は道を照らすのは星明かりのみ、曇天の夜ともなれば真っ暗闇だ。
街や村の外の夜は、獣や魔物が支配する場所なのだ。
それゆえに、野営をする場合には火を絶やさないようにしなければならない。
獣も魔物も基本的には火を恐れる。
煙の匂い、薪のはぜる音、火の明かりが危険から身を守ってくれるのは、こちらの世界でも同じだ。
ルガシマを出立したチャリオットの馬車は、途中ぬかるんだ道に難渋しながらもターラスという村の手前まで来た。
本当は、もう少し先まで進む予定だったが、既に日が傾き始めているので今夜はこの辺りで野営になる。
日が暮れる前に、その日の宿を確保するのは旅の常識だ。
ガドが街道に接している空き地へと馬車を入れた。
街道の近くには馬車で旅をする人のために、こうした空き地がいくつも設けられている。
野営するためだけでなく、馬を休息させたりするのにも使われる。
昨夜の雨でできた水溜まりを避けて馬車を止めると、各々が請け負う役目を始める。
ガドとライオスは馬を馬車から外して世話を始め、セルージョと兄貴が竈を組む。
レイラは夕食の調理に使う水を準備して、シューレとミリアムは馬車から天幕を延長して寝床を作る。
その間、俺は何をするかといえば……休憩だ。
道中、馬車を丸ごと冷やすように魔法を使い続けているので、結構疲労が溜まっている。
魔力回復の魔法陣を使っているから、魔力切れを起こす心配は殆ど無いが、補充するそばから消費している感じなので、疲労が蓄積していく。
風通しの良い涼しい場所を探して、ぐてーっと体を伸ばして横になる。
みんなが働いている時に申し訳ないという気持ちと、一人だけ思う存分休息出来る優越感のようなものを感じながら、夕食までの時間を仮眠にあてた。
横になった途端に眠りに引き込まれ、眠ったかと思ったらレイラに起こされた。
「ニャンゴ……ニャンゴ、夕食できたよ」
「んにゃ……もうできたの?」
「ニャンゴ、疲れてるんじゃない?」
「んー……ちょっとね」
「今夜はいい風が吹いているから、魔法を使わず休んだ方がいいわよ」
「んー……そうする」
連日連夜、普段よりも大きな規模で魔法を使い続けているためか、いつも以上に疲労がたまって来ているらしい。
レイラに抱えられて移動して、夕食を食べている間も半分ぐらい頭が眠っている感じだった。
ライオスからも早く休むように言われて、夕食を食べ終えたら先に休ませてもらうことにした。
馬車に積まれた荷物の上に、肌触りの良い布を折りたたんで敷いて、その上に横になる。
馬車の前後は開けられていて、丁度風の通り道になっている。
風上側で焚いている虫よけの香の匂いが、夏の夜だと知らせていた。
馬車の外では、みんなの賑やかな話し声がしていたが、またすぐに眠りに引き込まれ、ふっと目を覚ました時には周囲は静まり返っていた。
聞こえてくるのは、風が草木を揺らす音と薪がはぜる音、セルージョのいびきは風情に欠けるかな。
尿意をもよおして、馬車から下りて用をたし終えて戻ると、シューレが見張りを務めていた。
良く見ると、シューレの膝を枕にミリアムが寝息を立てている。
「重たくないの?」
「平気……なんならニャンゴもどう?」
シューレは、もう一方の腿をポンポンと叩いてみせた。
「んー……遠慮しておく」
「それは残念……」
「ミリアムは、見張りの順番には組み込まれていなかったよね?」
「そう、私と一緒に起きてたけど、昼間の疲れに勝てなかった」
「そっか……」
ミリアムは昼間の移動の最中に、馬車の中で魔法の練習を続けていた。
馬車に乗っているみんなが、不快に感じない程度に緩く風を動かし続ける練習をしていたのだ。
風属性魔法は、風を感じ、自ら風を起こし、気流をコントロールして敵の気配を察知したり攻撃を行う。
そのためには、どれだけ自由に風を操れるかが重要らしい。
