思い出の味
「にゃんにゃかにゃかにゃか、にゃっにゃっにゃ~……にゃんにゃかにゃかにゃか、にゃっにゃっにゃ~……にゃかにゃかにゃかにゃん、にゃん!」
「それ、何の歌?」
「内緒……」
レイラに転生者だと話しても信じてもらえないだろうから、鼻歌の元ネタは内緒にしておく。
とても三分では作り終わらないので、夕食の支度を始めよう。
「お米どれぐらい炊けば良いんだろう……」
冒険者五人と猫人が二人、普通に考えると結構な量が必要な気がするが、セルージョ達は食事というより酒を飲む方がメインだし、シューレとレイラは女性だからドカ食いするとは考えなくて良いだろう。
それでも、せっかくご飯を炊くのに足りなくなるのは寂しいので多めに炊こう。
余ったら、おにぎりにして冷蔵庫に入れておいて、明日焼きおにぎりにして食べよう。
五合ぐらいの米をボールに移して、キッチンへと下りる。
料理中は魔物の解体の時と同様に、空属性魔法で作った防護服を着ているから、濡れないで済むし俺の毛が料理に入る心配も要らない。
まずは、肉屋で貰って来たオークの骨を煮出して味噌汁用にスープを取る。
「ニャッ、ニャッ、ニャンゴが、うみゃうみゃみゃ~……オークのスープで、うみゃうみゃみゃ~……」
「うふふ……ニャンゴ楽しそう」
干し魚で出汁を取ろうかと思ったが、オークの骨の方がみんなが食べやすいだろう。
一度沸騰させたら茹でこぼし、骨を洗ってから水を張った鍋に入れ、今度はあまり煮立たせないようにして灰汁を掬いながら出汁を取る。
スープを取っている間に、デルム芋の皮を剥いて食べやすい大きさに切り、荒塩をまぶしてこすり、ぬめりが出た所で水で流す。
「それ、包丁も魔法で作ってるの?」
「そうだよ。いつでも、どこでも、どんなサイズでも作れるし、手入れも要らないからね」
「へぇ……便利ね」
洗った芋はボールに取って置き、米を研ぐ。
一度目の研ぎ汁は捨てて、二度目の研ぎ汁は鍋に取っておく。
後で、芋の下茹でに使うのだ。
研いだ米は、水加減を調整して置いておく。
「えっ……それで芋を茹でるの?」
「そうだよ。米の研ぎ汁で茹でると、芋の灰汁が抜けて美味しくなるんだよ」
「へぇ、良く知ってるわね」
「うん、婆ちゃんに教わった」
婆ちゃんといってもアツーカ村のカリサ婆ちゃんではなく、前世日本のネットで見たお婆ちゃんの知恵袋の話だ。
米の研ぎ汁で芋を茹でるが、下茹でなのである程度茹った所で研ぎ汁を流し、水洗いして糠を落としておく。
「ニャッ、ニャッ、ニャンゴが、うみゃうみゃみゃ~……お魚ムニエル、うみゃうみゃみゃ~……」
ポラリッケの切り身は、塩コショウで下味を付け、小麦粉をまぶしておく。
後は、夕食の直前にバターでこんがり焼くだけだ。
もう一品は、オークのスライスを使った回鍋肉を作る。
買ってきたラーシと唐辛子、ニンニク、ショウガ、砂糖などで甘辛いタレを作っておく。
オークのスライスとキャベツは、ザックリと食べやすい大きさに切っておく。
後は、炒めてタレをまぶせばオッケーでしょ。
「おっと、そろそろご飯を炊かなきゃ……」
米を浸した鍋をコンロに掛けて、水加減を調整して火を点ける。
一度に炊く量が増えたので、少し心配だけど、土鍋でも炊けたから大丈夫だろう。
「初めチョロチョロ、中パッパ、ニャンゴ鳴いても蓋取るにゃ……」
「蓋を取っちゃ駄目なの?」
「駄目、それはレイラでも許さないよ」
「あら、許さないって、どうするつもり?」
「そ、それは……」
「いっぱい、踏み踏みされちゃうのかしら?」
「と、とにかく、炊きあがるまで蓋は取っちゃ駄目なの!」
「はいはい……分かりました」
ご飯を炊きながら、他の料理を仕上げようかと思ったのだが、コンロが二つしかないので、ご飯と味噌汁を先に仕上げてしまおう。
味噌汁と炊きあがったご飯は、温度調節の魔法陣で保温しておくのだ。
「さて、そろそろスープが取れたかな?」
本格的なオーク骨スープを取るなら、もっと時間を掛けないと駄目だろうが、まあコクは出ているはずだ。
鍋に油をひいて、こま切れにしたオークの肉を炒めて、そこにオーク骨のスープを注ぐ。
食べやすい大きさに切ったデルム芋、イチョウ切りにしたニンジンを加えてラーシで味を調える。
固まりが残らないように、お玉の中でラーシを溶かしてから全体に混ぜて、小皿に取って味見する。
「ふー……ふー……熱っ、でも、うんみゃぁ! はぁぁ、これだよ、これ」
「どれどれ、私にも味見させて……うん、コクがあって美味しい」
「でしょでしょ、鍋料理に使っても美味しいんだよ」
