謝恩会
イブーロの街に夕方の鐘の音が響いた少し後、ギルドの混雑はピークを迎える。
日払いの仕事を終えた者達が、換金のためにカウンターに押し掛けて来るからだ。
別に換金は翌日の空いてる時間でも大丈夫なのだが、宵越しの銭は持たない江戸っ子みたいな冒険者が多く、その日の酒代を下ろしにくるのだ。
そんな連日繰り返される混雑の様子を、蹴飛ばされないように壁にもたれながら眺めている。
イブーロに来たばかりの頃、俺もジルのように多くの冒険者と交流するようになりたいと思っていたが、親しく話をするようになった冒険者は数える程度に留まっている。
そもそもチャリオットの一員として依頼を受けるケースが殆どで、その他はソロでリクエストを受ける程度だから、他の冒険者と一緒に仕事をする機会は稀だ。
ワイバーンやヴェルデクーレブラの討伐では他の冒険者と一緒に戦ったが、連携はライオスやセルージョ任せだった。
それと、交流が少なかった大きな原因は、ギルドの酒場に来る度にレイラに捕まっていたからだ。
酒場のマドンナの膝に座り、乳枕に寄りかかりながら、あ~ん……なんてされていれば、そりゃあ交流なんて出来ないよなぁ……。
レイラ目当てで酒場に通っていた冒険者達から、怨嗟の視線を向けられるのにも慣らされた。
今も俺の姿を見つけた冒険者の多くが、舌打ちしたり、唾でも吐き出しそうな表情を浮かべて通り過ぎていく。
そりゃあ美味しい思いはしてるけど、風当たり強すぎじゃないかな。
まぁ、俺がここに居る理由を知れば、また恨みを買うのは確実なんだけどね。
カウンターで依頼完了の報告をして、金を受け取った冒険者の多くが、そのまま酒場へと足を向ける。
ギルドの酒場は、他よりも比較的お手軽な価格だし、大きな獲物を仕留めた冒険者に奢ってもらえたりもする。
懐具合の暖かい者達は、もっと確実に綺麗なお姉さんにサービスしてもらえる店や、好みの酒や料理を提供してくれる店へと流れていく。
徐々に冒険者達が流れていく様子を見ていたら、声を掛けられた。
「ニャン……エルメール卿、どうかされたのですか?」
「そんなにかしこまった話し方しなくてもいいよ」
話し掛けて来たのは、Dランクパーティー、トラッカーの弓使いベルッチだ。
「カルロッテとフラーエは?」
「たぶん、もう酒場に行ってると思う。それでニャンゴは行かないの?」
「うん、ちょっと待ち合わせしてるんだ」
「そっか……あぁ、そう言えば、チャリオットはダンジョンに向かうって本当なの?」
「うん、ライオス達の長年の夢なんだ」
「ニャンゴも行っちゃうの?」
「うん、こんな機会は滅多にあるもんじゃないからね」
「そっか……寂しくなるね」
「半年に一度ぐらいは帰って来ると思うよ」
「そうなの? じゃあ、その時はダンジョンの話を聞かせてよ」
「うん、上手く会えたらね」
ベルッチは、俺とハイタッチを交わすと酒場に向かって小走りで去っていった。
その背中を見送って、更にカウンター前から冒険者の姿が消えるのを見守り、ようやく待ち合わせの人物が姿を見せた。
「お待たせしました、エルメール卿」
「いいえ、こちらこそ急にお呼びたてしちゃって、すみませんでした」
待ち合わせの相手は、受付嬢のジェシカさんだ。
「それで、どこに連れていって下さるのですか?」
「うちの拠点に……」
「えっ、チャリオットの……ですか?」
「はい、今夜のご飯は俺が作ります」
「まぁ、それは楽しみ」
「でも、期待しすぎないで下さいね」
「いいえ、うーん……っと期待しちゃいます」
イブーロを発つ前に、一番お世話になったと言っても過言ではないジェシカさんに、お礼をしておこうと思った。
美味しい店ならジェシカさんの方が良く知っていそうだから、それならば自分で腕を振るおうと考えたのだ。
ステップを使って高さを調節して、ジェシカさんと腕を組んで歩き出すと、酒場の周りにいた冒険者達からナイフのような視線が突き刺さってくる。
でも、全然気にしにゃいのだ。
俺の面の皮も厚くなったものだ。
ジェシカさんが仕事をしている間に、俺は夕食の下ごしらえを終えている。
後は帰ってから仕上げの作業に取り掛かるだけだ。
「今夜は、何を御馳走してくれるのですか?」
「それは、見てのお楽しみ……」
「エルメール卿は、自分で料理もなさるんですね」
「うん、食べたいものは、自分で作ってるよ」
「お魚ですか?」
「ううん、今日はお肉がメインだよ」
「何でしょう、楽しみですね」
楽し気に笑うジェシカさんの胸元には、俺が王都で買ってきたペンダントが揺れている。
夕食へのお誘いは今日の午前中だったから、普段から着けてくれているのだろう。
「ただいま、ジェシカさんを連れてきたよ」
「こんばんは、お邪魔します」
ライオス達は、別の知り合いと送別会をやるそうで出掛けている。
拠点に残っているのは、レイラ、シューレ、ミリアム、それに兄貴の四人だ。
そこに俺とジェシカさんの分を合わせて、六人分の食事を作らなければならない。
「ジェシカさん、ちょっと座って待っていて。レイラお相手をお願い」
「いらっしゃい、ジェシカ。こっちに座って」
「はい、ありがとうございます」