強く吹かせるだけでなく、緩やかでも一定の強さに保ったり、微妙に強さを変えたりすることで魔法の技量は上がるそうだ。
俺が魔法陣の強さを変えるために、圧縮率や大きさ、厚さなどを変えているのと同じなのかもしれない。
「ミリアムは、これまでも真面目に訓練に取り組んではいたけど、それでも甘さが目立つ時があったわ。でも、トローザ村での討伐依頼や兄の失踪騒動、それに職業訓練施設の見学などを経て、一皮剥けた気がする……」
「本格的に冒険者として生きていく覚悟が決まったのかな?」
「だと思う……」
兄貴ともども体力的にはまだまだな部分があるけれど、魔法の練熟度に関しては同年代の冒険者としては、なかなかの部類に入ると思う。
「それでも、猫人には厳しい世界だからなぁ……」
「そうね、でもミリアムなら有能なシーカーとして活躍できると思う」
「それは、シューレが鍛えているから?」
「当然、これから体術もビシっと仕込むわ……」
シューレがにっこり微笑んだ途端、ミリアムがビクっと体を震わせた。
野生の勘が身の危険を察知したのだろうか、顔の前で手をヒクヒクと動かした後、パタリと動きを止めて眠りに戻ったが、心なしか眉間に皺が寄っている気がする。
「まだ夜明けまでには時間があるわ、ニャンゴも休みなさい……」
「うん、そうする」
変な時間に目が覚めたので眠れなくなるかと思ったが、横になったらすぐに眠りが訪れた。
翌朝、夕食の残りと炙ったベーコンで簡単な朝食を済ませて、出立の準備に取り掛かる。
天幕を畳み、馬を馬車に繋ぎ、俺も鍋や食器の片づけを手伝った。
昨日、道の状態が悪くて思ったほど距離を稼げなかったが、焦って馬車を走らせたりはしない。
まだまだ先は長いし、今日も場所によっては道がぬかるんでいるかもしれない。
無理をすれば馬を弱らせるし、馬車を壊してしまったら元も子もない。
「全員乗ったか? じゃあ出発するぞ」
ライオスの合図で、ガドがゆっくりと馬車を走らせ始める。
馬も走り始めは足慣らしが必要だそうで、ペースを上げるのは少し進んでからだ。
まだ早朝の涼しい時間なので、幌の上に登って周囲を警戒する事にした。
「ライオス、上から周りの様子を見ておくよ」
「おぅ、はぐれもののオークがいたら知らせてくれ」
「次の街はキルマヤだっけ?」
「そうだ、大きな街だからオークの買い取り価格も期待できるからな」
「そうだね、手頃なのがいるといいね」
夏は、若いオスのオークが、自分達の縄張りを作るために群れから離れて行動する季節だ。
先日のラージュ村での討伐のように、数頭の若いオスが固まって行動する場合もあるし、単独行動をするオークもいる。
こうしたオークの中には、怖い物知らずで人里を襲うものもいるので、冒険者ギルドでは見つけ次第の討伐を推奨している。
買取価格としては、もう一、二年経ったものの方が体も大きく、脂肪も蓄えているので値段が上がるが、仕留めるのは若い個体の方が楽だ。
日が高く昇り、気温が上がり始めたので馬車の中には冷房を入れ、俺は自分の周囲だけを空属性の壁で囲って冷房を効かせ、馬車の上での見張りを続けた。
いたか……と思ったらゴブリンだったりして、なかなかオークは見つからない。
もっとも、街道を往来する人達にとっては、オークやオーガといった大型の魔物が頻繁に現れるようでは安心して旅を続けられなくなるので、見当たらないのは良いことでもある。
見つけたゴブリンなどは、街道の方へと近付いてこないように、粉砕の魔法陣を使って音と爆風で脅して追い散らしておいた。
結局、キルマヤの街が見えるところまで来ても、はぐれもののオークの姿は見当たらなかった。
いつもこちらの都合よく物事が運ぶわけではないと分かってはいるが、折角見張りを続けていたのに空振りに終わって少々ガッカリだった。