大根やゴボウが無いのは少し寂しいけど、豚汁ならぬオーク汁の出来上がり。
では、そろそろメインディッシュに取り掛かりますかね。
「レイラ、みんなを呼んで来てもらえる。そろそろご飯にするって」
「こっちは手伝わなくてもいいの?」
「駄目そうだったら呼ぶよ」
「分かったわ」
フライパンと丸底の鍋をコンロに掛けて火を点ける。
フライパンにはバターの固まりを投入して、溶かしながら温める。
溶けたバターがブチブチ言い始めたら、粉をまぶしておいたポラリッケの切り身を並べていく。
「ふにゃぁぁぁ……もう匂いが、ご飯食べたい」
バターの焦げる匂いがキッチンに広がって、釣られたセルージョが顔を覗かせた。
「おぅおぅ、いい匂いさせてるじゃねぇか、今夜は酒が進みそうだな」
「まだまだ、もう一品作りますからね」
「ほぉ、それじゃ酒が倍進むな」
ポラリッケの焼き具合を見ながら、丸底鍋にも油を引いて刻んだニンニクを入れる。
こちらも食欲をそそる香りが立ち上ったところで、スライスしたオーク肉を投入する。
ジュワー……っという音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。
「にゃぁぁぁ……この時点で旨いよね、でも、まだまだ」
菜箸でオーク肉をほぐして良く火を通していく。
ポラリッケの切り身を引っくり返すと、こんがりキツネ色に焼けていた。
「みゃぁぁぁ……絶対旨い、これ絶対旨いから」
「ニャンゴが賑やか……何か手伝う?」
「シューレ、こっちのムニエルが焦げないか見ていて」
「任せて、ニャンゴ楽しそう……」
「楽しいけど、作るよりも食べる方がいい」
ムニエルの焼き加減をシューレに任せて、俺は回鍋肉の仕上げに入る。
炒めたオークのスライスに、ザク切りにしたキャベツを加えて更に炒める。
ラーシや唐辛子などを合わせておいたものをオークのスープで少し伸ばし、良く混ぜて鍋に投入。
ジュワー……っという音と共に、今度は味噌の焦げる良い匂いが広がっていく。
猫人の体では、全員分の量を炒めている鍋は振れないので、両手に空属性魔法で作ったフライ返しを持ってタレを絡めながら炒めれば、オーク肉の回鍋肉の出来上がりだ。
「ニャンゴ、こっちも焼けた」
「みゃ、お、お皿……」
「はいはい、準備できてるわよ」
「ありがとう、レイラ」
ポラリッケのムニエルをお皿に盛りつけて、レモンを添えて出来上がりだ。
「ニャンゴ、こっちはどうするの?」
「大きなお皿に……」
「ほら、これを使え」
「ありがとう、ライオス」
気が付くと、パーティー全員が集まってきて、キッチンを覗いていた。
回鍋肉は大皿二つに盛り付けて、小皿に取って食べてもらう。
ご飯茶碗も足りないので、お皿やボールに盛り付けた。
オーク汁は、お椀によそりたいところだけど、これもスープ皿になってしまった。
「おぉ、旨そうじゃな、冷めないうちに頂こう」
「俺らは一杯いこうぜ、ガド」
ガドとセルージョは酒のカップも用意している。
「では、皆さん、どうぞ召し上がれ」
みんなが回鍋肉を取り分け始めたので、俺はまずオーク汁を一口……。
「熱っ、でも、うんみゃぁぁぁ! オークの脂とラーシのコクが渾然となって、うみゃ!」
本当なら、オーク汁、ご飯、オーク汁……の無限サイクルといきたいところだが、どっちも熱々なので口の中で混ぜ合わせられないのが悲しい……でも、うみゃ。
続いてポラリッケのムニエルを一口。
「うみゃ! バターのコクがポラリッケの旨味を引き立たせて、うみゃ。皮がカリカリに焼けてて、うんみゃ!」
「おーおー、今夜も絶好調だな。でも、確かに旨い、特にこのオークの料理は旨いな」
そうだ、今夜のメインディッシュは、なんと言ってもオークの回鍋肉だ。
塩コショウだけでは得られない、味噌のコクを味わうのだ。
「うみゃい……回鍋肉だ、回鍋肉だよ……」
シャキシャキとしたキャベツの歯触りにオーク肉の旨味、両者を結び付け、引き立たせ、昇華させる味噌の存在感。
前世の食卓を思い出して、涙が溢れてしまった。
回鍋肉は前世の頃、家の定番メニューの一つで、こんな風に家族みんなで食卓を囲んで食べていた。
普段は思い出すことも無かったのに、何の親孝行も出来ずに残してきてしまった両親の笑顔が瞼の裏に浮かんで涙が止められない。
「何よ、泣くほど食べたかったの?」
「うん……うみゃい……うみゃい……」
ミリアムが呆れたように小さく笑ったが、こればかりは話したところで理解してもらえないだろう。
今夜の回鍋肉は、ちょっとだけ塩味が強くて、ご飯が進んでしまった。