レイラ、ジェシカさん、シューレを独り占めしているなんて知ったら、嫉妬に狂った冒険者達に殺されるかもしれない。
いや、前言撤回、シューレはミリアムと兄貴を両手で抱えて独り占めしている。
レイラにジェシカさんの相手をしてもらっている間に、いざ調理開始。
まずは、研いでおいたお米から炊き始める。
ご飯を炊いている間に、串に刺しておいた川エビを炙る。
味付けは、シンプルに塩のみだ。
エビを炙りながら、フライパンで厚めにスライスしたデルム芋と茄子を焦げ目が付くまで焼く。
「兄貴、エビを運んでくれる?」
「分かった、任せろ!」
解放された兄貴が上機嫌で尻尾を揺らし、逃げられたシューレは不満そうだ。
「ジェシカさん、レイラ達と飲んでいて下さい」
「いえ、エルメール卿も一緒に……」
「まだ、調理しないといけないので、ご遠慮なく」
「そうよ、ニャンゴが選んできた葡萄酒だから、遠慮せずに飲んで」
「そうですか……じゃあ、お先にいただきますね」
レイラ、シューレ、ジェシカさんがカップを合わせて乾杯する横で、ミリアムと兄貴は熱々焼きたての川エビと格闘を始めていた。
続いて、焼き上がったデルム芋と茄子を皿に盛り付けて、先に作っておいたラーシを使ったタレを掛ける。
ニャンゴ風、芋と茄子の田楽の出来上がりだ。
「はい、二品目をどうぞ」
「お先にいただいちゃって、すみません」
「ううん、あと一品作ったら、俺も食べるから大丈夫だよ」
続いては、油の入った鍋を火にかける。
油が温まるのを待ちながら、冷蔵庫から肉を取り出す。
厚めに切ったオークのロースは、既に下拵えを終えてパン粉も付け終わっている。
油が熱せられたら、衣をつけたオークのロースを投入。
ジュワーっと香ばしい音が聞こえると同時に、油が跳ねたが大丈夫だ。
肉を投入したら、空属性魔法でシールドを展開しておいたのだ。
自慢の毛並みに油が飛ぶのをシャットアウトする。
オークのカツを揚げながら、次なる作業に取り掛かる。
出し汁に切っておいたキノコを投入し、軽く火を通してからラーシを溶いて、キノコ汁の出来上がりだ。
揚げあがったカツは、空属性魔法で作った網に載せて油を切っておく。
ご飯が炊きあがるタイミングを見計らいながら、少し小振りのフライパンにスライスした玉ねぎを敷き詰め、ラーシを溶いた出汁を張って火に掛ける。
出汁がふつふつと煮えてきたら、揚げあがったオークのカツをザクザクと切り、煮えてきた玉ねぎの上に載せた。
カツを煮ながらご飯を器に盛り、カツには溶き卵を掛ける。
卵が半生でプルプルに仕上がったタイミングで、ご飯の上にサッと載せる。
キノコ汁を添えて、オークカツ丼の出来上がりだ。
「はい、ジェシカさん、どうぞ」
「これは……初めて見る料理です。どこの料理なんですか?」
「えっと……王都で食べたものをアレンジした感じです……」
危うく前世の頃に食べていた味だと言いそうになっちゃったよ。
「いただきますね……んっ、美味しい。とろとろの卵がオークのカツに絡んで美味しいです」
「良かった、みんなの分も作るからね」
この後、お腹をぐーぐー鳴らしながら、残り五人分のオークカツ丼を仕上げた。
「はぁぁ……疲れた」
「お疲れ様でした、エルメール卿」
「あっと、お酒は……ちょっとだけですよ」
ジェシカさんが葡萄酒を注いでくれたけど、今はオークカツ丼の方が先だ。
「うみゃ! とろとろ、サクサク、甘辛のタレがご飯に染みてて、うみゃ!」
転生してから初めてのカツ丼は、醤油の代わりにラーシを溶いたものを使っているので一味違うけれど、それでもまぎれもなくカツ丼だった。
深めの器を抱え込むようにして、オークカツ丼をマイ箸を使って掻き込んでいく。
「うみゃ、うみゃ、カツ丼うみゃ! キノコ汁、うみゃ!」
キノコ汁も天日干ししたキノコを使っているので、香りも味わいも濃厚だ。
「あーぁ……エルメール卿の『うみゃ』も聞き納めですね」
「ジェシカも一緒に来ればいいじゃない」
「私はレイラさんみたいに身軽じゃないですよ」
「あら、そこの名誉騎士様に養ってもらえばいいじゃないの」
「みゃみゃっ! お、俺……?」
「ジェシカ一人ぐらい、何てことないでしょ?」
「それは、そうだけど……」
養えるか養えないかと問われれば、たぶん食べていくだけなら問題無いが、ジェシカさんとか意外とギルドで高い給料を貰ってそうだし、望み通りの生活が出来るかは分からない。
「心配要りませんよ。私は足枷みたいな女にはなりたくありませんから」
「あら、ニャンゴに首輪付けられちゃったのに?」
「えぇ、私を縛るには、もっと上等な首輪じゃないと……」
「だってよ、どうするのニャンゴ」
「も、もっと稼げるようになったら……」
「あら、良い男が現れたら、待ってなんかいませんからね」
「にゃっ、それは……仕方ないです」
「女に期待を持たせるようなことを言っちゃ駄目ですよ、エルメール卿。私はイブーロに残り、エルメール卿は旧王都に行くんですから……」
「うん、そうだね。ジェシカさん、お元気で……」
「エルメール卿の活躍を聞くのを楽しみにしてます」
ニッコリと微笑んだジェシカさんの瞳が潤んでいるのを見て、俺も泣きそうになったけど堪えた。
もう二度と会えない訳ではないから、今夜は笑って過ごすのだ。





