現れたお尋ね者 前編(カバジェロ)
ルアーナと一緒に訪れた官憲の事務所で、ラガート子爵領から流れてきたらしいお尋ね者の情報だと告げると、すぐに別室へと案内された。
テーブルと椅子があるだけの殺風景な部屋で、ラガート子爵の一行を襲撃して捕まった後、取り調べを受けた部屋を思い出した。
良く考えてみるまでもなく俺もお尋ね者なのに、自分から官憲の事務所を訪れるなんて自殺行為ではないのか。
もし、俺が襲撃犯の一人だとバレれば、その場で拘束されるだろうし、ルアーナにも迷惑が掛かるかもしれないと思ったら急に緊張してきた。
「どうしよう、ジェロ。なんだか緊張してきちゃった」
「ルアーナもか……正直、俺は帰りたくなってる」
「えぇぇ……ジェロが知らせようって言ったんじゃない」
「そうなんだけど、こういう部屋はなんか緊張する」
「だよねぇ……別に悪いことなんかしてないし、むしろ協力しに来たのにね」
「あぁ、何でだろうな……」
ルアーナが緊張していてくれて助かった。
俺だけオドオドしていたら、怪しまれていたかもしれない。
ルアーナと一緒に落ち着かない気分で待っていると、ドアがノックされて大柄な灰色熊人の男が入ってきた。
「捜査官のモーゼスだ。ガウジョ一味の情報を持ってきてくれたのは、君らかい?」
「えっと……ラガート領から流れてきたらしい怪しい七人組なんですけど……」
「おう、そいつらだ。おっと、その前に身分証があったら見せてくれ」
俺とルアーナがギルドのカードを見せると、モーゼスは名前と通し番号を書き留めた。
「ありがとう、仕舞ってもらって構わない。それで、ガウジョ達をどこで目撃したんだ?」
「えっと……俺が見たのはルガシマの宿屋で、ルアーナは昨日、勤め先の鉄板焼き屋で見たんだよな?」
「なにぃ、キルマヤの街中か?」
「は、はい……ですが、その男かどうか……」
モーゼスが腰を浮かせかけたので、ルアーナは気圧されて腰が引け気味だ。
「あぁ、すまない。キルマヤでの目撃情報は入っていないので、ちょっと取り乱してしまった。その怪しい連中を目撃した時の状況を話してくれるかい」
「はい、私が時々働いているのは、二本向こうの通りにある鉄板焼き屋なんですが、その人達が来たのは夜の八時前ぐらいでした……」
モーゼスは時々質問を交えながら、ルアーナから聞き出した内容を書き留めていく。
服装や七人の人種、ルアーナの話から受ける印象は、間違いなくルガシマで同宿になった奴らだ。
店で揉め事を起こし掛けたが、犬人の男の一声で場が収まり、その後、迷惑を掛けたと言って釣り銭を受け取らずに帰っていったらしい。
ルアーナが一通り話し終えると、今度はモーゼスが聞き取った内容を確認する質問をして、ルアーナは時々返答に詰まりながらも、記憶を辿りながら答えていった。
「なるほど……確かに怪しいな。本人を確認した訳ではないが、有力な手掛かりだ。ありがとう、助かるよ」
「いえ、お役に立ててなによりです」
「ところで、君はルガシマの宿で一緒になったと言ってたが、君がタールベルクの助手なのか?」
「はい、助手といっても見習いですけど……」
「そうか、ルガシマの宿の件は、グラーツ商会に出向いて聞き取ってきた。これは私の勘だが、どちらもガウジョ達で間違いないだろう」
あまり地理に詳しくないので分らないが、ラガート子爵領からキルマヤまでは何日か掛かるはずだが、その間に捕まえられないものなのだろうか。
「あの……」
「なんだね?」
「お尋ね者の連中って、そんなに簡単に街に入れるものなんですか?」
「キルマヤは、知っての通り城壁で囲まれていない。他の街に比べると楽に入れてしまうのは確かだが、出来る事には限りがあるぞ」
冒険者ギルドでも商業ギルドでも、依頼を出したり受注するには身分証の提示が必要だ。
ギルドのカードには、個人の魔力パターンが登録されているそうで、今回のようにお尋ね者になると、カードを使うと官憲に連絡が行くようになっているそうだ。
一度でもギルドに登録した者がお尋ね者になると、身分証明が必要なことは出来なくなる。
城壁で囲まれた街への入場、関所の通過なども出来なくなる。
ギルドに登録を行っていない者が犯罪を犯して捕まった場合は、犯罪者として魔力パターンを登録される。
刑を終えないと犯罪者としての登録が消されないので、ギルドへの登録もできないし、身分証明が必要なことは出来なくなるそうだ。
俺は捕らえられた後、王都で取り調べを受けることになっていたので、脱走する前に犯罪者としての登録をされなかったから、こうして捕まらずにいられるのだ。
「その七人組は、どこに行くつもりなんでしょう?」
「たぶん、旧王都だろうな」
「旧王都……?」
「なんだ、冒険者なのに知らんのか。旧王都ではダンジョンの攻略が優先されていて、人員確保のために公権による取り締まりが殆どなされていないから、各地からお尋ね者が集まっているそうだ」
「そこなら、お尋ね者でも暮らしていけるのか」
「実力が伴えば……だな」
俺達を襲撃に駆り立てたダグトゥーレも、もしかしたら旧王都にいるのかも……いや、元々旧王都の人間だったのかもしれない。
旧王都に行けば、偶然に出くわしたりするのだろうか。
いや、片腕片足の俺では、そんな物騒な街では生きていけないだろう。
俺達からの聞き取りを終えると、モーゼスは鉄板焼き屋への同行を求めてきた。
「鉄板焼き屋が賑わっているという話は聞いている。奴らが今夜も現れるかもしれんから、張り込みをするつもりだが、我々は奴らの顔を知らん。出来れば一緒にいて、その男達が現れたら教えて欲しい。お礼に鉄板焼き屋の食事代は、こちらで持たせてもらう」
官憲からの申し出だから無下に断ることは出来ないが、正直鉄板焼きは毛に匂いが染みついてしまうから苦手だ。
張り込みは、モーゼスの他に二十人ほどの人員が配置されるらしい。
冒険者崩れでなくとも、全員が裏社会の関係者なので、一筋縄ではいかないと思っていた方が良いのだろう。
タールベルクは、腕の立つのは二、三人だと言っていたが、俺には力量は測れなかったし、官憲の捜査官がどの程度強いのかも分からない。
それでも倍以上の人数を揃えているのだから、大丈夫だろう。
「奴らが現れても、大げさに騒ぎ立てないでくれ。たっぷり飲ませた後、帰り道で取り押さえる」
「分かりました」
鉄板焼き屋は夜の営業の準備中で、ルアーナ経由ですんなりと話が通り、店が見渡せる奥の席に俺達は陣取ることになった。
モーゼスの他に、ドローテという鹿人の女性が連絡役として同席する。
他の捜査官は、店の裏手や通りを挟んだ向かいの店で待機するらしい。
「あの……私は店で仕事してても良いですかね? 知り合いのお客さんが来たりすると、私がお客として座っていると何かあると思われそうなので……」
「なるほどな、男達が来た時に知らせてくれるならば、それでも構わないぞ」
「えっ、俺だけ……」
「ごめん、ジェロ」
やられた……ゴツい灰色熊人の男とやたら目付きの鋭い鹿人の女の二人と、鉄板を挟んで差し向いなんて軽い拷問じゃないか。
片目をつぶって笑いかけてくるルアーナが、今夜は悪魔に見えた。





